第4章 〈フブキ〉♢5
———夢を見ているような気分だった。
果たして、今自分は本当に現実の世界にいるのか。
それくらいに、俺はその夢のような光景に目を奪われていた。
煌めく粒子が宙を舞い、一点へと集まっていく。
光と光が屈折し、そこだけ別の世界が広がっているような、そんな風にも思えた。
やがて、朧げながらに浮かび上がるシルエット。
それが、人の形をしていることに気づいた俺は、思わず目を見開いた。
「———!? ......女、の子........?」
現れる影の主。
それは、1人の少女だった。
ほのかな灰色の髪をなびかせる、今の現代にはふさわしくない、どこか太古の忍を思わせるような奇妙な装束を纏った、小柄で可愛らしい少女。
雪のような白い肌。水面を体現しているかのような青の瞳。そして、形の良い桜色の唇が、彼女の可憐さをよりいっそう際立たせていた。
どれも、一つ一つが意識を吸い寄せる不思議な魅力がある。
だが、それよりも———
何よりも、俺が目を奪われていたのは別にあった。
「ぁ———」
彼女の周囲を煌めく、宝石のような雪。
光を反射し、各々が放つ異なる色によって生まれる、擬似的な虹。
その中を悠然と佇む彼女の姿は、控えめに言って、尋常じゃないくらい美しい。
「———お前、は......?」
呆然と。
俺はそんな言葉を漏らしていた。
自分でも気づかぬうちに溢れていた、完全に無意識下の中での言葉。
少女は俺の言葉を聞くと、どこか戸惑うように、何かを絞り出すかのように、どこか無機質な、けれども鈴の音のような声で言葉を紡ぐ。
「個体名......〈フブキ〉。それ以外のことは......何も覚えていない......」
「〈フブキ〉......?」
聞いたことのない名だ。
授業や資料でも、そんな名前は聞いたことがない。
すると、〈フブキ〉と名乗ったその少女は、顎に手を添えながら、突然ぶつぶつと呪文のようなものを言い出す。
「パーソナルスペース———異常なし。クリアリング———問題なく起動。環境への適応化———オールグリーン。
......ならば、なぜ?」
〈フブキ〉は、なぜか俺の方を見て、可愛らしく小首をかしげる。
「ならば、なぜ———個体名以外のメモリーが存在しない? 削除履歴から復元しようとすると、エラーコードが出る。いったいなぜ?」
「いや、俺に聞かれても......」
突然そんなこと聞かれても、俺に答えられるはずもない。言ってる単語の意味すら分からないわけだし。
———というか、そもそも彼女はなんなんだ?
リンク•アライズ......は、おそらく成功している。この右手に残る淡い光と感覚は、間違いなく彼女と繋がっている証だ。
となると、必然的に彼女は〈異世界よりの来訪者〉となるわけだが、それにしては不可思議な点が多い。
中でも1番分からないのは、彼女の容姿だ。
前にも話したように、今世界では様々な〈異世界よりの来訪者〉が観測されている。
......が、それでも、完全な人形というのは見つかっていない。仮に人に近い容姿をしていたとしても、絶対にどこか異形たる部分が存在している。
〈フブキ〉に翼や角が生えているようには見えないし、黙っていれば、本当に普通の女の子にしか見えない。
「ふざけるなァッ!!!!!!」
と、突如響き渡る獣のような咆哮に、俺の思考は中断させられる。
釣られてそちらに目をやると、肩を震わせ、怒りに満ちた瞳を向ける不良少年、ハスティルの姿があった。
「自分で何やったのか、分かってんのかァ......? 何をやりやがったか、分かってんだろォなァ!!!???」
「いや、そんなの分かるわけ———」
「とぼけんじゃねェッッ!!!!!」
再度、怒声を響かせるハスティル。
もはや俺の声など届いていない。彼の怒りは、頂点まで達しているようだった。
「そいつはオレ様たちと———【レジスタンス】どもの戦いの命運を握る鍵だ。誰にも渡すわけにはいかねェんだよ......ましてや、テメェみてェなガキなんぞに......!!!」
ズズズズ、と、
その言葉に合わせ、控えていたデス•ゲイズが、彼の隣へと移動する。
まるで、次に何を言われるのかが、分かっているかのように。
「もう、いい......細けェことを気にすんのはやめだ。
......テメェを殺して、取り戻す。ただ、それだけだ———!!!」
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎▪︎▪︎▪︎▪︎———!!!!!!』
両翼と両腕を広げ、気味の悪い咆哮を上げるデス•ゲイズ。
再び蛇のように体をくねらせ、まっすぐとこちらへ向かってくる。
だがあろうことか、〈フブキ〉はその場から一歩も動こうとはしなかった。
「おま———何考えてんだよ!?」
「迎撃する」
「迎撃って......本気で言ってんのか!?」
「? そうだけど?」
こてん、とその場で首を傾げる〈フブキ〉。
さも当然のような反応をしているが、見たところ彼女は武器らしきものを一切持っていない。つまりは完全に丸腰だ。
あんな全身凶器の塊のような怪物相手に丸腰などと、とても正気の沙汰とは思えない。
「ハッ、バカか! ンな華奢な身体で、オレ様のデス•ゲイズが止められるかよォォォォ!!!!????」
そうこうしてる間にも、空中を泳ぐかのような動きのデス•ゲイズが迫る。
———マズイ、やられる!
このままでは、デス•ゲイズの凶刃が、〈フブキ〉の全身を刺し貫く!
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ ▪︎▪︎▪︎———ッ!!!!!!』
まさに、デス•ゲイズの凶刃が届こうとしていた、その刹那。
「———問題ない」
耳に入る、そんな少女の短い言葉。
すると、宙を舞っていた宝石のような雪が、彼女の言葉に応じるかのように強い光を放ち、
「いーじー」
と、悲鳴を上げる間も無く、いきなり後方のレンガの壁へと吹っ飛ばされるデス•ゲイズ。
思い切り全身を叩きつけられ、やがてその場でピクリとも動かなくなる。
———簡単。
彼女の言葉通り、気がつくと、目の前ではもう全てが終わっていた。
(なんだ........今、何が起きたんだ......!?)
あまりに一瞬の出来事に唖然とする俺。
だって、そうだろう?
デス•ゲイズが〈フブキ〉に突っ込んでいったと思ったら急に周囲が眩しくなって、気がついたら、逆にデス•ゲイズが吹っ飛ばされていたなどと。
そんなの、驚くなと言う方が無理がある。
「「「「................」」」」
見やると、他の【執行者】の連中も皆同じような反応だった。
当然だ。うん、この反応が普通だ。
少なくとも、これで俺だけが見ている幻だったという線は消え去った。
「これが、〈フブキ〉......」
【執行者】、そして【レジスタンス】。
両者の戦いの命運を握る力であり、鍵ともなり得る謎の少女。
......どうやら俺は、とんでもない力を手に入れてしまったのかもしれない。
「あ、ありえねェ......あっていいはずがねェ......」
呆然と、その場に立ち尽くすハスティル。
先程までの獣のような闘志はどこへやら、目を大きく見開き、焦点も全然合っていなかった。
「まだいたの? ......仕方ない」
「ちょっと待て! いったい何をする気だ?」
「何って、あいつを殺して終わらせる」
「はぁ!?」
何やらとんでもないことを言い出した〈フブキ〉に、今度は俺がすっとんきょうな声を上げる。
「どうしたの? 急に変な声出して」
「どうしたもこうしたもあるか!! あんなこと言われたら誰だってああなるわ!!」
「??? だって、あいつはマスターの敵なんでしょ?」
「マスター?」
「そう、マスター」
まっすぐと、俺の方を指差す〈フブキ〉。
一瞬なんのことかと思ったが、どうやら俺のことを言っていたらしい。
俺の方を指差したまま、どこか無機質に聞こえる声音で続ける。
「あなたは私のマスター。私の、ご主人様。そして私は、マスターの僕。私には、マスターを守る使命がある。
......この感覚が、私にそれを教えてくれる」
胸元に手を置き、そっと目を閉じる〈フブキ〉。
この感覚とは、おそらくリンク•アライズのことを言っているのだろう。
完全にダメ元だったのだが、どうやら契約も成立しているらしい。彼女もそれを、本能的に理解しているようだった。
「———だからこそ。マスターの敵であるあの人間は、私が排除しなければならない。そうでしょ?」
「そんなこと、俺は望んでいない」
「なんで? 殺されそうになったのに?」
「それは、まぁ......確かにそうなんだけど......でもだからって、殺す必要はないだろ!」
「どうして?」
「どうしてって......そりゃ———」
「どうして?」
まっすぐと、水面のような青の瞳が、俺の方を覗き込む。
見やるとその瞳には、揺らぎのようなものは一切無い。ただただ純粋に、俺の言葉を疑問に思っているのだ。
———なんで、敵対する相手を殺してはいけないのか、と。
「ぁ———」
俺は急速に、口の中が乾いていくのを感じていた。
やはり、というかうすうす感じてはいたが、彼女の感覚は人間のそれとは全く違う。
俺たちにとってはおかしく思えても、彼女にとってはそれが普通なのだ。
......端的に言うと、少し怖かった。
彼女とのこの差が、何か決定的な、取り返しのつかないことを引き起こしてしまうのではないかと。
そんな不安が、俺の中には募っていた。
(俺は、答えていいのか———? 彼女の問いに)
それ自体は簡単だ。
お前の感覚は間違ってると。
黙って主たる俺の言うことを聞いていろと、そう言ってしまえばいいだけだ。
......けどそれは、今の彼女を完全に否定することを意味しており、もしかしたら、彼女の全てを変えてしまうことになるかもしれない。
果たして、そんなことをするのが正しいのか。
———否、正しいわけがない。
彼女と俺の間に生まれている溝は、あくまで感覚の差が原因だ。決して、彼女自身も悪気があってやっているわけではない。
ならば召繋師として、パートナーとして俺が言うべきことはただ一つだ。
「———確かにお前の言う通り、アイツは敵だ。殺されそうにもなったし、恨んでないと言えば嘘になる」
「だったら———」
「けど俺は......それでも俺は、やっぱり殺すとかそういうのはやりたくない。俺がそれをやったら、結局アイツらと同類になっちまうし、それに何より、お前に———大事なパートナーにそんなことをしてほしくない」
「............」
彼女がどういう存在で、どういった思想を持ち合わせているのか、今の俺には分からない。
だけど......それでも俺は今思っていることを、自分の気持ちを、きちんと伝えることができたと思う。
つたなくても、ぎこちなくても、自分なりには伝えたつもりだ。
———やがて、〈フブキ〉は少し考えるような仕草をした後、俺の方へと視線を向ける。
「........変なマスター。まぁ......マスターがそう言うなら、私はそれに従う」
無表情ながらも、了承を示してくれる〈フブキ〉。
よかった。
ひとまず納得してくれたようで、俺は安堵の息をつく。
「でも、どうするの? あいつら、このまま逃がしてくれるとは思えない」
無表情のまま〈フブキ〉が聞いてくる。
確かに、それは彼女の言う通りだ。
だが、
「そこは俺に考えがある。アイツらの包囲網を突破した上で逃げればいい。お前の力を使ってな」
「? それって結局戦うってこと? さっきと何が違うの?」
「目的が違う。戦うって言ったって、何もまともに相手をする必要はない。あくまで逃げるため、包囲網を突破することだけに集中してしまえばいい。そうすればきっと、成功率だって上がるはずだ」
俺の作戦を聞き「なるほど......?」と小首を傾げている〈フブキ〉。
無理もない。
あれほど一方的な戦闘ができる彼女の中には、そもそも逃げるための戦いという概念が存在しないのだろう。
だからこそ、俺はもう一度、一つずつ、彼女にも分かるようにゆっくりと説明をする。
「いいか? 俺たちの目的は、あくまでここから逃げることだ。アイツらを倒すことじゃない。ここまでは分かるか?」
「うーん......なんとなく?」
「ああ、なら上出来だ。だからお前は、アイツらと本気で戦う必要はない。もちろん、殺す必要もな。
まずは逃げる、もし襲われたら迎撃、そしてまた逃げる。俺たちがやるべきことはこれだけだ。分かったか?」
「............」
癖なのか、再び顎に手を添え、考えるような仕草をする〈フブキ〉。
そうだ、これでいいんだ。
俺たちはパートナーだ。分からないことや足りないことは、少しずつ自分のペースで補い合っていけばいい。
もしまた、彼女が俺の言っていることが分からないと言うのであれば、もう一度......いや、何度でも向き合う。例え、それが戦場の真っ只中だったとしても、だ。
そうやって少しずつ、俺は彼女と分かり合ってみせる。
「......ん、よく分かんないけど理解した。やってみる」
ようやく了承を示してくれる〈フブキ〉。
完全に、というわけにはいかないのだろうが、俺の考えが彼女にも伝わってくれたようだった。
その様子を見て、俺もほっと胸を撫で下ろす。
さて......これで後は、〈フブキ〉が作った突破口から、全員で脱出すれば終わりだ。
だけどその前に、
「立てるか?」
「う、うん。なんとか......」
そう言って俺が手を差し出したのは、その場にぺたんと座っていた、羽織を着た少女だった。
「聞いての通り、〈フブキ〉が先導して突破口を作る。お前は俺が合図をしたらそこまで走れ」
「それはいいけど......あなたは?」
「まぁ......俺なら、多分大丈夫だ。少し走るくらいならどうにかなるよ」
......って言うのは、もちろん嘘だ。
さっきので俺の体は限界だし、今こうして立ってられてるのだって、半分以上は気力だ。
多分、走るなんてできるはずがない。
だが、ここさえ突破できれば後はどうとでもなる。
俺だって男だ。意地くらい見せてやるさ。
「......それ、嘘。本当は立ってるのだって限界なんでしょ?」
(ぎくり)
まさかのバレていた。
いや、まぁ、実はさっきから足がガックガクだし、バレるのは時間の問題か。
「でも、安心して。あなたを巻き込んだのこの私。それくらいのことなら、私がなんとかして見せる」
少女がそう言うと、その周囲に不思議な風が吹き始める。
「私のこの力......多分、後一回くらいなら使える。どのくらい持つかは分からないけど......あなたを抱えて逃げるくらいなら造作もない」
「でも、それって......」
「うん」
すると少女は、体を屈めて両手を前に出し、くいっくいっ、とジェスチャーをして見せる。
その体の前で何かを抱えるようなポーズ......要するに、またお姫様抱っこをさせろ、ということらしい。
「ほら、どうしたの? 恥ずかしがらないで? カモーン」
「お前な......日本男児にとってそれがどれほど恥ずかしい事なのか、分かって言ってるんだろうな?」
「そんなこと言ってる場合じゃない。1番運びやすい格好なんだし仕方ない。時間もないし、早くして」
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
結局言われるがまま、少女の細腕の中に身を投じ、俺は体重を預ける。
ここからだと、フードの中にある少女のよく整った顔がはっきりと見え、体勢も相まって非常に気恥ずかしい。
「はぁ......はぁ......うぅ......素の腕力だとけっこう重い......けど、なんだろう......童顔美少年の体重を両手で味わえるって、新しい何かに目覚めそう......ぐへへへへ......」
「やめろ! わけわかんないこと言ってんじゃねぇ!!」
ダメだ、やっぱこいつ変態だ!
早くどうにかしないと!
......まぁ、でも、確かにこれならすぐに逃げられる。彼女のあの身体能力を以てすれば、この状況を突破するのは容易だ。
———さぁ、準備は整った。
「〈フブキ〉!!」
「らじゃー」
言って、〈フブキ〉が凄まじい速さで、【執行者】の包囲網の一角へと突っ込む。
『『『『——————!!!!!!』』』』
それに反応した複数の〈ネオ•ワイヴァーン〉が〈フブキ〉に対し、エネルギー弾を放つ。
だが、
「......そんなんで、私を止められると思ってるの?」
〈フブキ〉はそれをものともしない動きで全て躱すと、目の前にいる〈ネオ•ワイヴァーン〉たちに、手刀、そして蹴りといった打撃を打ち込んでいく。
「てい」
そんな気のない掛け声とともにそれを受け、軽々と吹っ飛ばされていく〈ネオ•ワイヴァーン〉たち。
あれだけの数なのにも関わらず、全く相手になっていなかった。
「な、なんなんだあいつは......化け物か!?」
〈フブキ〉の鬼神の如く快進撃に、思わず引き攣った表情で後ずさる【執行者】団員たち。
包囲網が完全に崩れ、そこにすかさず〈フブキ〉が突っ込む。
「———よし、今だ!」
「任せて」
ふわり、と。俺と少女の周囲に風が吹き始め、再び全身を浮遊感が包み込む。
と、次の瞬間、俺を抱えたまま跳躍する少女。
相変わらずの人間とは思えない身体能力で、混乱する【執行者】たちの間を駆け抜ける。
よし、これならいける—————!
吹っ飛ばされた〈ネオ•ワイヴァーン〉や、他の
【執行者】たちは、少女の動きについて来れていない。
このまま行けば、俺たちの勝ちだ。
そう、思っていた時だった———
「なーに、いい気になってんだァ......?」
———ぞくり、と。俺の背中に悪寒が走る。
と、次の瞬間、横の方から爆発音のようなものが響いた。
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ ▪︎▪︎▪︎——!!!!』
......それは、俺が今思う中で、1番最悪と言っても過言ではない光景だった。
細く、そして蛇のように長い漆黒のフォルム。鋭い鉤爪のような両翼と両腕。口だけしか存在しない、顔とも呼べない先端。
〈死戒獣〉デス•ゲイズ。
異形の怪物が、気味の悪い咆哮を上げ、まっすぐと俺たちの方へ向かっていた。
(嘘だろ......!? あの一撃を喰らって、まだ動けるってのかよ!!??)
俺は内心驚愕していた。
だって、〈フブキ〉のあの一撃を受けてもなお動けるなどと、一体誰が想像できるだろうか。
......いや。それどころか、奴の動きには乱れのようなものが一切ない。
さっきまでピクリとも動かなかったのがまるで嘘かのように、空中を泳ぐような動きで、一直線にこちらへと向かってきている。
———結論を言うと、さっきの一撃が全く効いていないかのような、初めからダメージなんて無かったかのような、そんな様子だった。
「......っ!? マスター!!」
異変に気づき、〈フブキ〉がこちらを振り向くももう遅い。
最初の距離が近かったのもあり、デス•ゲイズはすでに、俺たちのすぐ後ろまで迫っていた。
「ハッ———残念だったなァ!? 今度こそ、2人仲良くくたばりやがれェェェェェェェェェ!!!!!!!」
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎———ッッッ!!!!!!』
———もはや、逃げ場はない。
今度こそ、デス•ゲイズの凶刃が、俺たち2人を確実に刺し貫く。
間も無くやってくるであろう激痛を、俺はじっと覚悟した、その時———
「........やれやれ、仕方ありませんね」
と、そんな誰かの呆れたような声が聞こえた気がした。
一体、誰だ———なんて、言葉を漏らそうとしたその時には、ぐにゃりと、一瞬視界が歪んだ。
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎??? ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎———???』
逸れる、デス•ゲイズの凶刃。
それも、わずか数センチ。あと少しでもズレていたら、確実に俺たちは串刺しにされていたことだろう。
まさに間一髪だ。
デス•ゲイズ自身も、まさかあの距離で自分の攻撃が外れるなどとは思わなかったのか、どこまでも不可解そうな様子だ。
「ッ........!!!」
その隙を逃さんと、羽織を着た少女が器用に俺を抱えたまま球状の何かをデス•ゲイズへと投げつける。
———途端、その場から溢れ出す白い煙。
煙はあっという間に広がっていき、俺の視界も辺り一面白色に覆い尽くされる。
(ッ........! これって........煙幕か?)
俺は咄嗟に口を抑えながらにそう結論づける。
おそらく、彼女が投げたのは煙玉かそれに類する何かだ。何かにぶつかって割れることによって煙が出てくる、忍者とかがよく使っているアレだ。
ただこれを、普通に囲まれてる状態で使ったとしても、おそらくアイツらには効果がない。例え周囲が見えづらかったとしても、隊列を崩さないで迎撃すればいいだけだからだ。
それを彼女は、包囲網が崩れていて、かつデス•ゲイズが怯んでる隙を狙って投げつけ、視界を奪ったのだ。
これはまさしく、ファインプレーというやつだろう。
「とりあえず、今のうちにここから離れる。あなたはそのまま掴まってて」
俺が返事をするよりも前。
少女は俺を抱えたまま、凄まじい速さでこの場を駆け抜けていくのであった。
次回の更新は、2月16日12:00分です。よろしくお願いします。




