ある家族の話 1
今から20年前近く前の話。
「凄いじゃない!」
国家任務の担当に決まった。そう伝えた時、妻の雀水月が1番喜んでくれた。
「静さん、頑張ってるから、選ばれて当然か!」
水月はニコニコと笑った。
「お祝いしなきゃ!」
パチンと手を叩いた水月はるんるんとしていた。
その後ろ姿が愛おしくて、静はそっと抱きしめた。宇春の肩に顎を乗せる。
「愛してる」
「……私も」
抱きしめた静の手に、水月の手が重なる。お互いの顔が間近に迫っていた。
「妈妈?爸爸?」
……が、雰囲気を切り裂くように、娘、宇春の声が響く。眠そうに目をこすっている。愛娘の声を聞き、2人は我に返った。
「起きちゃったのね、宇春!」
目をぐるぐる回しながら、水月が宇春を寝かしつける。静も、火照る頬を冷ましながら、咳払いをした。
○●○
その日は快晴だった。
「行ってくるね」
水月と宇春に見送られ、朝早くに家を出た。
何事もなく任務を終え、帰ってくる。
それだけを考え、静は家を出た。
鳳の国は、貧しく発展途上で野蛮。そう習っていたはずなのに、実際は違った。
大人しく国家任務を終え、その時は凰に戻った。
家に戻り、数ヶ月後。国家任務手当が支給された。このお金で美味しいご飯を買おうと水月は言った。
静は、水月の手を掴んだ。
『让我们逃离这个国家』
手にそう書いた。情けないことに、その時の静の手は震え、脂汗が滲んでいた。
「何を言ってるの?」と言われると思っていた。
『如果你去鳳,你可以过上比现在更好的生活』
静たちの家は、静が官僚、水月が薬剤師だということもあり辛うじて明日の寝床と食料は保証できている。しかし、高給取り以外の大半の人間は、今日の食料を買う金すら保証されていない。
社会問題化した貧困が引き金となり、犯罪が後を絶たない。
子供が事件に巻き込まれる率も高い。水月自身も、宇春を凰の国で育て続けることに不安を感じていた。
『什么时候?』ーいつ?
水月は静の手に書き返す。静が驚いて水月を見ると、笑みを浮かべていた。その笑みは、覚悟の決まった表情でもあった。
『你也想带宇春一起去吗?』ーあの子も連れて行くよね?
『当然』
水月は優しく微笑むと、ただ頷いた。
この日、静と水月は、まだ当時2歳だった宇春を連れての脱国を決意した。
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