雪と雨
「雪」
警務省の廊下。雪は休憩室の椅子で項垂れていた。
偶然なのか、計ったのか、雨が通りかかる。
自販機で咖啡を2つ買い、投げるように雪に手渡す。咖啡の蓋を開けると、雪の隣に腰掛けた。
「あの後輩。お前の。凰入りしたってよ」
「……」
「司法にかけられる。間違いなく、死刑だな」
雪は俯いた。
「お前、元気ねえなあ」
雨がかかっと笑う。
「お前のその顔、せいせいするわ」
雨は咖啡を飲み干すと、空になった缶を捨て場に投げ捨てる。
「お前のその顔が見たかったんだよ。あーあ、あいつを送り込んだのは大正解だったな」
「……まさか」
「上手く働いてくれたよ。王官僚。清掃員に化けるなんて、本当天才だよな」
「お前……!!」
「おっと、俺は何も悪くないぞ。もちろん王も」
「……」
凰では、他官僚が万が一脱国しようとしていた場合、その様子を報告することは美徳とされている。そのための手段は何を使っても罪にはならない。
雨は高笑いをすると、雪の前ににじり寄る。
「大体、目障りなんだよ。偉方の一族の血を引いてるからって何でもかんでも許される。出世だって約束されている。はっきり言って、邪魔」
「それは、」
雪にとって、それは1番触れられたくないことだった。
○●○
「偉方の血、ね」
雨が去った後、雪はため息を吐いた。
雪の母親は、凰の国の始祖の血を引く人らしい。一般人で警務省官僚だった父親と結婚してからは、女だということもあり、皇族から離れることができたそうだ。
雪自身、それを知ったのは何の因果か警務省に入ってからだった。
警務省には、大学を出た後、他の人と変わらず試験に合格して入った。なのに、色眼鏡で見られることばかりだった。
頼んでいない贔屓までされ、居場所は無くなった。
皇族の片割れとはいえ、雪に力はない。香やその仲間を救えるほどの力はない。今まだ警務省にいるのは、ただのお情けだ。
「何の力もないのにな」
色眼鏡を割り、純粋に慕ってくれていた後輩。大罪を犯したとはいえ、大切な後輩だ。
雪はまた項垂れた。