宿泊
「お部屋は、こちらになります」
静の案内で部屋に通される。部屋からは青々とした海が一望できた。
「綺麗でしょう、风蓝の自慢の海なんですよ」
「ええ」
「美味しい魚がたくさん捕れますから、是非味わっていってくださいな」
「ありがとう」
「では、失礼いたします。朴様、また何かありましたらお申し付けくださいませ」
静はそう言い残すと、部屋を出た。
来た時には明るかった空も、橙色になってきた。
香は自室から出ることなく、支給されたスマホに記録を打ち込んでいた。
国家任務の期間は1ヶ月。朝明には初め、東亜の国から観光のために2日ほどの滞在と伝えてある。理由をつけて長期滞在できるようにするつもりだ。朴琳として長期滞在できるように国が動いてくれているので、不法滞在で検挙される心配はない。雀静と雀宇春だけに意識を向けられる。
とりあえずは、怪しまれないように静かにしているつもりだ。
香は伸びをすると、鍵を持ち、自室を出た。
「お出かけですか」
受付に行くと、売上の確認をしていた雀静に声を掛けられた。
「ええ。これから夕食を」
「そうですか。どちらへ行かれる予定で?」
「まだ決めていないんです」
「でしたら、菜好がおすすめですよ」
「菜好?」
「ええ。夕食のみの営業なんですけどね、観光客の方にも地元の方にも評判が良いんですよ」
「なるほど」
「地図をお渡ししますね」
静はパチンと手を叩くと、小さな地図を香に手渡した。
「当館に宿泊された観光客の方に人気の食堂をまとめた地図です。よろしければご利用ください」
静から渡された手作りの地図は、食堂の情報が具に載っていた。
(親切だな……)
「お帰りになられましたら、お声がけください。晚上七点からにはなりますが、お風呂をご用意いたしておりますので、そちらもご利用ください。いってらっしゃいませ」
香は会釈を返すと、宿を出た。
(どういうことだ)
香は、夜の风蓝の街を歩きながら思考をめぐらしていた。
香は、昔から勉強が得意だった。
测试では、いつも成績上位。老师から頼りにされていた。
そしてら凰の国の頂点である、天佑大学を卒業し、官僚試験に合格。警務省に配属された。凰の国で言われる優秀な道を歩んできた。
"正しい"知識を勉強してきた。
見えている景色と、学んだ知識がどうも一致しない。
(まだ警戒してはならない)
鳳の国民は野蛮人。数十年前に大規模無差別殺人事件があり、つい最近は国家転覆未遂事件があったと聞いている。
笑顔の裏は、闇が広がっているかもしれない。
香は、唇をギュッと噛んだ。国家任務を無事済ませ、生きて凰の国に戻り、妹と母に楽な暮らしをさせる。
それが長男である香の義務であり、生きる希望だ。
「あら、おかえりなさいませ」
夕食を済ませ、朝明に戻ると、見知らぬ娘が受付付近を掃除していた。髪を1つに束ね、動きやすい衣を纏っている。
香自身、この娘が雀宇春であることに気付くまで、そう時間はかからなかった。
「受付は、お済みですか?」
「ええ」
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「朴琳です」
「朴様ですね。おかえりなさいませ」
娘こと、宇春は頭を下げる。
「お風呂をご用意しております。良ければご利用くださいませ」
「ありがとうございます」
お風呂に入り、香は自室に戻った。
ーこちら、1109 李香。異常ありません。怪しまれないように、明日より任務を遂行します。
香は支給されたスマホに活動記録を書く。
ーこちら警務省司令部。了解。
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