命の恩人 2
張多はしばらく考え込む。
「その青年とやらは、今来れるかい?」
「連絡してみます」
静は携帯を取り出すと、香にメッセージを送る。張多は、その様子をじっと見つめていた。
「送りました」
静は携帯を置いて、息を吐く。張多が口を開く。
「なぜ、その青年に肩入れするんだい?」
「……え?」
「一度は静さんを殺そうと息巻いてきた男だろ?」
「確かに、仰る通りです。が」
「が?」
「彼の正体を私が突き止めてしまった以上、彼に残された選択は2つしかありません。私を殺すか、自分が死ぬか。彼は、私が正体を突き止めた時、おそらく持っていたであろう凶器を使えなかった」
「ほう」
「彼自身はスパイとしては優秀ではない。でも、自分のために人を殺めるような非情な心は彼にはありませんでした。あの立場にありながらも、彼は人を想う気持ちを忘れていなかった。……すごいなって思いました」
凰の国の官僚はこうも教えられる。"敵に見つかったら捕まる前に殺せ"。それが美徳とされる。
相手が誰であれ、そう教えられるのだ。
「もし、彼が裏切ったら?」
「私1人で処刑台に行きます。張多さんに生かしてもらっただけで、実際はもう死んでいるはずの身ですから」
「……分かったよ」
2人の男は微笑み合う。
「あ、連絡来ました。……迎えに行ってきます」
「おう」
静は商店を出た。
「さーて、俺もやるかあ」
張多は伸びをした。
○●○
しばらくして、静が香を連れて帰ってきた。
「え?!」
香は張多を見るなり、驚きの声を上げる。
「あの時の……君か」
張多も心当たりのある表情を浮かべた。
「お知り合いですか?2人」
「朝明に来る時に、送ってくださって」
「そういうことか!」
静は納得したような表情で大きく頷いた。
「えっと、俺は何をすれば」
「話は聞いている。座りな」
張多はいつになく真剣な眼差しで香を座らせた。
「ここから先に進めば、もう後には引き下がれなくなる」
「はい」
「ここにいる全員、静さんの家族、」
(静さんの家族……)
香の脳裏には、宇春の顔が浮かんでいた。
「君の家族。君1人の脱国のために、多くの人の命を賭けることになる。失敗すれば、全員あの世行きだ」
香はじっと張多を見据える。
「君にはその覚悟はあるか?」
少しの間が空き、香はゆっくりと息を吸い、口を開いた。
「脱国、したいです」
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