親子と或る男の葛藤
「あら、おかえりなさい」
朝明の前で都合よく、宇春と会った。
「どうしたんだい?」
「お客様が体調崩されてしまって、林檎の買い出しに」
「まだ店開いてるんですね」
「午夜まで開いてる店もあるんです。従業員は皆帰ってしまったので」
「なるほど」
「お父さんと朴さま、どうして一緒に?」
香と静は、顔を見合わせる。
「さっき会ったから、お酒を呑んでたんだ」
「そうでしたか。朴さま、大丈夫でしたか?」
「え?」
「父、お酒を呑むと泣き上戸になるんです」
「ちょ、」
静と宇春は顔を見合わせて、笑う。それにつられて、香も笑った。
「?」
「いえ、素敵だなって」
恥ずかしそうに親子は笑う。さみしげな表情をし、香は自室へ帰った。
○●○
月明かりに照らされた客室で香は、堂々巡りをしていた。
「……」
殺すか、殺されるか。
「……」
香は布団に仰向けに倒れ込む。
「……低い天井だったんだな」
凰の国の正しい知識を身に着け、誰もが羨む官僚になった。屋根の上に登り、世界を見渡した気でいた。
(どうする、俺)
「失礼いたします」
「はい」
女性の声が響く。
戸が開き、入ってきたのは宇春だった。
「突然失礼いたします」
思わず香は飛び起きた。
「どうかされましたか?」
「お電話をおかけいたしましたが、繋がらなかったので」
「あ、」
おそらく客室の電話は鳴っていたのだろう。
「考え事していて気づきませんでした……」
「そうでしたか、失礼いたしました」
「いえ。……それで、ご要件は?」
「こちらを」
宇春が差し出したのは、香の手帕だった。
「帰ってきた時に落としたのかな」
「明日お渡ししようかと思いましたが、おそらく大切なものでしょうから……」
「……ありがとうございます」
香は手帕を受け取り、握り締めた。
この手帕は、大学受験の時、緊張のあまり手汗が酷かった香に母と妹がくれたものだった。
「……朴さま?大丈夫ですか?」
「……え?」
宇春は何かを教えるように、頬を指で示す。
「涙」
「ああ、……あはは」
香は頬の涙を拭う。
「泣いてる。俺」
「大丈夫ですか?」
「すみません」
「謝らないでください」
「……」
「何かあったんですか?」
「……大丈夫です」
「……分かりました。失礼いたしました」
宇春が部屋を出ようとした、その時だった。
「もし、自分か他人か、どちらかを殺すとしたら、宇春さんならどっちを選びますか?」
「え?」
「ああ、すみません。変なことを」
宇春は少し考え込むと、香の前に座った。
「選べません。そんなの」
「?!」
「選べなくて当然です」
「……そうですよね」
香は、俯いた。
何を思ったのだろう。
香の頬を伝う涙を、宇春はそっと拭った。
香は驚いたまま、固まる。
「何か力になれることがあれば言ってください」
「……」
宇春は、頭を下げると、部屋を出ていった。
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