脱国
「……」
「その夫婦のおかげで、今こうして鳳の国籍を得られた」
「水月さんは……」
「……どうなったのか、分からない」
「そんな……」
「君は、どうする?」
「え……?」
「標的に知られてしまった」
「……」
「今もそうかな」
「はい」
被疑者に知られたら、処刑。
「家族は居る?」
「います」
「家族は?凰にいるの?」
「……はい」
香はただ、俯いて震えていた。官僚としての振る舞いは忘れ、ただの青年の顔をしていた。
「君、賭けをしないか?」
静は棚からあるものを取り出す。
「将棋」
「君たちの代でも習ったのかい?」
「はい。東亜の国の文化として」
「決まりは分かる?」
「ある程度なら」
「3回、対局をしよう。もし私が勝ったら君の情報を貰おう」
「俺が勝ったら……?」
「その時は、私を好きにすればいい。君の言うことに従うよ」
「……」
香と静は対局し始めた。
1回目は、香の勝ち。
「君、強いね」
「いえ」
2回目は、静が勝った。
「……勝てない」
「そうか」
「強いです」
「少し、本気を出したからかな」
「なるほど」
「さて、君の情報を1つ頂こう」
「……はい」
「君の名前は?」
「……李香」
「香か。分かった。さあ、次」
3回目も、静の圧勝だった。
「完敗です」
「香も強かったよ」
「いえ」
「さて、2つ目の情報を頂こう」
「はい」
「君は、脱国する気はないか?」
「え」
「帰れば処刑。運良く処刑を免れても、もしかしたら良い暮らしができないかもしれない。鳳に来てしまえば、ある程度の生活の保証ができる。どうだ、悪い話じゃないだろう?」
「……」
香はしばらく考え込む。
「家族が」
「なるほど……」
凰の国の官僚が万が一、国家任務中に脱国した場合、凰に残された家族は拷問の後、処刑される。
「母と妹が……」
「抜け道、あるよ」
「え?」
「凰の官僚規定では、"脱国した場合"だろ?」
「どういうことですか」
「病気ならば?」
「あ」
「出先で病気になったと連絡すればいいはずだ」
「それなら……!!」
「君の家族は殺されず、同情の目で見られる。しばらくは安定した暮らしができる。国の目が離れた段階で、迎えに行けばいい。……どうする」
「……やります、脱国」