ある家族の話 2
深夜十点。
「寒くないか?」
「大丈夫よ」
「じゃあ、行くね」
静は宇春の頭をぽんと叩くと、戸を開け、外に出た。襟を立て、白い息を吐いた。
「行ってきます」
静は暗闇に消えていった。
「妈妈」
「宇春、果汁飲もうか」
「……うん」
宇春は水月から出された果汁を飲むと、
少しして、ぐったりと眠りについた。飲み慣れた果汁に、睡眠薬を微量入れたのだ。
慣れない地で幼い宇春が暴れてしまい、脱国の足手まといになる可能性があった。
水月は、最大限の防寒具を宇春に着せた。
そして、眠りこけている宇春を水月は自身の身体に紐でくくりつけた。
朝になれば、私たちがいなくなったことに誰かしら気付くだろう。時間に余裕があるわけでもない。
正直、無謀だ。
それでも、賭けてみたかった。
「ごめんね……宇春」
眠りこけ、ぐったりとしている宇春の頬を水月はそっと撫でた。
北陽を出ると、森が見えてきた。
北陽の子供たちがよく遊び場にしている森でもある。
水月は、森の中の静が待っている場所に向かう。まだ宇春は起きる気配がない。
「水月」
静の声が聞こえる。辺りを見渡すと、木の陰に隠れていた静が手招きをしていた。
「宇春は」
「眠ってる」
「そうか」
静は川の方を見つめていた。
「警備は今の時間なら薄れているはずだ」
「分かったわ」
予め、小さな鞄に最低限の物は用意してきた。
水月は身体の紐を外し、宇春を静の身体にくくりつけた。
静たちが見据える向こうには、鳳と凰を隔てる国境があった。国境のすぐそばには、それぞれ2mを超える鉄柵が張り巡らされている。
「登れそうね」
「ああ」
(有刺鉄線じゃなかったのが幸いか)
「行くぞ」
宇春を抱えた静が先に鉄柵に手を掛け、登り切って柵の向こうに着地した。
「大丈夫だ!」
「分かった、」
水月も後に続いて、鉄柵に登ろうとした時だった。
「何をしている!」
ずかずかと歩いてきたのは、鉄柵を警備する憲兵だった。手には銃を携えている。