その1 ~姫が姫でなくなった日~
突然、心の中にあったナニカが本当になんの前触れもなく壊れた。
「今、なんと……?」
恐る恐る尋ねる。
「魔王が倒され……勇者も魔王と相打ちという形に……」
「……っ!」
信じていたものに裏切られた。そんな気がした。
勇者……それを失った時、自分に残るのは虚しさだけだ。
「どうして?……約束したではないですか……」
私に連絡を寄越した兵士は既に部屋におらず、部屋には私一人だけだった。
少し薄暗くなった部屋は、まるで今の私の心の中の様だった。
***
その後、しばらくして国王……父上から正式に魔王討伐の報告があった。
国民達は大いに沸き立ち、お祭り騒ぎとなった。
当然だろう……もう自分達は戦わなくてよいのだから。
誰もが、これで平和が訪れると信じている。
実際、魔王という人類の脅威は既にいなくなり、魔物達も大人しくなった。
普通の人ならば、これで平和が訪れたと信じて疑わないだろう。
でも、私には……もう全てがどうでも良かった。
「姫様……」
私を心配するように声を掛けてくるのはメイド長のアルミスだ。
私が生まれる前からこの家にいる古株で、私の事もよく知っている。……お母様の事もだ。
「もう、いっそのことこの家から逃げ出してしまいましょうか……」
私はアルミスにそう告げた。
「……姫様」
「もう、生きている意味なんてありません……」
今まで、城で守られていてばかりで自衛の力もない私が一人で外の世界に行くなんて自殺行為に等しい。
「そうですか……」
彼女は私がそう言い出すのを待っていたかの様に、私に鞄を渡した。
「勇者様が死んだと聞いた時から、こうなるだろうと思っていました。この中に最低限の物は入っております。」
一見すると何の変哲もない鞄で容量もそこまでないはずなのだが……中は恐らく異空間になっているのだろう。
最近の冒険者の間で流行っているマジックバッグというやつだろう。
「姫様……今までありがとうございました。」
彼女はそう言って深々と頭を下げた。
「もう、私は姫ではないですよ……」
「……そうですね。それでは、お気をつけて。」
そして、彼女は再び私に頭を下げてきた。
……本当に、最後まで他人にまかせっきりだな、私は。
もう、二度と会う事はないだろう。だから、
「アルミス……今までお世話になりました。」
私は最後にそう言って彼女に別れを告げた。
そして、私は城を抜け出した……