年中組ほうれん草
朝、所長が調理室にやってきた。
「忙しいとこ、ごめんね。あのね、これ、畑の初物なんだけど…」
ウチの保育所は、ちょっと離れたところに、今流行りの『レンタル菜園』を借りている。
「みんなに配るほどの量じゃないから、お迎えのとき、お母さんたちに試食してもらえたらと思うんで、ゴマ和えでもなんでもいいから適当に作って、小分けにしといて欲しいんだけど…」
「了解です。やっておきます」
まだまだ女子率の高いこの業界では、男子職員は、女性職員、ましてや所長に逆らえるハズはない。
とはいえ…
そっか、もう畑が稼働する時期なんだな。
見ると、それはまだまだ小さい、柔らかそうな、色鮮やかな、間引きほうれん草だった!
人間でいうなら…きりん組(年中さん)くらいだろうか。
いちばん柔らかくて美味しそうな年頃だ。
(変な意味ではなく)
まず洗う。
根っこの部分もキレイなので、そのまま使いたかったのだが、そこは諦めた。
畑から直送の野菜は、とにかく土汚れが半端ない。
小さいからこそ、根元に詰まった土をひとつひとつ洗っていたら、まさに日が暮れてしまう。
丁寧に根元と双葉を切り落として、ザックリ切って、洗う。
根っこと双葉は、『野菜ドロドロ用冷凍コレクション』袋行き。
(このコレクションが貯まったら、野菜ドロドロを作る)
ゴマ和えもいいけど、
せっかくのこの柔らかさを味わってもらうには、お浸しの方がいいな。
そしたら、昆布も戻しておくか。
少量の水に、昆布をキッチンバサミで細かく切って浸しておく。
干し椎茸は、スープ用に戻してあるから、それを少し拝借しよう。
あ、しまった!混ぜごはんの具を入れようとしてたところだったっけ。
こんな楽しい仕事がきてしまったもんだから、うっかり通常業務を忘れそうになっていた。
いかんいかん、こっちを先にやらなければ。
混ぜごはんの具は、冷凍しらすと、安売りでうっかりかった『しそ昆布』を、キッチンバサミでザクザク切って入れる。
酒、塩、ドロドロで味付け、かき混ぜて、炊飯。
ほうれん草を広げてしまったから、先に茹でてしまおう。
お湯を沸かしているスキに、他の食材を、とりあえず全部冷蔵庫から出して並べる。
またうっかり忘れないように。
ほうれん草は、茹でて、絞って、冷蔵庫へ。
次は、サラダのスパゲティーを茹でる。
茹で上がったら、野菜も茹でる。
玉ねぎ、にんじん、キャベツ、コーン、きゅうり…
半端に残っているウインナーも使ってしまおう。
あ、1本は、捕食用にタコさんにしておこう。
次は、チンゲン菜。
これも茹でて…今日は白和えだったか。
豆腐の水抜きも忘れていた。
まあ、どうせグチャグチャにしてしまうから、レンチンでいいか。
レンチンで、気持ち水分の出た豆腐を、フライパンで潰して、
みりん、塩、すりごま、ドロドロを混ぜて、最後に茹でチンゲン菜投入〜
スープは、白菜。
4分の1カット、全部は多いな。半分にしよう。
白菜を半分に切るとき、どーうしても、縦半分!にしたいのは、きっと僕だけではないだろう…
主菜は…『ナスとピーマンのゴマ味噌炒め』
鶏ミンチは入るものの、子どもに不人気野菜の代表格である、ナスとピーマンを一緒に出すってのは…
ちょっと意地悪かなーと、思いながらニヤニヤする。
さて、通常業務の目星がついたところで、本日の楽しいメインな、お浸しのだし汁を作る。
昆布だし(細かい昆布入り)と、
干し椎茸だし(干し椎茸みじん切り入り)に、
酒、みりん、塩、しょうゆ…
かつお節も入れるか。
高級料亭や、ちゃんとした料理人なら、絶対布で濾すであろうところだが、
雑な調理師の僕は、そのまんま、昆布や椎茸の身の栄養も摂れる手法を貫く。
だし汁が冷めたら、茹でほうれん草に、優しく混ぜる。
ちょっと味見…
美味〜〜い!
きりん組ほうれん草、
ぜひみんなに味わって欲しい!