出会い
「どうして私なんですか!」
思った以上に声を荒げてしまい、自分の声ながら少しびっくりした。
職員室にいた教師は一様に私を見た。正直かなり恥ずかしかったが、そんなことを言ってはいられない。こっちは緊急事態なのだ。
「すみませんが・・・・・・お断りします」
とっさに下手に出た言い方をしてしまった。別に悪いことをしたわけではないのだが。さっき恥ずかしかったのが地味に尾を引いている。
私の主張を聞いていた、由水顧問は穏やかに微笑んでいる。
「わ――」
笑ってんじゃないよ!
言いかけた言葉をすんでのところで飲み込む。
由水顧問。特別囲碁室の監督を一存する先生。
昔はプロの碁打ちで、最も強い棋士として評価されたこともある、とても凄い人。らしい。
・・・・・・なんだけど、近所の公園に居そうな温和なおじさんって印象。ちょっとお願いしたらお小遣いもらえそう。いや、女子高生の私がおじさんにお小遣いもらったら問題になるか。
なんというか、気の優しそうなその表情からは、とてもじゃないけど威厳を感じることが出来ない。
まぁ今はプロなんてないし、厳しさなんていらないのかも。
「角矢君」
由水顧問が穏やかに私の名を呼ぶ。
「はい」
「突然このことで困惑していると思います」
「はぁ」
「ただ。今回の、マネージャーの指名は、日高君の意向です。なぜ角矢君なのかは私も知りませんが、思うところがあるのでしょう」
「え?」
本人直々に指名されたのか。・・・・・・いや、そんなことは関係ない。
「いや、だから私は」
「三ヶ月」
相変わらず笑顔のままだが、有無を言わせない雰囲気をうっすらと感じる。まだ威厳残ってるよ。
「たった三ヶ月の間です。日高君を支えてあげてください。」
遠回しに私に拒否権がないことを示したのだろう。
「・・・・・・」
私が黙っていると、由水顧問の追撃が入る。
「部費は、多めに割り振ってますので、融通を利かせて結構ですよ」
わーい予想通りお小遣いくれるいいおじさんだー。ちくしょう。
そうして、昼休憩。
私は、囲碁棟の三階。
その奥にある特別囲碁室に足を運んでいる。
足が重い。歩くのが億劫だ。
改めて考えよう。
マネージャーとはどういう役職か。
私が思うに、普通マネージャーは所属する競技や活動に興味関心があり
それに勤しむ選手や部員をサポートする献身的な慈愛心を持ち合わせた
・・・・・・オカンみたいな存在?だろうか。
まぁ部によっては、試合のスコアをメモしたり録画したり、運動部ならテーピングにマッサージなどもするらしい。
ふむ。囲碁なら棋譜をとる感じか・・・・・・要らないな。今は全てPC対局だし。マッサージくらいなら出来るけど・・・・・・
「はぁ」
そもそもの大前提が私には抜けている。
私は囲碁に興味が無い。一欠片もない。消滅すれば良いと、本気で思っている。無くなって欲しい。
だって、囲碁が大嫌いだから。
そんな女がマネージャーなど務まるわけないのだ。
――やっぱり帰ろうかな
足を止めた。後はこのまま踵を返そう。そうしよう。
パチン。
足を止めた矢先、音が響く。
体が無意識に反応する。頭を上げて左右に振る。
パチン。
再度音が鳴る。前を見る。音の出先は
「囲碁、特別室」
そりゃそうだ。囲碁だよね。知ってる音より固いし。
全く、人騒がせだなぁ。やめて欲しい。
そんなことを考えながら、それでも足は動く。先程より早く。
部屋の前にたどり着く。その間も音は鳴り続け、近づくにつれ大きくなっていた。
扉に手をかける。引き戸は簡単に開いた。
パチン。
この部屋は元々理科実験室だったらしい。
実験室を改装し、机を撤去。教室の前方、黒板の前に一段高い小上がりの畳を敷いた。
その畳の上に一人の男が居た。
正座して、目の前の盤を真剣にみている。
碁盤。
厚み、脚の装飾、音の響きから立派な盤だとぼんやり思った。
パチン。
男が、本を片手に石を指し・・・・・・違う。打った。
棋譜並べ、かな。
私に見向きもせずに碁盤に真剣に向き合う姿。
それが、第二十一回人類解放戦争の人類代表。
日高 守との出会いだった。