INTERVAL 1 ~情報屋『ムウ』~
※モンゴルのテントみたいな建物の名前は『ゲル』です。
FOK……。
世界各地の王が、最も原始的かつ勝敗が明確な『格闘戦』により雌雄を決する大会。
戦闘は一対一、3ラウンド中2本先取した方の勝利。
近接武器の使用は可。弓や銃などは使用不可。
ただし、自らの力で繰り出す『魔法』および『気功』の類の飛び道具は使用可能とする。
なお、戦いに敗れた者に対する処断、および敗者が保有していた国の支配権は、全て勝者に与えるものとする……。
*
「くそっ! 妾は一体どうしたというのだ! なぜ技が出ない!」
ラウンド2が始まるまでのインターバル。
選手控室になっているモンゴルッポイ王国の建造物、ゲロの中。
妾は自らの不甲斐ない戦いぶりに対して、やりようのない怒りをぶつける。
だが、何よりも一番の問題は。
「そもそも、妾はなぜ生きている!? 妾はこんなところで何をしている!?」
妾は今は亡き我が祖国、フランスミテーナ帝国の首都『パリミテーダ』で処刑台の露と消えたはず。
それが気付けば、東の果てのモンゴルッポイで、妾が創設したはずのFOKに妾が出場しているだと?
主催は誰だ!?
いったい、何を企んでいる!
元ラスボスの勘でこれが何者かの陰謀というのは感じ取れるが、状況を掴む事ができない。
「とにかく、今は少しでも情報が欲しい。このままでは次のラウンドもさっきの二の舞だぞ……」
妾はゲロの中に立ち込める、スパイスを利かせながらも甘く優しい東洋的な香の薫りで気を静め、思考を巡らせていた。その時。
『インド人を右に!』
謎の呪文が響き、突如テントの天井に光で魔方陣が描かれる。
「!?」
妾の前に現れたのは、紺色のワンピースにツバ広の三角帽をまとった七、八歳くらいの少女。
テンプレな格好をした魔女っ娘のロリッ子が、ふわっと宙から降り立った。
「あなたが、黒雷女帝エクレアさんですね?」
「いかにも……、貴様は?」
「はじめまして、ボクの名前は『ムウ』。あなたを助けに来ました」
ムウと名乗る少女は「ゲロの中って良い香りですね」と言いながら、あどけない笑顔を見せる。
だが妾の目には、かえってそれが不気味な様に写る。
「助けるだと……? 貴様のような小娘が、妾を?」
「小娘というなら、お互い様だと思うんですけどね」
「何?」
そういえば、エビフライもそれなりに歳を経ている妾の事を『お嬢ちゃん』呼ばわりしておったが、どういう事だ?
いぶかしむ妾に、ムウは鏡を取り出すとずいと突きつけてくる。
銀色の鏡面に写っている黒髪ツインテールの人物は、十六、七歳ごろの姿の妾。
「わ……、若返っているだと!?」
今まで気づいていなかったが、肌のきめ細やかさやハリなど、かつて少女だった頃のみずみずしさが戻っている。
妾がペタペタと自らの顔や肌を撫でつけていると。
「どうやらその様子ですと、全く現状を理解されてないみたいですね」
「む……」
図星をつかれた妾は、忌々しげに魔法少女をにらむ。
「貴様……。ただの小娘ではないな?」
「ボクのファミリーネームは『ゲーメスト』です」
「なに……?」
『ゲーメスト』とは、ゲームキャラをつぶさに観察し、徹底的に調べ、その攻略情報を売る事を生業としていた情報屋の一族。
その情報の速さと正確さ、濃厚濃密さは他に比肩するものはなく、時代の寵児として彼らはその界隈に君臨していた。
だが、二十年前に忽然と姿を消して以降、誰一人としてゲーメストの名を聞くことはなく、もはや伝説の存在と化していたはずだが……。
「情報屋だったのか……。ならば丁度良い、貴様が知る全ての情報を妾に譲るが良い」
すると、魔法少女は機嫌を損ねた様子を見せる。
「ダメですよ。ボクにとって、情報は時に命よりも優先されるもの。頼むのならそれなりの態度と対価が必要です」
ならばと妾は、スカートをピラッ♡とめくって「うっふーん」と言う。(STARTボタン押し)
「いや、そんな事をされても」
チッ、駄目か。
「あ、でもエクレアさんは他の人と違って、複数の挑発モーションを持ってますよ」
「何だと……?」
「しゃがみ挑発!(↓+START)」
妾は言われたとおりにすると、前屈みになりながらぷるんっ♡と胸(巨乳)を揺らす。
「波動拳挑発!(↓↘→+START)」
妾はすてーんと前方に転び、「えへへっ」とドジっ娘アピールをする。
「逆波動挑発!(↓↙←+START)」
妾は後ろに倒れかかり、よよよとしなを作ると涙を浮かべて「やめて……」と言う。
「ジャンプ挑発!(↑+START)」
妾はその場で跳び上がり、「いやーん」と言ってミニスカートをパラシュートのように膨らませ、白いパンツを見せながらゆっくりと着地した。
「……」
「……」
テントの中に降りる、気まずい沈黙。
「何だ、これは?」
「えーと、プログラマーの趣味です」
「……」
「あ、でも、しゃがみ挑発 (おっぱいぷるん)には当たり判定がありますよ。ダメージは1ドットだけですけど」
「それが、いったい、何になるというのだーっ!!」
妾はドカーン! と怒りを爆発させた後、その場におろろろろと崩れ落ちる。
『黒雷女帝エクレア』と言えば、泣く子も黙る最強のラスボスだったというのに。
妾の最終ステージの音楽は、『餓狼◯説』の『ギース=ハワ◯ド』のような超ノリノリのBGMだったというのに!
どうして、こんなネタキャラに成り下がってしまったのだ!?
「ボクの情報量の一端を知ってもらおうと思ったのですが……。どうです? ボクを買う気になりましたか?」
困ったように語りかけてくる魔法少女に、妾は気を取り直して立ち上がる。
妾が知る由も無い知識を持つ、この娘の力を得ることができれば、闇の中を手探りしかできないような状況を打開できる。
後は、この娘が信用に足る人物かどうかだが……。
「貴様の目的は何だ?」
「金ですよ。ボクの名は『ムウ=ゲーメスト』。情報屋の名を冠する以上は、情報を売る事が生業ですから」
「ふん、可愛らしい見た目の割りに、ずいぶん即物的ではないか」
「いけませんか?」
妾はニヤリと笑いかけると。
「いや、上等だ。欲も無い、慈善事業みたいな事を言い出す輩よりかはよっぽど信用出来る。だが、ファイトマネーが目当てなら先ほどボロ負けした妾ではなく、もっと勝てそうな奴と組めば良かろうに」
すると、ムウはふっと笑い。
「あとは、共感というものでしょうね。ボクも望まざる形でこの世界に転生したクチですから」
肩をすくめるムウの瞳には、僅かだが寂しげな光が宿っているようにも見える。
まあ、妾には詮なき事だがな。
「ハッ、良かろう! では、この大会で得たものは貴様と山分けという事でどうだ?」
「十分です」
妾は大きく胸(巨乳)を張ると、ムウに向かって手のひらを向ける。
「ならば、聞かせてもらおうか。妾の身にいったい何が起こったのかを。そして、これからの戦いを勝ち抜くための情報とやらをな!」