睡眠学院
【第六学院】
翌日、俺は事の説明をするために、榊原と一之瀬君の2人と一緒に学校へ来ていた。
「でかいなあ」
「そりゃ都内の学院だからな」
榊原が校舎を見て驚きの声をあげる。
実を言うと、俺と榊原は東京出身ではない。
魔攻学院は都内だけだが、他の県にも学院はある。ただ都内の学院ほど大きくは無い。俺は割と近いとこに住んでいるため何度か見たことがある。と言うか、昇降口の前まで入ったこともあのでそれほど驚く事は無い。理由は……言うのはやめておこう。フラグになってはいけない。
ちなみに榊原は初めて見たようだ。まあ警察が学校に来る事なんてほとんどありえない、というかあっては困るからな。
「写真では見たことがあったが、こうしてみるとやっぱりでかいなあ」
「関心してないでさっさと行くぞ」
俺達は学院へと足を踏み入れる。
とにかく廊下が長い。
それが入ってからまず思ったことだ。
外見までは見た事があってもいざ入ってみると予想以上にでかい。これは一之瀬君がいなければ迷っているレベルだ。
「とりあえず、事務室に行って校長先生を呼んでもらわないといけないので…」
そうして彼女の後について行く。
事務室に行くと窓ガラスに、会議中しばらくお待ちください、と張り紙が貼っていた。
「仕方ない、少し待つしかないな」
俺はそう言うと近くにあったベンチに腰を下ろす。
「そうですね…待ちましょうか」
一之瀬君も隣に座る。
「お前も少しは落ち着いたらどうだ」
榊原は校舎に入ってから落ち着きがない。
「なあ、なんかおかしくないか」
榊原が突然そんなことを言う。
「何がだ?」
「今日は平日だぜ、普通に学校がある日だろ」
「まあそうだな」
「なのに、ここに来てから一度も、誰とも会わなかった。生徒にも先生にも」
「授業中なんだろう」
「いや授業中でも声くらいは聞こえると思うぞ。それに校庭にも誰もいないなんておかしいだろ。体育の授業や魔術の実習とかがあると思うんだ」
「一之瀬君、そういった授業は無いのか」
俺は彼女に尋ねる。
「い、いえ…体育も実習もあります」
「な?やっぱりおかしいだろ?」
「…そうだな、一応誰かいないか確認くらいはしておくか」
そう言って立ち上がると、一之瀬君が「あの…」と言う。
「職員室に行ってみませんか…」
少し自信がなさそうに小さく意見を言う。
「職員室には誰かしら先生がいるはずです。それに窓ガラスには会議中と書いてあります。先生たちの会議は基本的に職員室で行っていますので」
「それは一理ある。まずは先生に顔を合わせるのが1番だろう。俺もその意見には賛成だ」
自信のなさそうな彼女の頭をなでてやると榊原に言う。
「とりあえず全員で職員室に行こう、話はそこからだ」
「おうっ、了解だ」
「一之瀬君、案内を頼む」
俺たちは彼女の後に続き2階へと上がり、長い廊下を2回ほど曲がった突き当りに到着した。そこには職員室と書いてある。
「ここが職員室です。とりあえず私が入りますね」
彼女は急いで扉をノックすると「失礼します」と言って中に入る。
そして、「えっ…?」と気の抜けた声が聞こえた。
「どうかしたか?」
彼女に尋ねると、
「は、入ってきてください」
と、慌てたように言う。
俺達も職員室に入る。そして視線の先の光景に、たっぷり3秒は絶句していた事だろう。
「何が起こってんだ?」
「見ればわかる、寝ているのだろう」
俺は何を当たり前のことを、と答える。
「・・・・・・・・・・・」
一瞬の沈黙を破ったのは榊原だった。
「いや、そんなのは見りゃ分かるわ!何でみんな寝てんのかって聞いてんだよ!」
少しふざけてみたが…まあそういうことだ。
つまり寝ているのだ。全員、端から端まで、一人残らず。
「はあ…」
溜息をつくと俺は踵を返す。
「待て待て、おかしいだろうこれは」
「何がおかしい、きっと疲れているんだろう。教師と言うのも案外大変みたいだな」
「疲れているのはお前の方だ神谷、あれを見てもおかしいと思わないか?」
そう言って寝ている教師を必死に起こそうとしている一之瀬君を指さす。
「冗談だ、明らかに面倒ごとの匂いがしたので体が勝手に拒絶反応を起こしただけだ」
「まったく…お前が面倒事に関わりたく無いのは分かっているけどな、とにかく他の先生方も見て回ろう」
そう言って俺たちは職員室をすべて調べた。もちろん全員に起きてるか声をかけながら。
「ダメだな、起きている者はだれ一人いなかった」
「これは生徒の方も同じ感じだな。だから誰とも会わなかったのだろう」
俺は職員室を見渡して、もう一度溜息をつく。
「そしたら、誰かが眠らせた…と言うことですか?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
「どうしてまた…」
彼女が言うと、
「一応生徒たちの方も見てみようぜ」
榊原が大声で反応する。
「そう…ですね。わ、私もそれがいいかと…」
俺は一瞬考えてから言う。
「そうだな。とりあえず別の教室に移動するとしよう」
俺達は廊下に出て、どの教室に行くべきか…と考える。手当り次第に見ていくのもありではあるが、こういう時は目的を持って動いた方がいい。
「亮さん、あの…私のクラスに行ってもいいですか?」
「別にいいが、どうしてだ」
「それは…理由は特にないです…」
多分、クラスメイトが心配なのだろう。彼女はもう少し強く意見を言えるようにならなければいけないな。
「無理はしなくていい、心配なのだろうクラスメイトが。理由などそのくらいで十分だ。しっかりとした理由など、魔術と物理だけでいい」
「はい!ありがとうございます」
嬉しそうだ。そのくらいはちゃんと聞いてやるのだがな。
「それで何年何組だ?」
「えっと、3年D組です」
やはり行きたく無い。嫌な予感が的中したようだ。
俺は正直行きたくない教室に向かって仕方なく歩く。この先に面倒事が増える未来が見えているのだ。
「どうした神谷、嫌そうな顔をして」
「いや、そんなことはない…ないが、あるのだ」
「結局どっちだよ」
今日は榊原のツッコミが冴えているな…と現実逃避をしてみる。そんな事をしても意味が無いのは分かっているのだが。
「そういえば私のクラスに神…」彼女がそう言いかけたところで教室に着いた。
「つきました!ここです」
一之瀬君がそう言うと中へ入っていく。
「誰?」
入った瞬間声が聞こえる。聞きたくなっかた声が。
「凛ちゃん!私、一之瀬!」
「え…あれ?結衣!どうしてここに?」
そう言って陰から飛び出してきた少女は、驚く。
「その…い、いろいろあって…とにかく無事でよかった」
一之瀬君がほっと息を出す。
「亮さん、眠ってない人いましたよ!」
そう言って俺の事を呼ぶ。
「りょう…?」
彼女の発言にその少女は訝しんで、首を傾げる。
俺は教室へ入ると、
「よう、久しぶりだな、凛」
俺はここ最近で一番大きなため息をつきながら返事をする。
「え?あ、そういえば、凛ちゃんの苗字って神谷…」
気づいたようだ。
これが俺がこのクラスに行きたくなかった理由だ。
「亮にぃ!何で?え、どういうこと?」
「落ち着け、聞きたいことはあるだろうが、待て。とにかく状況確認が最優先だ」
俺は教室を見渡して確認する。
どうやら起きているのは凛だけらしい。
「お前は何故起きていた?」
「あ~それね…今日たまたま遅刻しちゃってさ~。あ、アハハ……本当にたまたまだよ!本当だよ!ね?結衣!」
必死だ。それはもう分かりやすく。
「一之瀬君、正直に言っていいぞ」
「えっと…時々遅刻してた…よね?凛ちゃん」
「やっぱりか」ため息交じりに言う。
「お前は全然変わってないな、凛。友達だから控えめに言ってくれているんだろうが、どうせ、毎週毎週遅刻しているのだろう?」
「そ、そんなこと…ない…はず、多分…おそらく…きっと…」
「視線をそらすな」
まったくこの妹は相変わらずのダメっぷりを見せているようだ。
そんな様子を遠くから見ていた榊原がいまさらのように言う。
「あ、凛って神谷の妹か!大きくなったんだなあ」
「いまさらか榊原…お前は会ったことあるだろうが」
「そんなこと言うがな、最後にあったのは俺が高校生の時だぞ。あの時はまだ小学生だったじゃないか」
「えっと…榊原さんだよね?」
凛がそう尋ねる。
「そうだ、まああったことがあると言っても数回だ。覚えてなくても仕方がない」
いまさらだがこいつは神谷凛。妹だ。年がかなり離れているので、知り合いにも会ったことがないやつはいる。俺はもう一人暮らしをしているが、こいつは両親と一緒に住んでいるから、最近は全く会っていなかったが、こいつも第六学院だったのは知っていた。と言うか、何度か来た事がある。
「そんなことよりも…」
俺は凛の方を見て話す。
「遅れてきたらもうこの状態だったということだな」
「そうだよ、まあ来たと言ってもついさっき来たばかりだからよくわかってないけど!」
「それは何の自慢にもなってない」
「いてっ」
俺は頭に手刀をくらわせる。
「とりあえず、こうして起きている奴がいた以上他のクラスも確認するべきだろう」
「そうだな、ついでに何か痕跡がないか確認しとこうぜ」
そう言って俺たち4人は廊下に出ると、次の場所を確認するために話し合う。
「とは言っても、ここは広すぎる。場所を限定して探した方がいいかもしれん」
「具体的には?」
「3手に分かれて各校舎を調べることにしよう」
そう言うと一之瀬君が聞く。
「この学院は校舎が4つありますけど…」
「それは大丈夫だ、最後に全員で体育館に行こうと思っている。もし何かの魔術を使っているのであればこの範囲だ。相当な広さの場所が必要なはずだからな。校庭に何も無かった以上、体育館が1番怪しい」
「なるほどね、りょーかい!」
凛が元気よく返事をする。
「別れ方だが、俺と榊原は別々に行動する。凛と一之瀬君は、一緒に行動してくれ」
俺は全員に指示を出す。
「すべて見たらまたここに戻ってきてくれ」
「何かあった場合は?」
「そうだな、お前たちはこれを使え」
そう言って俺はポケットから小石を取り出し、彼女たちに渡す。
「これには念話石がだ。そこに魔力を込めて話すと俺に聞こえるようになっている。何かあった場合はこれで俺に報告してくれ」
「なあ俺は?」
榊原が俺は自分で何とかしろってこと?みたいな表情で聞いてくる。
「お前はスマホがあるだろうが」
「あ、そうか」
「俺はA校舎、榊原はC校舎、一ノ瀬君達はこの校舎を頼む」
「分かりました」
「おっけい」
「了解だ」
そう言ってそれぞれの場所に走っていく。
【C校舎、榊原】
「なんもねえなあ…」
そんなつぶやきをしてみる。
C校舎に来て、3階、4階と調べたが特に何もなかった。
この校舎は特別授業ができる教室が集まっているみたいだ。音楽室に、家庭科室、理科室に美術室と言った教室ばかりだった。
「次は2階に行ってみるか」
近くの階段を下りつつ考える。
もしも何かがあるとすればそれはなんだ?そもそも犯人の狙いはなんだろう。と言うか犯人はいるのか…。
考えながら2階まで降りて、その場所にびっくりした。
「でかっ」
この校舎の1階2階は、大きな図書室になっていたのか。壁1面どこを見ても本だらけ。
「流石都立の学院」
ものすごく偏見に満ちた感想を抱きながら1階まで下りる。
「流石にここには何かありそうだな」
そう思い、でかい本棚に囲まれた通路を1本ずつ確認してみる。通路を覗き込むようにして歩いていると、通路に一冊の本が落ちていた。これまた超分厚い辞書みたいな本だ。俺はペラペラとページをめくる。
「魔導書みたいだな」
関係ないと思いしまおうとして、妙に引っかかるページに気になる一文を見つけた。精神魔術のページのようだ。長時間開いていたのか、本の折り目に跡が残り開きやすくなっていた。
「精神魔術か…俺はあんまり得意じゃないんだよな。この分野なら如月が得意そうだな」
俺は身体強化系の魔術が得意だ。魔術で遠くから攻撃するよりもさっさと近づいて攻撃した方が早い。
けどこの話を神谷にしたときは、
「これだから脳筋は…怪我をしても知らんからな」
と言われた。あいつは近距離の魅力が分かっていない!
そんなことを考えながら適当に読んでいると、
「な、これって…」
見つけてしまった。
そのページにはこう書かれている。
『精神魔術
相手の精神に作用して意識を操作したり、幻覚を見せたりする。
大規模な魔術を行使するときに、魔力の確保などにも使われることがある。
例えば、召喚魔術である。より大きな悪魔を呼び出すときは、大量の魔力が必要となる。
その確保に睡眠魔術や吸収魔術を使う。
人の夢はイメージである。魔術においてイメージは魔力を操る際に最も重要とされる。
つまり夢には自然と魔力が宿るのである。
その魔力を使うことで本来大量に必要なる魔力を補えるため一人で強力な魔術の行使ができるということだ。さらには…』
もしかすると犯人はこれを読んで…
不吉な予感が体にまとわりつく。一刻も早く神谷達に知らせなければ!
そう思いスマホを取り出そうとしたところで辺りの異変に気付く。
「なんだ…周りの魔力が急に」
おかしな魔力が辺り一面に漂っている。何かが起きたのだと思い身構えつつ、念の為身体強化魔術も使っておく。
すると魔力だったものが形を作っていく。
「これはめんどいな…」
その形は徐々にモンスターのような見た目へと変わっていく。完全にその形を作らずに歪んだ形で襲ってくるのが気持ち悪い。
すると突然スマホが鳴り出す。電話を取ると、
「榊原!一度戻ってこい、まずいことになった」
「神谷、何が起きているんだ」
「おそらくだが、術者が俺たちの存在に気付いたのだろう。このままバラバラでいるのは危険だ」
「分かった、今から戻る」
「そうしてくれ、くれぐれも怪我はするな」
「了解!」
あいつはやはり優しいな…と少し頬が緩む。
「俺らの隊長が怪我をするなって言ったんだ、ここで負けるわけにはいかないな!」
拳に力を込め、前から迫ってきた敵に拳を突き出す。
その拳は物凄い速度で前方へ放たれ敵が吹き飛ぶ。さらに、そのまま衝撃波となって後ろにいた敵をも吹き飛ばす。出口は…2階からが早いか。
敵も増えていく一方だし、急いで戻らないとな…
俺は急いで出口へと向かう。
【B校舎 凛、結衣】
「凛ちゃん、とりあえず1階まで下りて見よう」
私は凛ちゃんに言ってみる。
「それがいいね。ここは1階から4階まで教室だから、もしかしたら起きている人がいるかもしれないし!」
凛ちゃんは元気よく返事をします。
私たちは階段を下りながら少しお話をする事に。
「いやーびっくりしたよ、まさか亮にぃと一緒にいるなんてさ~」
「う、うん。私も凛ちゃんと亮さんが兄妹だったなんて…少しびっくりした」
「まあねー。私たちそんなに似てないってよく言われるし」
確かに似ていない…かも?と思う。全然見た目も似てないし、性格もちょっと…違うと思いました。
「それよりも結衣の方だよ!何で亮にぃといたの?いつから知り合いなの?」
質問攻めです…知らない人だったら絶対に上手く話せないです。けど、凛ちゃんとはこの学校に入ってからの友達で、いつもお話しているので緊張はしません。
彼女の方に視線を向けると、その目はきらきらしていて、好奇心が抑えきれてない…
私は少し戸惑いましたが、亮さんの妹と分かり、友達に隠し事はしたくないので話すことにしました。
初めから…と言うわけにもいかないので、所々端折りながら説明しました。
「…それで今はお兄さんの家でお世話になってるの」
説明し終わっても凛ちゃんは黙ったままこちらを見つめたままです。何かおかしなことを言ってしまったのでしょうか。
「うわーーん!」
突然泣きながら抱き着いてきました。
「そんなことがあったのに助けられなくてごめんね、大変だったよね。無事でよかったよぉーーーー」
「う、ぐすっ大丈夫、ありがとう」
私は泣きそうになるのを必死にこらえて返事をします。
凛ちゃんはとても優しいのです。私の事なのに自分の事のように泣いてくれます。
しばらく抱き着いて泣いていましたが、そのあと少し黙ったまま動かずにいました。
「凛ちゃん、ありがとう…でももう大丈夫だから…」
私は肩を軽くたたくと、はっとしたように凛ちゃんは顔を上げる。
「ご、ごめんね。つい…」
「ううん、嬉しかった。ありがとう、私も凛ちゃんが困っていたら助けるからね」
「えへへ、ありがとう!」
そうして階段から進んでいなかった私たちは急いで1階に向かいます。
1階にいた私たちはとりあえず近くの教室へと入るために扉を開けようとすると、ガチャと音を発するも開きません。
「どうしよ結衣、扉開かないよ」
「そんな…」
いくら力を込めても扉は少しも開きません。
「別の教室も確認してみよう」
念の為に隣の教室に行こうとして異変に気付きました。廊下の空気が変わったような、肌に触る感覚が違うようです。
「ねえ、なんかおかしいよね…」
凛ちゃんも気づいたようです。
何か変な魔力が辺りを漂っていて、私たちは嫌な予感がしたので身構えつつ様子を見ます。
初めは薄い魔力が壁や天井に張り付くようにして存在していたのですが、魔力はだんだんと形を作っていきます。
「うわー何あれ…気持ち悪」
その魔力は人型のような形になりましたが変に歪んでいて嫌な見た目です。自然と背筋に凍るような感覚が伝わってきます。
「凛ちゃん!後ろ!」
前方に気を取られ過ぎて後ろを見ていませんでした。どうやら囲まれてしまったようです。
「倒すしかないかあ」
凛ちゃんは少し気の抜けたような声で言います。
「そうだね、まずはこれを倒そう!」
私たちは顔を見合わせて小さく笑みを浮かべて、私は魔術を使い、前方の敵の中心に重力の球を作り出します。重力魔術です。敵は重力に引っ張られて、吸い込まれていきます。重力魔術は重力の操作や重力を圧縮して物理的に圧殺することができるものです。“重力球”と言います。
敵が動けずに吸い込まれていくのを確認して、廊下の奥へと重力の球を飛ばします。魔力制御が難しくて自由に操作することは出来ないですが、直線上にまっすぐ放つだけならば簡単なのです。
「凛ちゃん!」
私が振り向いた時には凛ちゃんも、もうほとんど倒していました。
「はあっ」
凛ちゃんの手にはきれいな短剣が二本握られています。あれは凛ちゃんが得意としている、生成魔術と召喚魔術を合わせたものらしく、剣召喚と言うそうです。
もちろん召喚と言うくらいですからかなりの魔力と技術が必要です。そして凛ちゃんはとてもきれいで速い剣裁きなのです。初めの一振が次の動きの一部となって、連撃のはずが1つの技のように見えます。私は一瞬、思わず見とれてしまいました。
「危ない!」
気づくと凛ちゃんが囲まれています。いったいどこから?
とっさに魔術を使おうと手を伸ばしたところで、
「えっ」
敵が消えて…いえ、倒されていきます。
「な、なにが…」
よく見ると空中に剣が二本浮いているみたいです。凛ちゃんは前の敵を持っている剣で倒しながら、空中の剣を操作して後ろの敵を倒していきます。
まるで剣自体が生きているかのように滑らかな動きで。
「ふう」
あっという間にすべてを倒し終わると、剣が魔力へと変わり凛ちゃんへと戻っていきます。
「お疲れ様、すごいよ凛ちゃん!今のは?」
私は聞かずにはいられませんでした。
「え、ああ今のね…えっと、秘密にして欲しいんだけど、いいかな?」
「う、うん」
「あれね、亮にぃに教えてもらった多重剣っていう上級魔術なんだ。重力魔術に生成、召喚の魔術を加えた混合魔術、魔術を作ったなんてばれたらめんどいから秘密にしてくれって亮にぃが言ってた。私が5年練習してやっと使えるようになった魔術だよ」
「魔術を作ったの?!…す、すごいね亮さ
「でしょ!それなのに亮にぃ黙ってろってさ!教えてくれたからいいけど…」
「でも、凛ちゃんもすごいよ!上級魔術なんて使える人ほとんどいないよ、それにすごくかっこよかった!」
「そ、そう?ありがとう、でも亮にぃはもっとすごいんだから!私とは比べ物にならないほどたくさんの剣を使うんだよ!」
何だかすごく嬉しそうに話すなぁ…多分お兄さんの事とっても好きなんだろうな。
少しだけうらやましい…。ってなんて事考えてるの私!私は亮さんの助手で住まわせてもらっているだけなんだから!
「結衣?」
「えっ?あっ…えっと……あはは」
凛ちゃんの前で恥ずかしい所を……。気を取り直して次の動きを考えることにします。
「一応、亮さんに連絡しておこう」
「うん、それがいいと思うよ。何か起きたようだったし」
そう言ってポケットからバッチを取り出し魔力を流すと、
「亮さん、聞こえますか」
頭の中で呟いてみます。
『一之瀬君、ちょうどよかった。すぐに先程の場所まで戻ってきてくれ』
「何があったんですか?不思議な敵が出てきたのですが…」
『そちらもか、多分だが術者に俺たちが起きていることがばれてしまったのだろう』
「亮にぃは無事?」
凛ちゃんが心配そうに言います。私も少し心配です。
『当たり前だ、それよりこのまま分かれていると危険だ。急いで戻ってきてくれ』
「分かりました」
「オッケー!」
私たちは急いでもと来た階段で上に向かう。
【A校舎 神谷亮】
俺はA校舎に着くとある異変に気が付いた。生徒がいるであろう教室すべての扉に魔術が発動している。確認してみると案の定、扉は開かない。
「どうしたものかな」
この階のすべての扉が開かないとなると調べるものがない。
一応周囲を調べてみるも他に気になる物はない。
教室の入り口にあるクラスの番号を見るにこの校舎は高等部、いわゆる高校生たちのクラスが固まっているらしい。
一応確認の意図も込めて2階に下りて見ると下りてすぐ目の前には 生徒会室があった。そして、ここから大きな魔術の気配がする。
「入ってみるか」
俺は魔術を使って一瞬で生徒会室の中へと転移する。移動魔術の派生”転移”。
中を見渡すと思った通り、床に大きな魔術陣が浮かび上がっている。術者が遠隔で発動しているようだな。
「これは探査魔術か…だが少し改造されているのか」
改造されたところをよく見るとどうやら別の場所に繋がっているみたいだ。しかも複数の場所に。
そしてその一つはこの部屋の扉のようだ。
「……なるほどな」
多分だが、これは扉を強制的に開けたり壊したりすることで発動する魔術のようだ。おそらく邪魔するものがいた場合に術者へと知らせるものだろう。
さらに邪魔者を排除しようと別の魔術も発動するはずだ。
「犯人は相当優秀らしいな」
俺は犯人の狙いを考えるが、いくら何でも証拠が少なすぎる。
俺はとりあえずここを出ようと魔術を使う。
「いや、待て」
犯人が体育館にいるのは大体分かっている。ならば…
「この仕掛け使わせてもらうか」
俺は小さく笑うと扉に向かって火の上級魔術、“爆炎”を放つ。
ズドオオオオオン
扉が粉々にはじけ飛ぶ。それを見てから魔術陣へ振り返る。
予想通り魔術が発動した。ただしまたしても別の場所での遠隔発動のようだ。
「何も起こらないな」
が、しばらく待ったが変化がない。不具合か?そう思い廊下へ出て確認する。
「……魔力が辺りを漂っているのか?かなり大量の魔力だが、動きが遅い…」
どうやら犯人の魔力がこの学校全体にばらまかれたようだ。
すると魔力が形を成すように集まり始める。徐々に形が整ってくると人型のようになっていく。
恐らく、この魔力で校舎の中を確認しているのだろう。そして、魔力に反応があった場所に敵としてこいつらを作り出すと言ったところか。
とりあえず邪魔なこいつらだけは倒させてもらおう。
俺は重力魔術に吸収魔術の混合魔術を使う。これは重力で物体や魔力を直接引き寄せ、“魔力吸収”によって魔力を奪うというものだ。ここは魔力で満ちているのでよく吸収することだろう。
「あとはこれを利用させてもらうか」
俺はあえて魔力の濃い所で榊原に電話をかける。
「榊原!一度戻ってこい、まずいことになった」
慌てたように言う。
『神谷、何が起きてるんだ』
「おそらくだが、術者が俺たちの存在に気付いたのだろう。このままバラバラでいるのは危険だ」
とにかく一度集まって話をしなければと戻るように指示を出す。
『分かった、今から戻る』
「そうしてくれ、くれぐれもけがをするな」
あいつはこうでも言わないとすぐに無理をする。少しの怪我でも何が起こるか分からない、用心するに越したことはないのだ。
『了解!』
嬉しそうな声で返事をする。多分すぐに戻ってくるだろう。
俺も急いで戻るとしよう。
走り出したところで今度は念話が届く。
『亮さん、聞こえますか』
一之瀬君のようだ。
「一之瀬君、ちょうどよかった。すぐに先程の場所に戻ってきてくれ」
『何かあったんですか?不思議な魔力で敵が湧いて出てきたのですが…』
「そちらもか、多分だが術者に俺たちが起きているのがばれてしまったのだろう」
やはり学校全体に魔力が通っているのだろう。ただ、今説明するのはいけないので戻ってくるように指示を出す。
『亮にぃは無事?』
凛が心配そうに聞いてくる。
「当り前だ、それよりこのまま分かれていると危険だ。急いで戻ってきてくれ」
『分かりました』
『オッケー!』
これで術者は俺が魔力に気付いて引き返したように見えるだろう。もう少しこれを利用させてもらうか。
今後の動きを考えながら、俺も一度戻る事にした。
【3年D組前】
俺が戻るとすでに全員が戻ってきていた。
「全員無事みたいだな」
俺はけがをしていないかだけ確認してさっそく本題に入る。
「連絡したときに話したと思うが、相手に俺たちの存在がばれた…いや、ばらしたと言うのが正しいか」
そして、起きていることを説明する。
「そういうことですか…つまり、この魔力を利用して犯人に近づくと…」
「そうだ、ここから体育館までは距離がある。一人で行くのは難しいだろう、だから相手を誤魔化すようにしたいと思っている」
「そういや、なんでここには魔力が通ってないんだ?」
榊原は気になっていたことを聞いてくる。
「それは、魔術陣のあった生徒会室が2階にあったからだろう。そこから魔力を操作しているのであれば上まで持ってくるのは難しいだろうしな」
魔力と言うのは水と同じようなものだ。基本的には流れは上から下へと流れていく。そして上へと移動させるにはより細かな魔力操作が必要になる。小規模であればできることだが、今は学院全体だ。あまり細かな操作はできないのだろう。
「なるほどな、だがそれじゃあずっと3階にいれば、ばれなくないか?」
「そういう事になるが、それではこの犯人を止めることはできない」
「そうですね、体育館にいるのであれば、1階に下りなければなりませんから」
良くわかっている。
俺はそうだ、とうなずいて話を戻す。
「しかし、犯人の所まで行くのはいいが、何が目的なのか…それがわからないとどうしようもない」
「どうして?」
凛が聞いてくる。
「犯人が何かしらの魔術を使っているとなると、それを壊さなければいけない。だが、それにはその魔術の規模に合った対抗魔術を使う必要がある」
「この間貸してくれたように氷魔術で魔術陣を壊すことはできないのか?」
「あれは小さい魔術の場合だけだ。体育館で行うような大規模の魔術陣では消すことはできない」
「・・・・・・・」
俺たちは黙って考える。
「あっ」
突然榊原が思い出したように言う。
「そういえば、俺図書室でこんな本を見つけたんだった」
榊原が分厚い本を見せる。
「これは魔導書か?これのどこにヒントがあるんだ?」
「この最後の所に召喚魔術に関するページがあるんだが…」
そう言うと最後の方のページを開いて見せてくる。
「大規模魔術ですか…これは…」
一之瀬君が驚いたように言う。
「なるほどな、犯人はこれを見てやってみようと思ったと?」
「まあな、そう考えると納得がいくんだ」
榊原の言うことにも一理ある。だが…
「それって、もしかしてこの学院の誰かが犯人ってこと?」
凛が気づいて言う。
「そういうことになるな」
俺は答える。
「あくまでその可能性があるという話だが、おそらく当たりだろう」
「一体だれが…」
「それは分からんが、よくない事が起きるのは確かだ。止めるしかないだろう」
「そうだな!とにかく体育館まで行ってみようぜ!」
榊原はやる気満々のようだ。
「それしかないね」
「そうですね」
二人もそれに賛成のようだ。
「俺に作戦がある。聞いてくれ」
【体育館 ???】
もう少しよ、もう少しで魔力が集まる…。
体育館に一人佇むその女は嫌な笑みを浮かべると扉の方を見る。
「誰かまだ起きているようだけれど…今からじゃあ間に合わないわ」
先程生徒会室の扉が壊されて、探査魔術が発動した。その何者かはB校舎の3階からしばらく降りてこなくなって、今下りてきたようだ。
しかし今からでは遅い。体育館までは距離がある。
「フフフ」
これで、魔術が完成する。
「やっと、やっとこれで!」
フフフフフフ、あははははははは!
私は笑うしかないくらいに愉快だった。
しかし…
ドオーーーーーン
すごい音とともに扉が吹き飛び、
「何がそんなに面白いんだ?」
突然声が聞こえ笑いが止まる。
「な、何故ここに…」
「何故ってお前を止めに来たんだ」
「そんな!どうやって?あそこからこんなに早くは来れないはず…」
私は驚いて次の声も出せない。足音が近づいてくる。
現れたのは一人の男だった。
【B校舎 神谷】
「そういうわけだが、何か質問はあるか?」
俺は作戦を説明し終えると質問が無いかを尋ねる。
「なあ、本当に俺たちがやるのか?」
榊原が心配そうに聞いてくる。
「そうだ、先程も言ったがこれができるのはお前たちしかいない」
俺が伝えたのはこうだ。
「俺は犯人の相手をする。お前らは魔術陣を破壊してくれ」
もちろん榊原たちは驚いた。
「え、あの…逆ではないんでしょうか…?」
「いいや、俺が犯人の相手をする」
そして理由を説明する。
「相手はおそらく相当な魔術の使い手だ。それに召喚魔術と言うことであればお前たちの方が早いだろう」
「そうなのか」
「そうだ」
榊原は一瞬悩むと、
「お前がそう言うならその方がいいんだろう。俺は神谷を信じるぜ」
と、まっすぐこちらを見る。
「わ、私も頑張ってみます」
「私も大丈夫!」
納得してくれたみたいだ。
「それじゃあ方法を説明する、榊原、お前にはこれを渡しておく」
そう言って黒い長剣を渡す。
「それに強化魔術をかけて魔術陣の中心に刺すんだ」
「了解だ」
「そして凛、お前は剣召喚で剣を用意しておいてくれ」
「おっけい!」
そして…
「一之瀬君は魔術陣に合わせるように重力魔術の魔術陣を形成してくれ」
「分かりました…あの、これで魔術陣は壊せるのですか?」
「ああ、準備が出来たら魔術陣から離れてくれれば大丈夫だ」
とりあえず言っておくことはこのくらいだ。
「亮にぃ、まずはどうするの?下の魔力に触れるとばれちゃうんでしょ?」
「それは大丈夫だ」
そう言って俺は吸収魔術で確保しておいた魔力を使い、それを人の形に変化させる。出来上がったのは人の形をしただけの魔力の塊だ。
「これを2階に向かわせる。あの魔術は俺たちの魔力に反応しているみたいだからな。この人形に俺の魔力を少し混ぜておけば、勘違いするだろう」
「それはいいんだが、俺たちはどうやってここから体育館まで行くんだ?」
「転移魔術で体育館まで飛ぶ」
「………お前転移魔術も使えるんだな…強すぎか」
「ん?お前の前で使ったことなかったか?」
「ないなあ」
榊原はしみじみと答える。
「それじゃあ行くか」
そう言って人型にした魔力の塊を2階へと向かわせる。
そして、俺は転移魔術を発動する。
「この魔術陣から出るなよ」
注意をして移動する。
パっと光輝き次の瞬間には一同は体育館の前にいた。
「まじか…」
「す、すごい…」
「亮にぃ流石!」
3人がそれぞれ感想を口にする。
「それよりも…」
俺は扉の方を見て言う。
「ここで間違いないようだな」
扉に魔力の漏れを防ぐ魔術がかけられている。
「入るぞ、準備はいいか」
全員が大きくうなずく。
俺は開戦の合図だと、容赦なく扉に向かって爆炎を放つ。
「行くぞ!」
体育館に入ると俺は笑っている女を見つけた。
「何がそんなに面白いんだ?」
挑発ついでに聞いて見る。女の注意が俺に向いた。
榊原たちが今のうちにと左右へ散る。後ろの魔術陣まで一気に行くみたいだ。
「な、何故ここに…」
女は戸惑っているようだ。
「何故ってお前を止めに来たんだ」
「そんな!どうやって?あそこからこんなに早くは来れないはず…」
独り言のように呟いている。俺は歩いて近づいていく。
「そんなものは知らなくてもいいことだ」
そう言ってもう一度爆炎を放つ。
「くっ障壁!」
女は慌てて障壁を発動させる。炎の線がまっすぐ障壁にあたり爆発を起こす。
「上級魔術!?」
俺は転移で女の後ろに飛ぶと、手を伸ばし頭をめがけて魔術を使う。
“強衝撃”
女は物凄い速さで壁まで吹き飛ぶ。
インパクトは中級の振動系魔術だ。普通の人間がまともに食らえば骨が折れるくらいの威力は出る。しかし、
「転移魔術か…随分と高位の魔術師のようだね」
壁に激突したはずの女は煙の中から平然と現れる。
「倒せたと思ったかい?」
「いいや、その程度で倒れてもらっては面白くない」
どちらも余裕の表情で言葉を交わす。
俺はすぐに次の行動に出る。床に手を当て、遠隔魔術で女の両サイドに氷魔術を発動させる。
ゴンッ
氷柱が下から飛び出してくるも女にはかすりもしない。
「どうした?当たってないよぉ」
イラっとする話し方をする女だ。
「当てなかったんだ」
その瞬間氷柱が白く光り始め、両サイドの氷柱が大爆発を起こした。床と天井並ばすぐに発動できたのだが、距離がありすぎて避けられると思いわざと両サイドに氷の壁を作ったのだ。
本来床を爆破させる魔術を作った氷の壁で発動させた。あの距離であれば回避するのは難しいだろう。
煙が晴れるとかなりボロボロになった女が座り込んでいる。
「障壁を展開したのか、だがその距離だ。ダメージはあるだろう?」
俺は女に問う。
「すごい威力の魔術だぁ。けど倒せなかったねえ」
女もすぐに魔術を使う。
“炎槍”
鋭くとがった炎が次々と飛んでくる。
「遅いな」
俺は障壁を展開し飛んでくる炎が当てる。
「!?」
すると、炎は爆発せずにきれいに女へと跳ね返っていく。女は慌てたように空中に飛ぶ。
「飛行魔術か…」
残念ながら俺は飛行魔術は使えない。
俺は女の前に転移すると足元に障壁を展開。そのまま回し蹴りをする。女はかろうじて手で腹部を守ったがその衝撃を殺せずに勢いよく壁へと突っ込む。
「化け物ですねえ、貴様はぁ」
余裕のなくなった女が悪態をつく。
俺はゆっくりと着地して、女に声をかける。
「お前は誰だ、ここで何をしていたんだ」
「フフフ、余裕かぁ…いいよぉ!」
聞く気はないようだな。女は物凄い魔力をその両腕にまとう。
“闇撃”しかし女は俺を狙わずに後ろで魔術陣の破壊の準備をしている榊原たちに飛んでいく。
「お友達助けなくていいのぉ?」
俺は無言で重力魔術を使う。小さな重力の球が女の放った魔術にあたる。するとその球は放たれた魔力を物凄い速さで吸い込んでいく。
“重力吸収”
効果は前に使った通りだ。
「な、私の最大威力の魔術が…」
女は膝から崩れ落ちる。呆然と虚空を眺める目からは涙が零れていた。
「な、なんで!何故…私は!私は…最強に…」
何か様子が変わったような女がつぶやく。
「お前は何がしたかったのだ」
俺は再度問う。
「私は、最強に…何故…魔術で負けなければいけないのか!」
はあ、俺は溜息をつくと女に言う。
「お前が才能はある。だが使い方を誤った魔術は本来の効果を発揮しない。力に負け、強いと思い込んでいるお前では俺には勝てん」
そう言うと遠くから声が聞こえる。
「亮さーん!準備できました!」
どうやら準備ができたようだ。
「いいか、これが本当の魔術と言うものだ。よく見ておけ」
俺はそう言って榊原に頼んでおいた剣に遠隔で魔力を込める。すると陣の真ん中に刺さった剣がゆっくりと輝き始める。さらに集中して魔力を集めると、剣はより輝きを増し爆発した。実際に爆発したのは魔力だ。
そして、魔力による物凄い輝きが体育館を照らす。すると魔術陣が赤色に輝きだす。
「あれは重力魔術!?」
一之瀬君が叫ぶ。まさか自分で設置した魔術陣が勝手に発動するとは思わなかったのだろう。
瞬間、今度は召喚魔術であろう陣がまぶしく光り始める。
「凛!あそこに剣をさせ!」
「りょ~かい!」
凛の放った剣は、想定通りに魔術陣の中心を捉える。
結果、パリンッと呆気なく魔術が消える。
“術式停止”
一定の範囲にある重力魔術陣に外部から許容量を超える魔力を受けることで生じる魔力の乱れに、何らかの衝撃が加わる事で周囲の魔力ごと吸収し全ての魔力を消滅させる魔術…というより現象だ。
重力魔術の研究をしていた学者が、研究のために別の魔術と併用して使っていた時に魔力配分を間違えた結果発見された現象で、研究者の中では割と有名な話しだ。
賭けだったのは、俺はこの現象を実際に見た事が無かった事。まあ成功したので良しとしよう。
魔力がすべて消えると、そこには一本の剣が刺さっているだけとなった。
「亮にぃーーーー!」
走ってきた凛がタックルのように抱き着いてきた。
「けががなくてよかったよぉー」
うるさい奴だが今はこのままにしておこう。
「亮さん、すごかったです」
一之瀬君も近づいてきて小さく言う。
「ありがとう、みんなもよくやってくれた」
俺は彼女の頭をなでつつ3人に感謝を述べる。
「神谷、それで」
榊原が座り込んでいる女性を見て言う。
「あの女性はどうするんだ?」
「それは警察の仕事だと思うんだがな…」
俺はあきれながら言う。
「すまんな、ちょっと離れてくれ」
俺は抱き着いている凛にどいてもらい、座っている女性の方に向かう。
「なあ、会話はできるか?」
俺が近くまで行くと、
「はいっ!すみません!」
女性は慌てて飛び上がり数歩下がると頭を下げる。綺麗な土下座だ。
「あれ?藤森先生じゃないですか」
凛が女の姿を見てそう言った。
「えっと…神谷さん?」
女性は顔を上げると声のした方を見る。
「そうです!結衣もいるよー!」
「こ、こんにちは先生」
どうやら、この女性は先生のようだ。
「一之瀬君、この人は?」
一応一之瀬君に説明を求める。
「えっとこの方は藤森先生です。生徒会の顧問の先生です」
「藤森先生は、物理の先生だよー、週に3回は会ってるよね!」
「ええ、凛さんは週に7回以上は会ってますよね?」
「な、何のことだか…」
なるほど、この先生はしっかり生徒の事を見ている人らしい。生徒会の先生ということは、遅刻者チェックでもやっているのだろう。
「それで、藤森さん…はどうしてこんなことを?」
俺はさっそく聞く。
「えっと、貴方は…」
「先生!亮、私の兄貴だよ!」
「神谷亮です、妹がいつもお世話になってます」
「あ、お兄さんでしたか、失礼しました。物理担当の藤森と言います」
「それで、いったい何があったんでしょうか」
先生は少しうつむく。何か事情があるようだ。
「昔の話しなんですけど…私は物理の教師ですが実は魔術の教師だった時がありました。ですがあることがきっかけで挫折してしまって、物理に移動したんです。ですが、まだ魔術に諦めが付かずにこっそり魔術の勉強をしていました」
俺は黙って聞く。ほかのみんなも黙っている。
「ところが昨日、生徒会の一人が二重構築を使うことに成功したんです。それを見て勝手に焦ってしまいまして、昨日の夜は寝ずに勉強をしていました。そして今日は、朝少し早くきてここの図書室で勉強をしていました。そこで、とても大きな魔導書を見つけたのです。少し気になったのでそれを読んでみることにしました」
俺は多分榊原の持っていた本だろうと思う。
「その本の最後の方のページです。大規模魔術の話の所を読んでいたら突然頭が重くなりまして…そのあとはほとんど覚えていないのです。次に覚えているのは体の魔力が急に失われて…それからは今の出来事を見ていました」
これは…間違いなく何かに意識を乗っ取られていたのだろう。恐らくその何者かが先生の焦りに漬け込み行動を起こしたと言ったとこか。
「榊原…あの本はどこに置いた?」
「本…あれか」そう言って入り口の横にある靴置きに走っていくと本を持って戻ってくる。
「これの事だよな」
そして本を渡してくる。本からは何かの気配がしている。先程まではこの本から感じなかった気配だ。
「なるほど、これが原因か…」
俺は本を受け取るとにやりと笑みを浮かべる。
「この本が原因なら燃やしてしまった方がいいな」
あえて大きな声で言う。俺の表情を見て榊原は何がしたいか伝わったようだ。
「そうだな!破いてから燃やした方がいいんじゃないか?」
凛と一之瀬君も顔を見合わせて、
「それに賛成―!」
「わ、私もそれがいいと思います!」
後は…そう思い火魔術で火を出すと、
「よく燃えそうだ」
「それはダメえーーーー!」
本がひとりでに声を発しながら揺れている。すると本が勢いよく開き、中から悪魔のような、そうでもないような、何やら変な生き物が飛び出してきた。
「本を燃やすとか頭おかしいだろ?そんなことをしたら死んじゃうよ!」
空中を飛びながら悪魔は変なことを言っている。俺は飛んでいる奴の頭を鷲掴むと、こう尋ねる。
「お前が原因だな?何のためにこんなことをした?」
「い、言ってたまるか!お前みたいなバケモンには絶対に言わないぞ!」
俺は少しイラっとしたので軽く頭をつかんでいる手に力を込める。
「いてててててて、や、やめて…」
「じゃあ話してくれるな?」
「それは…いててて、分かった言う!いうからぁ」
俺は手を離すと悪魔が言う。
「おかしいだろこんなの!拷問だよ拷問!」
「素直に話さないのが悪い」
「うるさい!この悪魔!」
俺はじろりと睨む。
「はいっ!分かりました!言います!」
そう言って話し始める。
「おいらはこの本の精霊だ。本の精霊は基本的に、誰かが本を読んでくれないと消えてしまう。最近この本を開いてくれる人がいなくて消えそうだったんだ。そしたら久しぶりに本が開かれて…そこの女だ!真剣に読んでくれるから嬉しくて、何か役に立てないかと思ったんだ。それでちょっと心を覗いて願いを聞き出した。その願いをかなえようとしたんだけど…そこの悪魔に邪魔されたんだ!」
精霊か…なんか癪なのでこれからも悪魔と呼ぼう。
「それで微悪魔、お前はこれからどうするんだ」
「なんだ微悪魔って!精霊だ精霊!失礼な奴だな」
「なんと呼ぼうが俺の勝手だろう?」
俺たちが言い合っていると横から先生が声を出す。
「あ、あの、その子とその本、私が預かってもよろしいでしょうか…」
「これか、いいぞ」
俺は本を手渡すと先生はにこりと笑う。
「何だか、思い詰めてしまっていたのですが、私を心配してくれている人がいるんだなって気づきました。私、もう少し頑張ってみようと思います」
「そうだよ先生!みんなでがんばろ!」
凛が大きな声で言う。
「あら、ありがとう凛さん。凛さんはしっかり朝来ることから始めるといいですよ?」
「うっ、ど、努力します…」
うふふと笑う先生を見て思う。この先生はきっといい先生なのだろうと。
「とりあえず、一件落着だな!」
榊原が言う。
「俺たちはまだ本来の目的を達成していないよな?」
「あ、忘れてた…確か」
「一之瀬君の事情を学院に報告するためだ」
「そうだった」
まったく本来の目的を忘れてはどうしようもない。
「あら、結衣さんの事とは?」
先生が言う。どうせ後で説明しなければいけない事だ。今の内に言ってしまおう。
「実はですね…」
話し終えると、開始一番に凛が口を開く。
「えー!じゃあ今結衣と亮にぃ一緒に住んでるの!?」
「そ、そうだよ。さっきは言わなくてごめんね」
一之瀬君が申し訳なさそうに謝る。
「それは大丈夫だけど、え?まじで?」
凛が騒がしいが今は騒がしておけばいいだろう。反応するのもめんどくさい。
「そうなんですね…」
先生は少し考えると、
「そういう事でしたら私が校長に掛け合ってみますよ。今日は皆さんのお手を煩わせてしまいましたし、そのくらいの事は協力させてください」
「ありがとうございます、そうしてもらえるとありがたいです」
「ええ、任せてください」
先生はうなずき、一之瀬君を見る。
「結衣さん、大変でしたね。先生も協力しますから大丈夫です。明日から学院で待ってますね」
「は、はい!ありがとうございます!」
この先生はいい人だ。こんな先生がいるのなら安心できる。
ピンーポン¦先生方は至急職員室に集まってください。繰り返します……
放送か、どうやら寝ていた先生達が目を覚ましたようだ。
「それでは、私はこれで失礼します。説明もしなければなりませんので」
そう言って入り口へ走っていく。大きな本を抱えて。
「俺たちも帰るか」
「はい」
「そうだな」
俺は凛を見て、
「お前は午後授業があるだろう?行かなくていいのか?」
「あ!そうだった…めんどくさいなぁ。なんかもう一日過ごした気分だよ…」
「ふふ、そうだね。大変だったもんね」
「結衣ちゃんは明日から来るの?」
一之瀬君は「えっと…」困ったようにちらっと俺を見る。
「大丈夫、明日から登校できる」
俺は言った。
「そっか!じゃあまた明日だね!」
「うん、また明日!」
そう言って凛も教室へ戻っていく。
俺たちも帰るために昇降口に向かって歩き出す。
外へ出ると昼過ぎの太陽が町を照らしている。
どことなく来た時よりも晴れているような気がした。
テレビを見て…
『パソコンの日本語入力でLAと入力するとどうなる?』
えーやったことないな…
『正解は…ぁ でした!』
マジ?知らんかった…。
どうも、パソコンでlaと入力するとぁになる事を初めて知った深夜翔です。
スマホを使ってると、ぁって簡単に打てるから気にした事がなかったから驚きを隠せないΣ(゜д゜;)
実は知らなかった人いるのでは?と。
はい、どーでもいい話はともかく今回も読んでくれてありがとうございます。また長かったと思いますが最後まで読んでくれたら嬉しいです。
そして次回も会える事を願っています。
ではまた…さらば!