美桜の葛藤
朱莉が朝教室に入ると、女子グループの人集りが出来ていた。時折ざわついていて、何ごとかと思い輪の中を見ると、友達の美桜が机に突っ伏していた。
何があったのだろう。
「おはよう、どうしたの?」
そう聞くと彼女は一瞬顔を上げたが、すぐに顔を隠してしまった。気のせいでなければ目が赤く腫れていたので、恐らく泣いたのだ。
「え、何?美桜どうしたの?」
周りの女子に尋ねると、1人が朱莉の腕を引っ張って教卓の前までくると、ようやく耳打ちをするようにこう答えた。
「美桜ね、1組の幸ちゃんに告白したんだよ。昨日。」
「え」
1組の幸ちゃんて、
卯山幸恵のことではないか。
「告白って、何で。」
「わかるっしょ?恋愛感情として、好きなんだよ。
レズみたいなやつだよ」
レズ...
嘘だ。よりにもよって、美桜が?
そんなこと
「お前らもう予連なってるぞー!早く席つけー」
いつにも増してざわつく教室に入ってきた担任は、そう一蹴する。
朱莉も、混乱する頭を落ち着かせつつ自分の席へとついた。
斜め前方向の美桜の様子はわからない。
こういう時
何て声をかけるべきなのだろう。
中学生という年齢、もちろん色恋沙汰は話題の1つとして上がることはしばしば、
誰が誰と付き合った、告白したというのは
一度バレて仕舞えば瞬く間に広がる年頃なのだ。
誰しもが、例外ではない。
でも、こんな事って....
美桜が自分から言うなんて事はあり得ない。
だとしたら卯月幸恵か。
なんて答えたのだろう。どう捉えたのだろう。
どんな表情をしてたのだろう。
その後の数学の授業など耳にほとんど入らずに、休み時間となった。
美桜は立ち上がって、教室を出て行った。
反射的に、後を追いかけた。
「待って美桜!」
渡り廊下の前で立ち止まる。
振り返った彼女は、やはり
涙目になっていた。
「朱莉...。もう知ってるでしょ?
みんなから聞いたよね。
バレないように時間も場所も選んだ筈だった。けど、
クラスメイトに見られてたみたい」
「...うん。ねぇ、その。
どういうつもりの告白、だったの?
恋愛感情なの?美桜のそれは」
「...そうだと思う。
ずっと隠してきた。だって、普通じゃないでしょ?
こんな感情、女子が女子を好きになんなんてさ。
だから、知られないように、隠してきたけど、
やっぱり、我慢出来なくて」
ポロポロと泣き出した彼女、壊れそうな彼女を何とか
宥めたくて、背中をさするように寄り添った。
こんな美桜を見た事はない。
本当に、心の底から、好きなのだと思った。
そして、心底辛いのだと。
普通ではない。私達の年頃は尚更、異質なものを嫌悪する。そして、排除する。
でも、どうしようも出来ないことがある。
朱莉はこの時初めて実感した。
異質な存在になる事の恐怖を....。
やがて、美桜は嗚咽と共に口を開いた。
「幸ちゃんは、ごめんね、ただそう言ったの。そりゃっ、そうだよね、結果なんて..っわかってた筈なのに。
どこか、どこかね、幸ちゃんならOKしてくれるんじゃないかって、っ...思っちゃってて」
「うん」
「っ...ダメだった。」
「....うん、大丈夫、私がついてる」
何を根拠に言ったわけでもない。けれど、
心が壊れそうな友人を、これ以上見ていられなかった。
普通とはなんなのだろう。
普通でなければ、それは、隠し通さなければいけないものなのか。
人知れず、心の中で、ただ1人、孤独に、自分が何者であるかを、世の中の「普通」に溶け込もうと足掻き必死になって...
それは
どれだけ辛い事なのか......