コンパクト……それはコンパクト……
「じゃあコンパクトだな。距離空間の場合での複数の性質の同値性から」
「コンパクトは本当に数学で一番大事な概念ですからねっ——位相やるとき最初にやってもいいと思うぐらいですよっ」
「大げさですね」
「大げさじゃない。誇張なしにまったく正しい」
そうなのか。位相以外の数学わからないから知らなかったよ。
「じゃ俺が俺の論理構成でやりますね」
【定義 位相空間 X が
・点列コンパクト ⇔ X の点列は収束する部分列をもつ
・Bolzano-Weierstrass ⇔ X の可算無限部分集合は集積点をもつ
・可算コンパクト ⇔ 任意の可算開被覆、つまり X=∪{U_n: n∈N} なる開集合列 U_n、はその有限部分集合であって X の被覆となっているものをもつ
・コンパクト ⇔ 任意の開被覆、つまり X=∪{U_λ: λ∈Λ} なる開集合族 U_λ、はその有限部分集合であって X の被覆となっているものをもつ
・擬コンパクト ⇔ 任意の連続関数 f:X→R は有界である】
「いきなりいくつも似たような概念導入するのやめなよ。少年マンガの幹部集団顔見せかよ。覚えきれないよ。論理構成ヘタか?」
「点列コンパクトとコンパクトは既知だろ。実質二つだ。で、この間の含意関係だが」
【定理 コンパクト⇒可算コンパクト、点列コンパクト⇒Bolzano-Weierstrass⇔可算コンパクト⇒擬コンパクト
証明 コンパクト空間が可算コンパクトであることは明らかである。X を点列コンパクト空間とし、 可算無限部分集合 A をとる。A={a_0,a_1,……} とすると点列 (a_0,a_1,……) は収束する部分列をもつ。a をその極限とすると、その任意の近傍は A-{a} と交わるので a は A の集積点である
X の可算開被覆 {U_n}_n∈N が有限部分被覆を持たないとする。各 n についてp_n∈X-(U_0∪U_1∪……∪U_n) をとる。被覆であることから p_n∈U_i なる i があり、m≥i に対し p_m は U_i に属さないので p_m≠p_n となる。{p_n: n∈N} のどの有限部分集合をとっても十分大きな m について p_m はそれに含まれないことになるので、これは無限集合である。集積点 p があるとすると p∈U_i なる i が存在するはずだが集積性より U_i は無限個の p_n を含む一方 p_n の取り方から i+1 個の p_n しか含まないので矛盾。
A を可算コンパクト空間 X の高々可算部分集合で、集積点を持たないとする。A は閉集合である。また各点 p∈A について近傍 U(p) が存在して U(p)∩A={p} となる。(X-A)∪∪_p∈A U(p) は X の可算開被覆をなす。有限部分被覆があり、X=(X-A)∪U(p_0)∪……∪U(p_n) となる。すると A=(U(p_0)∪……∪U(p_n))∩A={p_0,……,p_n} は有限集合となる。よって X の可算無限部分集合は集積点をもつ。
X を可算コンパクト空間 f:X→R を実数値連続関数とする。f^-1([-n,n]) は X の可算開被覆をなすので有限部分被覆が存在、つまり X⊂f^-1([-M,M]) となる。よって f は有界である///】
「フー」
「最初は丁寧。あとになるにつれてやや雑」
すみません。
「最後の。増大列になっている開被覆をとって可算コンパクトだから有限番目で止まるというのは好き」
「あ、ありがとうございます」
「あなたは褒めていない」
手厳しい。
「それから逆の含意とかだな。距離空間で可算コンパクトからコンパクトが一番難しい。他二つはもう少し弱い条件のもとで逆が言える」
【定理 第一可算 Bolzano-Weierstrass 空間は点列コンパクトである
証明 点列 (x_n)_n∈N を仮定を満たす空間 X の点列とする。(x_n) に同じ点が無限個あればそれだけからなる部分列が収束するので、同じ点は高々有限としてよい。特に {x_n: n∈N} は無限集合となる。よって集積点 x をもつ。点 x での可算近傍基 (U_n)_n∈ N をとる。各 n について U_0∩……∩U_n は {x_n: n∈N}-{x} の点を少なくとも一つ含むのでそれを x'_n とおく。(x'_n)_n∈N は x に収束する。///】
【定理 正規擬コンパクト空間は Bolzano-Weierstrass である
証明 対偶を示す。可算無限集合 A⊂X が集積点を持たないとする。A は閉集合かつ相対位相で離散である。A={x_0,x_1,……} とおく。関数 f:A→R を f(x_n)=n で定める。これは連続である。Tietze の拡張定理は [0,1] を R に変えても成り立つ。それゆえ連続関数 F:X→R が存在して F(x_n)=n となる。これは非有界実数値連続関数である。///】
「Tietze の拡張定理。いつも使い方が面白い」
気に入ってもらえたようだった。
「あとは可算コンパクトからコンパクトだな。さっきも言ったがちょっと難しい。まず定義と補題を用意しよう」
「また定義が増えるのかい」
【定義 任意の開被覆が可算部分被覆をもつとき、位相空間は Lindelöf であるという
命題 第二可算空間は Lindelöf である
証明 容易 ///】
「容易 /// じゃあないだろ」
「ううん。これは容易」
これでわかったらしい。さすがである。
「じゃあ留値愛さんちょっとやってください」
「え? ——わかった」
留値愛さんは渋々といった雰囲気を醸し出しながらチョークを握り、証明を書き出した。
【証明 位相空間 X は第二可算で {B_n} が可算開基とする。{U_λ}_λ を開被覆とする。各点 x について x∈U_λ となる U_x と x∈B_(i_x)⊂U_x となる B_(i_x) が存在する。{B_(i_x): x∈X} は可算集合の部分集合として可算かつ X の被覆である。各 B_(i_x) について B_(i_x)⊂U_(λ,B_(i_x)) となる U_(λ,B_(i_x)) をとるとこれは可算部分被覆をなす】
「ありがとうございました」
「やっぱり容易じゃなくないかい」
【定理 Bolzano-Weierstrass 距離空間 X はコンパクトである
証明 正の実数 ε について、どの 2 点間の距離も ε 以上であるような X の部分集合全ての集まりを N_ε とおく。N_ε に包含で順序を入れると、N_ε の部分集合で全順序をもつものは合併という上界をもつ。よって Zorn の補題より N_ε には極大元が存在する。その一つを A_ε とおく。A_ε が無限集合とすると集積点をもつことになる。それを a とおくと B(a,ε/2) は A_ε の元を二つ以上含むので A_ε∈N_ε に矛盾する。よって A_ε は有限集合である。
A=∪{A_1/n: n∈N} は X の稠密部分集合である。実際 B(x,1/n) が A と交わらないとすると A_1/n とも交わらないが A_1/n∪{x} が N_ε に属し、極大性に反する。よって X は可分で、可分な距離空間は第二可算であったので上の補題から Lindelöf であり可算コンパクトと合わせてコンパクトを得る。///】
「ついでにコンパクト距離空間の可分性も証明している」
「記憶にあった距離空間におけるコンパクト性の同値証明より簡単」
ブオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!
「そうですねっ」
「うるさい」
「今日は静かだと思ったらまたうるさくなりましたね吟遊さん。今まで寝ていました?」
「留年生はよく眠るものなのですっ」
そうなのか??
「セミナー内容リクエストしておいて居眠りとは太え神経してやがりますよね」
「言いますね〜っ」
冗談はさておき、距離空間でのコンパクト性の特徴付けをやったのであとはコンパクトというクラスの性質や諸々の例と反例である。
「まずコンパクトの閉部分空間と連続像はコンパクトだな。これは可算コンパクトと点列コンパクトもそうだ。さらに擬コンパクト性も連続像には写る」
「閉部分空間はダメなんですかっ」
「全然ダメですね。どのくらいダメかというと任意の T3.5 空間に対しある擬コンパクト空間が存在してそこに閉集合として埋め込めます。つまり擬コンパクトの閉集合というと任意の T3.5 空間が出てきます」
「ん。可算コンパクトよりだいぶ広い」
「それって簡単にわかりますかっ?」
「最小非可算順序数とコンパクト化の存在を用いて Tychonoff の板の構成を真似ればいけます」
「出てくる言葉が全部わからないんだけれど」
「申し訳ないがしょこらに分かるように言っていないからな。分かる人向けの説明だ」
「むー、留値愛さんはわかったんですか」
「んー、最小非可算順序数とコンパクト化は知っている。Tychonoff の板っていうのは知らない」
多分これについては解説しないと思う。
「それから点列コンパクトは可算直積で保たれる。典型的な対角線論法だな」
【定理 点列コンパクト空間 X_n, n∈N に対し Π{X_n: n∈N} は点列コンパクトである
系 {0,1}^ω は点列コンパクト
系 [0,1] はコンパクト】
「最後だけ証明する」
【証明 (a_1, a_2,……), a_n=0,1 に対し Σ_n=1^∞ 2^-n•a_n を返す関数は連続で、この像は [0,1] である】
ブォォオオオオオ!!!!!!!!!!
「可算コンと擬コンは可算直積で保たれるんですかっ? それとも有限までっ?」
「いや、二つの直積で保たれない例がありますね。構成は相当高度なので扱えませんが」
「へえっ意外ですねっ」
「そしてご存知の通りコンパクトは任意個の直積によって保たれる。これは著しい性質だ」
「数学で一番重要な定理と言っている文献もありますねっ」
それはどうだろうな。言い過ぎな気もする。
「まず有限の場合は次の二つの命題から従う」
【命題 コンパクトとその空間の任意のフィルタ A が集積、つまり閉包の交叉 ∩{Cl S: S∈A} が空でないことは同値
命題 X を位相空間、Y をコンパクト、A を X×Y のフィルタとする。A|X={p_1(S): S∈A}={{x: ∃y (x,y)∈S}: S∈A} はフィルタである。そしてこれが集積するとき A は集積する】
「最初は補集合とか取れば示せるから二番目だけやろう。フィルタなのはフィルタの全射による像がフィルタなことによる」
「フィルタってなんだっけ」
「ああ、前出てきたけど覚えていないか」
【集合 X の部分集合族 F がフィルタであるとは
・F は Ø を元として持たない
・A∈F, A⊂B ならば B∈F
・A,B∈F ならば A∩B∈F
であること】
【証明 x∈X とする。任意の y∈Y について S_y ∈A が存在して (x, y) が Cl S_y に含まれないとする。X×Y-Cl S_y は開集合で {x}× Y を被覆する。Y はコンパクトなので有限部分被覆 X×Y-Cl S_0,……,X×Y-Cl S_n が存在する。A はフィルタなので S= Cl S_0∩……∩Cl S_n は A に属する。任意の y∈Y について (x,y) は S に含まれない。よって x は Cl p_1(S)=p_1(S) に含まれない。ここで p_1 が閉写像であることは上と同様に示される。
具体的には:x∈X-p_1(S) とする。{x}×Y⊂X×Y-S であるので任意の y∈Y について X の開集合 U_y と Y の開集合 V_y が存在して (x,y)∈U_y×V_y⊂X×Y-S となる。V_y は {x}×Y を被覆する。Y はコンパクトなので有限部分被覆 V_0,……,V_n が存在する。U=U_0∩……∩U_n は x を含む開集合で、U×Y⊂X×Y-S となる。ゆえに x∈U⊂X-p_1(S) となる ///】
「二度使ったこの切片を被覆する議論、特に後半の、積の片割れの交叉をとるやつは Tube lemma と呼ばれる」
「特定の命題じゃなくて手法を lemma と呼んでいるのかい」
「まあ、特定の命題を指す場合射影が閉であることを指すな」
「よく、使う。名前は初めて知った」
「で一般の場合」
【定理(Tychonoff) コンパクト空間の族 X_λ, λ∈Λ に対し X=Π{X_λ: λ∈Λ} はコンパクトである】
【証明 A を X のフィルタとする。空でない集合 I⊂Λ と x∈X_I:=Π{X_λ: λ∈I}の対 (x,I) であって A|I が x に集積する、つまり x∈∩{Cl (S_I): S∈A} となるようなもの全体の集合を C とおく。ここで S_I:=p_I(S) とした。I が一点集合である場合を考えると C は空でない。
(x_1, I_1), (x_2, I_2) について (x_1, I_1)≤(x_2, I_2) とは I_1⊂ I_2, x_1_i=x_2_i, i∈I_1 となることとする。これは C 上の半順序である。全順序部分集合 D⊂C をとる。x_0 を i∈I, (x,I)∈D について x_0_i=x_i で定義された X_J ,J=∪{I: (x,I)∈D} の点とする。(x_0, J)∈C を示す。
X_J における x_0 の近傍は Π{U_i: i∈F}× Π{X_i: i∈J-F} の形の近傍を包含する。ただしここで F は J の有限部分集合、i∈F について U_i は X_i の開部分集合である。D は全順序集合なので、ある (x',K)∈D が存在して F⊂K となる。A|K は x' に集積する。よって x' の近傍 Π{U_i: i∈F}×Π{X_i: i∈K-F} は全ての S_K と交わる。故に x_0 の任意の近傍は S_J と交わる。つまり x_0 は A|J の集積点である。
以上より D は上界を有するので C に Zorn の補題が使え、極大元 (x*, I*) を得る。I*=Λ を証明すれば良い。
i∈Λ-I* とする。A|I* は x* に集積する。よって A|(I*∪{i}) は上の命題より集積する。これは (x*, I*) の極大性に反する。故に I*=Λ となる。///】
「悪くない証明。この定理のキーはタテの有限性とヨコの有限性。積位相の定義におけるタテの有限性の効き方が見えやすくなっている」
「タテとヨコの有限性ですか。なるほど」
まあ数学徒数学者が言うこの手の『気持ちの説明』は話半分に聞いておいていいと思っている。重要なのは自分にとって一番しっくりくる『気持ちの説明』を見つけることで、他人にとっての一番は普通自分にとっての一番にはならない。ために幾らかの定理については一番わかりやすい証明が何であるかが人によって全く変わる。難儀で、そして面白い。
「聞き流しているの? まあいいけど」
バレていた。
「けど。特別いい証明でもない。フィルタを使うのなら、極大フィルタを使った方が短くなりそう。そうでないのならぜんぶ開集合でやる方が、使う道具が少なくて分かりやすいはず」
自分にとって分かりやすい証明が他人にとっても分かりやすい訳ではない。この証明は留値愛さんにとっては一番ではないようだった。
演習問題 離散 2 点集合の連続濃度直積 {0,1}^c は点列コンパクトでないことを示せ。
位相空間がコンパクトであることとフィルタのうち包含関係で極大なもの(極大フィルタ)が収束することは同値であることを示せ。