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集合と位相とかわいい触手持ち少年  作者: LOVE坂 ひむな
第一章 集合と位相 位相パート裏面
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帝都数学科学生会議第五数将 三田真理愛

 なんかおかしかったら指摘してください

「フフ、さばの塩焼きはおいしいな」


 学食で一年中提供されている食べ物はだいたいまずい。カレーさえもまずい。なぜカレーというどう作ってもうまいようなものをまずく作れるのかというのは帝国大学の七不思議に数えられてもいいと思う。そんな中このさばの塩焼きは例外的にうまい。まあ魚を焼くだけだから普通に作れば普通にうまいわけだ。


「さばを食べまくろう(maquereau)——なんつって」


「何がさばを食べまくろうだよ」


 フランス語ダジャレを考えて呟いていると、下から呆れたような声をかけられた。下、そう下からだ。机の下を見ると、自分の影が「目を開いた」。


「何度見ても現実感を喪失してしまうな」


 先日なんか寮の自室を訪れて位相空間論について教えを請うてきた触手のある少年しょこら(俺が名付けた)、なんと影に潜むことができるのだ。異能っぽくてかっこいい。集合と位相の授業に潜っていたというのも、こんなジャリが大学の授業にいては目立つと思ったら、影の中で聴講していたのだそうだ。


「気になったんだけどさ、位相空間論って数学でどういう使い方するんだい? 授業じゃ教えてくれなかったし教科書にも書いてないしさ」


「まあ、数学全般で見ても位相は使わない分野の方が珍しいぐらいだな」


「そんなにか」


「俺は位相以外の数学は耳学問だけだからなんとも言えないな」


「それでも数学科かよ」


 だから留年したんだよ。多分基礎である微分積分と線型代数が分かっていないんだろうな、俺は。


「この間会った吟遊なら何か話をしてくれるか、でなければ話をしてくれる人を連れてこれるだろ。あいつ顔広いから」


 フェエエエエエ!!


「お呼びですかっ!?」


「うわびっくりした」


 ハーモニカを吹きながら吟遊が現れた。


「位相の応用ですかっ。代数と幾何と解析どれがいいですかっ?」


「そうですね、次回積位相と商位相やるし商がらみで何かどうですか」


「そういうことなら“あの姉妹”ですかね——ピーーッ」


 吟遊が指笛を吹くとどこからか鷹が飛んできて腕に停まった。何それかっこいい。


「この手紙を」


 手紙を書いて肢に結びつけるとどこかへ飛び去って行った。


「かっこいいっすね」


「影に異形を潜ませるのほどではありませんよっ」


「あの姉妹? って鳥使わないと連絡取れないんですか」


「いやまあ普通に電話できますけどっ」


 じゃあ電話でいいだろ。鷹見せびらかしたかっただけか?


「人に電話するの苦手なんですよねっ」


 わからなくもない話だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 セミナー室に移動して待っているとドアが開き、二人の女性が入ってきた。片方は動きやすそうなシャツに短パン、他方はワンピースで靴のかかともやや高くと服装は異なっていたが、姉妹と言われていたように互いに雰囲気が似ている。華やかだが派手ではなく、品が良い印象を受けた。


オラ(ora)プロ(pro)ノビス(nobis)女子大学理学部数学科筆頭、帝都数学科学生会議第五数将、三田(さんた)真理愛(まりあ)でーす」

「同じくオラ(ora)プロ(pro)ノビス(nobis)女子大学理学部数学科。準筆頭。

帝都数学科学生会議第四数将。三田、留値愛(るちあ)


 オラ大のトップ 2! しかも帝数の幹部なのか! 帝数は数学を主な活動とする大学際(インカレ)サークルで、そのような集まりとしては関東最大規模を誇っている。一昨年茨城はつくばの情報系数学サークル【電卓の騎士】を併合したのは記憶に新しい。十二数将と言えば総議長の次に大きな権限をもつ幹部として有名だ。なんで吟遊みたいな遊び人がそんなのと繋がりあるんだろうな。


「この子がしょこら君? かーわいー」


「まーちゃんも。可愛い」


「お姉ちゃーん、それは知ってるしー、今この子の話してるんだから」


 そして撫で回されるしょこらである。本人はそう嫌そうでもないがなんかモヤっとするな。


「——で、商空間だっけー」


「ええ、なんかこの程度のことでお呼び立てしてすみません」


「違う」


 商空間の話をするためだけにめちゃくちゃ数学できて地位のあるらしい人を呼んでしまうのは申し訳ないと思ってそう言ったのだが、否定されてしまう。


「この程度なんてこと、ない。この子は抽象数学に足を踏み入れた。これから数学を楽しんでほしい。そういうことに協力を惜しまない。それが我々帝数」


 確かにそうかもしれない。十二数将とか言って異能バトルの数字系集団気取っているのかと思えばなんだかんだ志が高いんだな。


「えっと、商空間の定義はいいよねー?」


【X を位相空間、Y を集合、p:X→Y を全射とする。Y の部分集合 A について p^-1(A) が X において開であるとき、そしてそのときに限り A を開集合とすることで Y には位相が入る】


「モデルケースは X に同値関係が入ってて p がその射影のときだねー。例えば今書くけど実数全体からなる可換な位相群 R を整数のなす部分群 Z で割ると S^1 になるとか」


【R 上の同値関係を x~y ⇔ x-y∈Z と定める】


「S^1 ってこの間ユラは平面の単位円周として出していたけれど、それと同じものなんですか」


「ん? 同じだよー」


【R から S^1={(x,y)∈R^2: x^2+y^2=1} への写像 f を f(x)=(cos(2πx), sin(2πx)) により定めるとこれは x~y なる x,y∈R について f(x)=f(y) を満たすので R/~ からの写像を誘導する】


「で、これが連続なのは、」


【命題 X を位相空間、~ を X 上の同値関係、X/~ には商位相が入っているとする。Z を位相空間、f:X→Z を連続写像で x~y ならば f(x)=f(y) とすると誘導される写像 f˜:X/~→Z は連続である


【証明 U⊂Z を開集合とする。商集合の射影を p とする。p^-1(f˜^-1(U))=f^-1(U) は開集合なので商位相の定義より f˜^-1(U) は開集合となる //】


「同相なのは、全単射で開集合を開集合に写すからだねー。これは商の性質っていうか地道にやるしかないと思うよー。位相に強い、ユラ君だっけ? なら何か知ってるかもしれないけど」


「いや、パッとは思いつきませんね」


 多分地道にやるのが一番いいと思う。


「この例めちゃくちゃ大事なんだけど、今日はあんまり話せないかなーあと五分したら所用だしー。射影空間の話したいし」


 そう言うと真理愛さんはそれまでより速くチョークを走らせはじめた。本当に忙しい中呼び立ててしまったんだな。


【R^n+1\{0} 上の同値関係 ~ を (x_0,…,x_n)~(y_0,…,y_n)⇔ある k∈R が存在して全ての i=0,1,…,n について y_i=kx_i と定めるとき商空間を n 次元実射影空間 P^n という


n 次元球面の対蹠点を同一視して得られる空間と同相である


(x_0,…,x_n) を含む同値類としての射影空間の点を [x_0,…,x_n] と書く】


「この上の連続関数は R^n+1 で定義された関数で、スカラー倍で変わらないものってことになるねー! n 次斉次多項式の商が典型例だよー!」


【例 x/y, yz/(x^2+y^2+z^2), (x^3+y^2z)/(2y^3+3z^3) 】


「で、これを使うと何ができるんですか?」


「しょこら君は打算的だなー! めっちゃ役に立つよ!」


 そう言うと彼女は黒板に放物線、楕円、双曲線の絵を書いた。


「これさー! それぞれ違うじゃん!」


「え、まあ違いますね」


【y-x^2=0, xy-1=0, x^2-y^2+1=0, x^2+y^2-1=0】


「これでいうと真ん中の二つは同じようなもので他は違うじゃん!」


「放物線、双曲線、双曲線、円ですね」


「2 次元射影空間、射影平面って言うんだけど、でこういう集合を考えるんだ!」


【yz-x^2=0, xy-z^2=0, x^2-y^2+z^2=0, x^2+y^2-z^2=0】


「これはちゃんと定義されてて、で、これだと前半二つと後半二つが同じ感じだね!?」


「そうですね」


 その通りで、変数を変えただけだ。


「ところでこれと P^2 のある部分集合との共通部分を取るんだ!」


【A={[x,y,z]: z≠0} とすると R^2 と A の間に (x,y) と [x,y,1] とで写り合う自然な全単射がある

A∩{[x,y,z]: yz-x^2=0} は R^2 に写すと {(x,y): y-x^2=0} 】


「あー、ああー」


 しょこらが感嘆の声を上げる。


「他も同様でー、結局楕円と放物線と双曲線って全部同じなんだよねー!」


「えっつまり双曲線と放物線はどちらも P^2 の中の x^2-yz=0 みたいな集合で、楕円と双曲線はどちらも P^2 の中の x^2+y^2-z^2=0 みたいな集合で、へー、すごい」


「すごいだろう! こういう感動大事にしてよね! ともかく位相があることで、アプリオリにユークリッド空間に埋め込まれていないこういう空間も考えやすくなるんだ! それだけ覚えといて! じゃあね! 行くよお姉ちゃん!」


「——じゃあね」


 帰っていった。姉の方数学的なことは何も喋っていなかったな。——しかし、それでも。


『この程度なんてこと、ない。この子は抽象数学に足を踏み入れた。これから数学を楽しんでほしい。そういうことに協力を惜しまない。それが我々帝数』


 いいことを言っていたな。俺は帝数じゃないが、こういう志を忘れないようにしようと思った。

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