ある夏の日 無限列車編
ω_1 というのは少しでかい無限です。知らない人は適当に流してください。
四十五年にわたって未解決だった問題を一週間で理解して解説してみせろとの無茶振りを受けた。
どうも間に合いそうにないとの旨連絡すると、代わりに窮念寺さんが小ネタを話してくれることになった。
あの悟りましたとか言ってくる、剃髪した人だ。
「悟りました——今日は次の問題を考えましょう」
窮念寺さんがチョークをとって、「問題」と板書したところで、有理数さんが口を挟んだ。
「ねえねえ、タイトルは?」
「そうでしたね」
なんでも、小ネタを話すときはタイトルを付すという不文律があるらしかった。
【無限列車】
「フェル・アスリープ・イン・ザ・ムービング・コフィンって感じかね」
「ちょっとよくわかんないですね」
【問題 ω_1 個の駅、駅 0 駅 1 駅 2……駅 α (α<ω_1)……駅 ω_1 がある。駅 0 から、可算無限人の客を乗せて列車が出た。駅 α に着いて客がいればそのうち 1 人が降り、可算無限人が乗り込む。駅 ω_1 に着くとき、何人の客が乗っているか】
「パーフェクトさんすう教室かな? でも流石に答えは 0 人ってことはなさそうだよねえ。普通に考えたら ω_1 人ぐらいいそうだけど、じつは可算無限ぐらいに収まるのかな」
俺も有理数さんと同じ意見だった。
「実は答えは 0 人です」
「マ?」「ミ?」
「次の定理を使うとわかります」
【補題 (Fodor) 写像 f:ω_1→ω_1 が α>0 について f(α)<α を満たすならば、ω_1 の非有界部分集合 S が存在して、f は S の上で定数となる】
「少し考えさせてね?」
有理数さんが目を閉じて考え込む。
二分ほど経って、目を開いた。
「わかったかも」
マジか。すごい。
「駅 α で降りる人がいれば、その人が乗った駅を f(α) とする。これは α よりも小さくなる。いなければ 0 とする。これも α より小さい。だから補題が使えて、非有界部分集合でこの f は定数になる。けどその定数は 0 でなければならない。0 でない β とすると駅 β で乗った人が降りる駅が非可算個あって、駅 β で可算人しか乗っていないという前提に合わないんだ」
「なるほど。つまり誰も乗っていない状態で着く駅が非有界にあるわけか。それから……どうするんだこれ」
「……待ってこれどうするんだろう。なんか ω_1 でも 0 になりそうな気がするけど」
「答えを言って構いませんか?」
窮念寺さんがアルカイックなスマイルを浮かべて尋ねる。
「お願いします」
「誰も乗っていない状態で着く駅が非有界に存在する。ここまで分かったところで、ω_1 で全乗客が降りてしまっていることを示すため、どこかの段階で乗っている乗客を任意に取り、駅 α で乗ったものとします。非有界性から、α より大きい β が存在して、全乗客が降りています。ということはこの乗客も降りています」
「……確かに」「確かにその通りですね」
なんか騙されたような議論だ。
というか最初から最後まで騙されたような議論だった気がする。
これじゃ夢幻列車だな。




