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総会発表 本番其の二

 えっと、そもそもコンパクト Hausdorff であって距離化可能じゃない例を知らない人もいますよね。そこで例を二つ挙げます。一つは今の ω1+1 です。これは最大元をもつ整列順序集合なのでコンパクトです。


【Thm. ω1+1 は距離化可能でない

prf. 距離化可能とすると任意の正整数 n について最大元との距離が 1/n 未満となるような点 αn が存在する。αn は最大元に収束する。一方 sup αn に収束し、sup αn は最大元でない。矛盾 ////】


 もう一つ、ゼロイチ閉区間と二点の直積に辞書式順序入れたやつというのがあります。順序位相なんで Hausdorff はオーケーです。……えっ? ああ、そういう事実ですね。実は順序位相という時点で正規まで言えます。


【Thm. X=[0,1]×_lex{0,1} はコンパクトである】


 区間と順序対が両方出てくるので順序対は角カッコで表します。


【prf. u を X の開被覆とする。Y={x : [<0,0>, <x,1>] が u の有限部分集合に含まれる} とおく。

 Claim. Y は 0 を含む [0,1] の開区間である。

 ∵) x∈Y に対し <x,1> を含む u の元 U をとる。ある正数 ε が存在して (<x, 0>, <x+2ε, 0>) が U に含まれる。[<x, 1>, <x+ε, 1>] が U に含まれるので [<0,0>, <x+ε, 1>] は u の有限部分集合に含まれる。区間であるのは明らかである】


 えっと。<x,0> が抜けているので被覆にならないという指摘ですか? 一点はそれを含む開集合を一つ増やせば大丈夫です。


【Claim. Y は閉集合である。

 ∵) x∈Cl Y, x≠0 に対し、<x,0> を含む u の元 U をとる。ある正数 ε が存在して [<x-ε, 1>, <x, 0>] が U に含まれる。x-ε は Y に属する。よって [<0,0>, <x,0>] は u の有限部分集合に含まれる。ゆえに [<0,0>, <x,1>] は u の有限部分集合に含まれ、x∈Y となる。


 Dedekind の定理より Y=[0,1] となる。つまり X はコンパクトである】


 閉区間のコンパクト性使えば簡単にできる気もしましたが、直接証明でやりました。この証明はゼロイチ閉区間のコンパクト性の証明にそのまま、っていうかより簡単にして適用できます。


 さっき示した定理によるとこの二つの空間を三乗すると部分空間に正規でないものが見つかるはずです。ちょっとやってみましょうか。ω1+1 に関しては二乗すると Tychonoff の板を部分集合として含むので確かに正規でない部分空間を作れますね。では辞書式順序の方はどうでしょうか。


【S=(0,1)×{0}⊂[0,1]×lex{0,1} とする。S×S は正規でない】


 この S のことはソルゲンフライ直線と言います。半開区間で位相入れた実数直線と同相なのがみて取れるでしょうか。色々な反例になっているすごいやつです。


【∵) S×S の部分集合 Δ={(x,1-x) : x∈S} は閉集合である。】


 えっとこれは普通に位相入れた実数への足し算の関数が連続で、それによる {1} の逆像だからですね。


【Δ は相対位相として離散位相をもつ。】


 これは x 以下と 1-x 以下という開集合の直積が Δ とただ一点で交わるからです。図を書いてみてください。ここで事実を思い出しておきます。


【Fact(Tietze) 正規空間の閉集合上の実数値関数は全体に連続に延長できる。すなわち正規空間 X と閉集合 A 連続関数 f:A→R に対し連続関数 F:X→R が存在して F|A=f】


【S×S は可分である。可算稠密部分集合 T をとる。】


 これは有理点が稠密だからです。で実数値連続関数は稠密部分集合だけで決定されることを使うと——


【|S×S 上の連続関数全体|≤|T 上の連続関数全体|≤|T 上の関数全体|=c^|T|=c】


 ここで c は連続体濃度です。一方で Tietze の拡張定理より


【|S×S上の連続関数全体|=|Δ 上の連続関数全体|=|Δ 上の関数全体|=c^c=2^c】


 となって矛盾します。この矛盾がどこからきたかというと正規という仮定からでした。つまり S×S は正規ではありません。


 さて、この二つの距離化可能でないコンパクト空間はどちらも二つ直積して部分空間をとっただけで正規が崩れました。そこでこのような問題が考えられます。


【コンパクト Hausdorff 空間 X について X^2 の全ての部分集合が正規なとき、X は距離化可能か?】


 これは実は ZFC 独立、つまり通常の数学の枠組みである集合論の公理からは証明することも反証することもできないそうです。決着は今世紀に入ってからですね。集合論的トポロジーという分野は化石となって集合と位相の教科書の中に展示されるだけの存在ではなくて、今も生きていると言えるといったところでしょうか。


 以上で私の発表を終えます。ご静聴ありがとうございました。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 万雷の拍手が止み、司会者がマイクを持つ。


「えー、所木さんありがとうございました。それでは質問等ありましたら……」


「二点集合とかってたくさん直積すると距離化可能じゃなくなりますよね。でも Tychonoff の定理からコンパクトで、ということは二乗だか三乗だかすると部分集合で正規じゃないものがある、と。でも二点集合のたくさん直積の三乗って直積自身じゃないですか。二点集合たくさん直積には正規じゃない部分集合がある、ってことになりますけどそれって簡単に見つかりますか」


 フリルとリボンを夥しい数つけた黒一色の人が質問を飛ばしてきた。意外と声低いな。確か十二数将の一人だった気がする。


「えーっと……二点集合の連続濃度直積とかだとソルゲンフライが埋め込めますね」


「ああ、そう……じゃあ ω1 直積について ZFC でなんかわかりますかね」


「えーーー、それは ω1 が埋め込めます」


「順序位相の入った ω1 がですか?」


「はい、開閉集合からなる開基をもつ位相空間は二点集合を開基の濃度個直積したやつに埋め込めるので」


「はあ、なるほど。ありがとうございます」


「では他に質問は——?」


「コンパクトって仮定外したら、三乗してどんな部分空間取っても正規だけど距離化可能じゃないような例ってあるんですか?」


 坊主頭の、窮念寺だったか、十二数将の一人からの質問だ。


「あります。説明すると長くなりますが、可算個の点からなる正則空間って正規で、よって可算個の点からなる正則空間は三つ直積して部分空間とると常に正規ですが、可算個の点からなる距離化できない空間があるので」


「なるほど……」


「今の指摘は大事で、この定理でコンパクトの仮定を弱めるという試みは割とあります」


「そうなんですね。ありがとうございます」


「えーと、じゃあ質疑応答はこのぐらいにして、講演者に再び大きな拍手をお願いします」


 そして万雷の拍手をもって俺の講演は閉幕となった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「えー、そして二人目のゲスト講演者の——」


「さて、じゃァ行ッて来ますかァ」


「旧都大学 SSSS 四天王ノ名ニ恥ジヌヨウニナ」


「あァ、あの所木ッて奴の度肝抜いてやりますよ」


「頑張ンな!」




 一方そのころ俺と吟遊は普通に講堂を抜け出してトキワの森大学近辺を散策していた——。


「学生街ですね」


「学生街ですねーっ」


 木霊キャンパス近辺にはこのような学生街は存在しない。本キャンにはあるんだろうがな。


「というかっもう一人のゲスト講演者の発表見なくて良かったんですかっ」


「いや別に……興味ないし……」


「彼は所木くんに興味ありそうでしたけどねっ」


「なんで分かるんですか、そんなことが」


「そういう数圧(スーラ)が出ていましたっ」


「スーラってなんですか……また胡乱な概念を出して」


「……いづれ旧都にも行くことになるんでしょうね——嫌ですね」


「え? なんか言いましたか? なんか嫌だとか」


「なんでもありませんっ最近空から大量の水滴が降ってくることがよくあって嫌だっていう話ですっ」


「それは雨ですね。梅雨という時期が毎年あって雨がちになるんですよ。知りませんでしたか?」


「面白いこと言いますねっ」


「吟遊さんほどではありませんよ」


「テスト期間という時期が毎年二、三回あって、もうすぐなんですが所木くんはいかがですかっ!?」


 なんか急に煽ってきたな。本心からの言葉を煽りと取られたのか、単に急に煽っただけなのか。後者な気がする。


「今学期はテストありませんね」


「留年生にありがちなやつですねーっ……あのですね」


「? なんですか」


「曜日の感覚や一日の感覚を失う中で——季節の感覚は持っておくといいですよ」


「そうですか」


「またわけの分からないことを——と思ってもいいんですがっ、人為に関わらず季節は巡るということは体感として知っておいていいことですよっ」


 空を見上げる。梅雨の晴れ間の太陽が、高層ビルの壁面に映り、街を暖かく照らしている。季節感の薄い都会に、それでも次の季節を予感させる瞬間はあった。


 夏が、来る。

Sorgenfrey は第六話でも扱っていました。この後なんか挟んでパラコンパクトの話をします

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