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上野・帝大・狐城

「ここが上野公園だコャ! 博物館や美術館がいくつもあるところコャ!」


 長身の女性が機巧狐耳を動かしながら、ステップを踏むように俺を先導する。


「知ってます。数年前帝大のオープンキャンパスにきたついでに寄りましたから」


「春は桜が綺麗なんだコャ」


 今日は狐城さんとここ上野の森に来ている。今言ったように初めて来るわけではないが、日常的に足を運ぶような場所でもない。


「それでどこに行くんですか? 動物園とか?」


「動物園はキツネいないし国立科学博物館と神社と寺でどうコャ」


 別にキツネの在不在は重要視していないが、その三つはキツネと関係あるんだろうか。博物館では会えるかもしれないが多分剥製とかだぞ。


「神社は稲荷系なんだコャ」


「そうなんですね」


 そんなこんなでまずは科学博物館だ。


「見るコャ! フーコーの振り子コャ!」


 でかい振り子を吊るすと地球の自転の影響が目に見える形で現れるという実験装置だ。具体的には振り子の「振れ」が一周する。


「科学博物館と名前につくところならどこでもあるやつですね」


「今ここという感動は今ここにしかないコャ!」


「いいこと言いますね。フーコーの振り子といえば天動説コミュニティで地球が自転していないことを証明しようとこういう装置を使ったら自転を支持する結果が得られてしまうみたいな話がありまして」


「科学的知見を盲信することを知っていることと勘違いする愚者どもに比べたら好感の持てることだコャ!」


 言葉遣いは過激だが言わんとしていることはわかる。今日の狐城さんはいいことしか言わないな。


「あまり色々見ていると時間がなくなるコャ。この時計がたくさんある展示はどうコャ? 男の子ってこういうの好きなんだコャね? 霧箱も見ておくかコャ?」


 そうして結局色々見ていった。何を見ながらしていた話だったかも忘れたが、明治時代の北大の先生がライフワークとしていたという人工雪が、今やミニチュアの雪観察セットとして小中学生でも気軽に工作できるようになっているという話が心に残った。


 考えたのはこういうことだ。数学は日々進歩していき、研究の最前線に到達するまでに必要な知識も増えていく。それでは最前線に到達するまでにかかる時間も伸びる一方でそのうち人間の寿命をも超えるかというと、そうとは限らないだろう。数十年前は世界でも一握りしか理解できなかったことが今では学部の授業で教えられているというようなことはざらだからだ。


 その一方で、俺は思う、数十年前の難解な理論が今現在の初等理論になるまでに、捨てられた議論の方法があるはずだ。一つの理論が丸ごと課程から外れることだってあるだろう。俺の愛するジェネラル・トポロジーだって何十年後かには他の空間概念に取って代わられている可能性がある。


 もちろん、数学においてある理論が「間違い」になることはまずない。ただ、時代遅れになるだけだ。


「ここが神社だコャ。鳥居がたくさん並んでるコャ。——聞いてるコャ?」


 物思いに耽っていたら次のポイントについたようだ。


「すみません、考え事をしていました」


「考え事はこっちも同じだから許すコャ!」


 そうして賽銭を入れて手を合わせたりした。


「それで不忍池の真ん中にあるここは弁才天のお寺だコャ!」


「弁才天のザイの字って財産のザイでも書かれる気がしますけどどう違うんですかね」


「うーん、才能の才の方が古い形だったはずだコャ」


 こういうのは吟遊が詳しい。あとで聞いておこう。その他七福神ガチャみたいなのがあったので引くなどした。


「そしてここから歩いてすぐのところが帝大の本キャンだコャ」


「割と近いんですよね」


 本キャンはイチョウの名地としても知られる。今は季節でないが、秋になって講堂の前の並木道が一面黄金色に染まるのは壮観だ。


「イチョウ並木、本当にいらないコャ。種が悪臭を撒き散らすし観光客は寄ってくるし迷惑でしかないコャ。全部切り倒すのがいいコャ」


 あまり有難がっていない学生も多い。


「まあそう言うなよ、狐城さん。見栄えのするものじゃないか」


「うわっ! しょこら!? 大学から出られないって……ここは大学か」


「デートの邪魔して悪いな」


 悪いと思っていそうにないしなんならデートの邪魔をしたとも思っていそうにない。


「ふむ、位相空間論が時代遅れになっていくかもしれない、と——」


 思考を読まないでほしい。で、どう思う。


「どんな仮定をすればどんな結果が証明できるか、またできないかって人の子たちが考える前から決まっているわけじゃん。じゃあ数学の方向性を決めるのは何が重要かという視点じゃないのかな」


「なになに、何の話コャ?」


 それから場所を学内の喫茶店に移して三人で議論を重ねた。答えは出なかったしなんなら問いすらはっきりしないままだったが、わかったことが一つ。


 自分の数学の方向性を信じてやれるのは自分だけだということ。

 待っていろ、帝数総会。

 俺の数学を、教えてやる。


 ——帝都数学科学生会議総会まで、あと 7 日。

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