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集合と位相とかわいい触手持ち少年  作者: LOVE坂 ひむな
第一章 集合と位相 位相パート裏面
2/28

大学には色々な人がいて、例えば吟遊詩人がいる

「へへ——タコスはおいしいね」


 数学科が所在する数理棟の目の前の公園があり、そこにはタコス屋台が出ている。タコスについては説明するまでもないだろうが、トウモロコシ生地のパンの上に肉野菜などの具をのせ独特の辛味のあるソースをかけて作られるメキシコ料理である。この屋台はアメリカ風にアレンジされたタコスを売っている。


 タン! シャラララ——


「所木くんですねっ! そっちの子供は親戚か何かですかっ?」


 タコスを食べているとタンバリンを鳴らしながら話しかけてくる者がいた。そっちを見なくても誰かわかる。ちなみに所木は俺の名前だ。


「吟遊先輩じゃないですか」


 シャン! シャン! シャン!


「♪アイギリ ナンディニ ナンディタ メーディニ ウィシュワ ウィノーディニ ナンダヌテー」


「急に歌わないでください」


 この人は吟遊と呼ばれている。本名が白金悠(シロガネ ユウ)なのを捩ってというのもあるが、このように楽器を持ち歩いて演奏したり歌ったりするからついた名だろう。あと留年しまくっていて今何年生なのか、何学部の何学科にいるのかもよくわからない。


「失礼、マリフアナを吸ってもいいですかっ」


「ダメに決まっているでしょう」


 というか常に何かがキマっているような吟遊先輩には大麻とか不要だと思う。


「ユラ、この人は何者なんだい?」


 置いてけぼりになりかけていたしょこらが会話に入ってくる。ちなみに由良というのは俺の下の名前だ。


「ああ、吟遊っていうなんかよくわからない人だ。一応数学をやっているんだと思う」


「そうかい。よくわからない人、こんにちは。しょこらと言います」


「フフ——見た目に違わず可愛らしい名ですねっ」


「ユラ、この人いい人そうだね」


「いやどうだろうな」


 単純かよ。


「吟遊パイセン、実は今この子に位相教えているんですよ」


 シャララララッ!


「へえ、それはそれは! ちょっと覗いてみていいですかっ」


 そういうわけで吟遊が仲間に加わった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「次の節行って、開基と基本近傍系だね」


【位相空間 X の開集合の集まり B がX の開基であるとは、X の任意の開集合が B のある元たちの和集合として書けること、つまり任意の開集合 O とその点 x に対し、ある B の元 U が存在して x∈U⊂O】


【定理:X を集合、B をその部分集合族とする。X のある位相について B が開基となるための必要十分条件は次の通り。

・X=∪B

・B の二元の共通部分は B の部分集合のある元たちの和集合として書ける】


「これは証明が長いんだけど——」


「長いだけで難しくはないな。一回追っておけば十分みたいな命題だし、授業で一回追っているはずだから飛ばしていいだろ」


 パァン!! 手を打ち合わせる音が木霊した。


「しょこら君は——ユニオンのことを和集合と呼ぶ派なんですねっ」


「吟遊さん、わりとどうでもいい指摘の時にデカい音立てないでください。びっくりします」


「ああ、びっくりしたよ。和集合と呼ぶ派というのは?」


「ボクや所木くんは和集合と共通部分よりも合併と交叉という言い方を好むからね」


「別にどっちでも好きな方でいいと思うけどな」


「じゃあこれからは合併で呼ぶよ」


【位相空間 X の開集合の集まり S が準開基であるとは、X の任意の開集合が S の有限個の交叉で書ける集合の集まりの合併で書けること】


「S の有限個の元の交叉を全部集めたときひとつの開基ができるというのと同じことだね。さらに任意の集合 X の部分集合族は何らかの位相の準開基になる。集合 X の位相を与える開集合系の包含関係を位相の強弱と言ったとき、S を集合として包含するような開集合系のうちもっとも小さい、つまり弱いものがその位相だ」


【位相空間の点 x∈X の近傍の集まり B(x) が点 x の基本近傍系であるとは、x の近傍 N に対し U∈B(x) が存在して U⊂N となること】


「基本近傍系のことは近傍基とも言うな」


「えーとそれから、可算公理ってやつだね、これが公理と呼ばれるのは多分歴史的経緯だと思うんだけれど」


「Kuratowski は著書の中で正則第二可算空間つまりは可分距離化可能空間を研究対象としていた。だからかもしれないな。Kuratowski 読んでいないからわからないが」


 スタタンッ!


「たぶんっ可算開基をもつとか各点が可算近傍基をもつとか言った方が伝わりやすいでしょうねっ!」


【各点に高々可算の濃度をもつ近傍基が存在する位相空間は第一可算、高々可算の濃度をもつ開基が存在する位相空間は第二可算であるという。

位相空間 X の部分集合 A は Cl A=X なるとき X の稠密部分集合という。高々可算個の点からなる稠密部分集合をもつ位相空間は可分であるという】


「色々あってややこしいよね」


「もっとあるぞ。可算鎖条件とか可算スプレッドとか可算タイトとか」


「えぇ——」


 嫌そうな声の調子とは裏腹に楽しそうな表情のしょこらである。こういうのが楽しいとジェネラルトポロジーに向いていると思う。


「じゃあ教科書でページ戻って距離空間をやるよ」


【集合 X に対し、次の条件を満たす 2 変数の非負実数値関数 d:X×X→R_≥0 を X 上の距離関数といい、(X,d) または単に X を距離空間という

・x,y∈X について d(x,y)=0 ⇔ x=y

・x,y∈X について d(x,y)=d(y,x)

・x,y,z∈X について d(x,z)≤d(x,y)+d(y,z)】


【距離空間 (X,d) に対し、N(x,ε)={y∈X: d(x,y)<ε} として全ての x∈X, ε>0 について N(x, ε) を集め開基とすると位相が定まる】


「これも先に言った二点の関係に情報を上乗せしたものって——」


「ああ、言えるな」


 集合に遠近の概念を導入するときもっとも素朴なものは各二点についてそれが「遠い」か「近い」かを定めることだろう。しかしそれでは情報が少なすぎる。そこで情報を増やすため「点と部分集合の関係」「二点の関係をたくさん」「部分集合と部分集合の関係」「点と点の距離」などを考える試みがなされている。


「その、間の二つは?」


「一様空間と近接空間という空間概念だ。まあ重要度は高くない」


 タタンッ!


「いやいやっ、一様空間は正しい概念ですよっ!」


「吟遊的にはそうらしい。じゃあ距離空間の例を」


「う、うん」


【・任意の集合 X について、異なる二点の距離を 1 同じ点は距離 0 とおくとこれは距離空間となる。離散距離空間と呼ぶ。

・実数全体の集合 R の二点 x,y について d(x,y)=|x-y| とおくとこれは距離となる。】


「それから——」


【距離空間 (X_1, d_1) と (X_2, d_2) に対し直積集合 X_1×X_2 上の距離を、d((x,x'),(y,y'))=d_1(x,y)+d_2(x',y') と定めると距離空間となる。

距離空間 (X,d) に対し X の部分集合 A は制限 d|A×A により距離空間となる。】


「つまり距離空間の有限個の直積と部分集合は距離空間になるというわけだ」


「実をいうと可算無限個の直積も距離空間になるな」


「あーなんか演習問題にあった気がする、けど解いていないな」


「普通に足すと和が発散しうるので 2 の負べきをかけて足すんだ。こういう風に」


【各自然数 n∈N について (X_n, d_n) を距離空間とする。直積集合 Π_n∈N X_n の二点 x=(x_0, x_1, x_2,……), y=(y_0, y_1, y_2,……) に対し d(x,y)=Σ_n∈N 2^-n min{d(x_n, y_n), 1} とするとこれは距離を定める】


「なんかこれで作れる以外に面白い距離ある?」


「えぇ——いきなりそんな振られても」


 シャララララ……


「ありますよっ」


 吟遊さんはあるらしい。さすがだ。


「Hausdorff 距離というのがありましてっ」


 ああ、あれか。


「一般のコンパクト距離空間でできますけどとりあえず単位閉区間にしておきますねっ」


【[0,1] の空でない閉集合全体の集まりを F(X) とおく。A,B∈F(X) に対し d(A,B)=max{sup_x∈A d(x, B), sup_x∈B d(x,A)} とすると (F(X), d) は距離空間となる。ただしここで d(x,A)=inf_y∈A d(x,y) などとした】


「なんで単位閉区間でやったのかわからないんですけど」


「まだコンパクト扱っていないみたいですからっ、self-contained 性の配慮ですっ」


「ここにいる全員コンパクト知っていると思うんですけれどもね。でもこの空間実は単位閉区間の可算直積 [0,1]^ω と同相になるんですよね」


「えっ知りませんでしたっ」


 吟遊さんもこれは知らなかったようだ。ちなみに位相空間 X と Y が同相とは連続写像 f:X→Y と g:Y→X が存在して g○f=id_X, f○g=id_Y となることを言う。ここで id は恒等写像である。


「なんか大体の距離空間 R と離散から部分集合と直積で作れそうな気がしてくるなあ」


「しょこら、それ概ね正解だな。可分距離空間は単位閉区間の可算直積 [0,1]^ω のなんらかの部分集合に同相だから」


「えっ本当かい」


 多分五回ぐらい後に証明含めて紹介すると思う。


 シャンッ シャンッ シャンッ


「じゃあここでボクの方からっ同相概念が問題含みだという話でもっ」


「同相概念が問題含み——?」


「同相概念の問題ですか」


 同相概念の問題とは——?

同相概念は問題含み——!?


問題

・距離空間の部分集合 A に距離の制限により入る位相は相対位相と一致することを示せ。

・第一可算空間の部分空間は第一可算、第二可算空間の部分空間は第二可算、可分空間の開部分空間は可分であることを示せ。

・可分空間の閉部分空間は可分か。

・ Hausdorff 距離が距離の公理を満たすことを示せ。

・A を任意の集合とし、A×[0,1] を(a,0) の形の点全てを同一視する同値関係で割った集合を H とする。H の一つの点 {(a,0):a∈A} を O とおく。d:H×H→R を d((a,x),(a,y))=|x-y|, d((a,x),(a',y))=x+y (a≠a'), d(O,(a,x))=x で定義するとこれは距離を定めることを示せ。

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