無限への眺望と無限からの光芒 2
ドアを開けて三田留値愛さんが入ってきた。
「遅刻遅刻」
「こんにちは。今ちょうど Stone-Čech コンパクト化を定義して普遍性を確かめ、これから完備性について話そうというところです」
「完備性? 距離空間の?」
「Čech がこのコンパクト化を発表した論文で、完備に距離化可能であるという位相的性質から距離化可能を引いたようなクラスを導入しているんです。面白いので話そうかと」
「そう。今度の総会でもその話?」
「多分違う話をします——さて、まず距離空間の完備という性質は同相不変ではないというのはいいですか」
「ええ。単位開区間は実数直線と同相ですが前者は完備でなく後者は完備ですね」
「そういうわけでまず距離空間について、完備な距離で置き換えられるのはどういう時かというのを見てみます」
「置き換えるというのは、位相を変えないまま」
「もちろん。こういう定理があります」
【定理 完備距離空間 X の開集合 U は完備に距離化可能である
証明 U 上の連続関数 f(x)=1/d(x, X-U) のグラフ {(x,f(x)): x∈U}⊂X×R は完備距離空間 X×R の閉集合として完備で、U はこれに同相である ////】
「なるほど。実際に U の距離を置き換えるとするなら d(x, y)+|f(x)-f(y)| とかそういう距離関数になるのか」
そう書いている本もある。実際この証明は短いが連続関数のグラフが閉集合になることやら何やらをちゃんと示すと、多分距離関数を定義して完備を示すのとそう変わらない長さになるんじゃないか。
「えっと、これは口頭で済ませるんですが、完備に距離化可能な空間の可算直積は完備に距離化可能です。可算直積の距離関数として一般的なものが完備になっています」
「有界にして 2 の負べきをかけて足すやつだな」
「はい。そして開集合と閉集合と可算直積に受け継がれる性質はみんなそうなんですが、Gδ 集合に受け継がれます」
「Gδ って開集合の可算交叉でしたっけ、閉集合の可算合併でしたっけ」
「開集合の可算交叉ですね。Fσ の σ が sum だから合併で、それじゃない方が Gδ と覚えるといいと思います」
ちなみに本当はフランス語だかドイツ語だかの対応する単語から取っているらしい。
【定理 完備距離空間 X の Gδ 集合 G は完備に距離化可能である
証明 U_n を X の開集合として G=∩_n U_n とする。Π_n U_n に対角写像 i(x)=(x, x, x, …) によって G を埋め込むと、これは完備距離空間の開集合の可算直積の閉集合で、完備に距離化可能である】
「ということは、例えば無理数全体の集合も完備な距離を入れられるのか」
「そうですね。無理数全体に関して言えばあれは可算離散集合の可算直積に同相なのでそれでもいけます」
「何だって?」
「無理数全体の集合は可算離散集合の可算直積に同相です」
「ん。連分数展開して出てくる整数を並べると同相写像が作れる」
三田姉が補足した。よく知っていたな。
「以前窮念寺が教えてくれた」
キューネン寺とは確かあの悟りましたとか言ってくる坊主頭の人だ。集合論をやっているのだったか。まあどうでもいい。
「ええと、それで、次の定理が成り立ちます」
【定理 距離空間 X について、次は同値である。
・Hausdorff 空間 Y が X と同相な位相空間を稠密に含んでいるならば、それは Gδ 集合である(絶対 Gδ)
・X は完備に距離化可能である】
「話が見えませんね。確かに興味深い話が続いていますが、これと Stone-Čech コンパクト化がどう繋がってくるのでしょうか」
そう、そこを話さなければならない。
「この定理を証明する前に言っておくと、この絶対 Gδ というのは距離とか全く関係ない性質なわけですよね」
「そうですね」
「これと、Čech 完備の名をもつ “Stone-Čech コンパクト化の中で Gδ” という性質が同値になるんですよ」
「ああ、たぶん分かりました。任意の空間で Gδ なんて如何にも示しづらい性質が Stone-Čech コンパクト化一つ取って示せばオーケーとなると嬉しいと。そしてそこで Stone-Čech コンパクト化の普遍性が生きてくるわけですか」
「ええ、まあ、そういうことです」
では定理を証明しよう。
【証明 絶対 Gδ 距離空間は完備化の中で Gδ なので、先の定理より完備に距離化可能である //
逆を示す。B(x, a) は x を中心とする半径 a の開球、C(x, a) は閉球とする。(X, d) を完備距離空間とする。Y が X を稠密に含むとする。自然数 n と X の各点 x について Y の開集合 U_(n, x) を、X∩U_(n, x)=B(x, 1/n) となるようにとる。U_n=∪_x U_(n, x) とする。∩_n U_n=X を示す。
一方の包含は自明である。y∈∩_n U_n とする。y∈X を示せばよい。全ての n について、ある x_n が存在して y∈U_(n, x_n) となる。∩_k=1 ^n U_(k, x_k) は y の開近傍で X は Y で稠密なので X の点を含む。ゆえに {B(x_n, 1/n)} は有限交叉性をもつ。従って {C(x_n, 1/n)} は有限交叉性をもつ X の閉集合列で、直径が 0 に近づく。よって区間縮小法の原理より ∩_n C(x_n, 1/n) はただ一点からなる。それを x とする。
x=y を示す。x≠y と仮定する。Y は Hausdorff なので開集合 G が存在して x∈G⊂Cl_Y G⊂Y-{y} となる。G∩X は X における x の開近傍なのである n が存在して B(x, 1/n)⊂G∩X となる。d(x, x_2n)≤1/2n より B(x_2n, 1/2n)⊂B(x, 1/n)⊂G∩X となる。B(x_2n, 1/2n) は U_(2n, x_2n) の中で稠密なので U_(2n, x_2n)⊂Cl_Y G となる。y∈U_(2n, x_2n) より y∈Cl_Y G となり、仮定に反する。 ////】
ちなみにこれを分かりやすく書いてくれる文献というのは意外に少ない。原論文では距離空間について Stone-Čech コンパクト化の中で Gδ と完備に距離化可能が同値なのを普遍性を使って示している。いくつかの本では区間縮小法の一般化とも言えるような Čech 完備の特徴づけを使う。今日も一応話す用意はしてきたが話すことはないだろう。
「——じゃあ、休憩とします」




