帝都数学科学生会議第一数将 春遠葛晴人
曰く、大学の全ての学科について各々少なくとも一つずつの単位を取得しているという。
曰く、数学や哲学に関わる勝負で無敗であるという。
曰く、数学科の正規のカリキュラムにある講義項目は何も見なくても再現できるという。
数学者、哲人、その名を春遠葛晴人という。
帝都数学科学生会議十二数将、その第一である。
「ぐっ——まさかこの私春遠葛が敗れるとは」
何と苦しい戦いだったことだろう。俺たちは帝数の第一数将、本人の言を信じるなら最後の刺客である春遠葛に勝利した。
「敗者への手向けに一つ教えてくれないか」
彼はそんなことを言い出した。何だろう。しょこらが何者なのかとかなら知らないとしか言えないが。
「Stone-Čech のコンパクト化についてだ」
数学の話か。コンパクト化とは空間をコンパクトな空間に稠密に埋め込むことだ。ストーン・チェックコンパクト化はコンパクト化の中で最大のものである。
「そこそこ詳し目に教えてほしい。何回かの自主セミナーをセッティングしてはくれないか」
「別にいいけど……何かに使うとかですか」
「いや。単に知っておきたいだけだ」
見上げた知識欲だ。しかし——
「一つ聞いてもいいですか」
「もちろんだ」
「この一連の襲撃と勝負の流れってどういう意図だったんですか」
「そうだな、これは——」
彼の話をまとめると、帝数幹部たちは俺たちとの距離を測りかねていて、組織が二つに割れることすら考えられたので「急進派は所木たちと勝負をして、全員負けたら穏健に行く」という風に方針を立てたそうだった。
「急進派の誰かが勝っていればお前は帝数と仲良くやっていくことになった。穏健派が勝ったので帝数はお前を脅かさず、仲良くやっていこうと思う」
「どっちも仲良くやっていくんじゃねえか。何も対立してなくないか」
「——まあ、色々ある」
色々あるで襲い掛かられていてはたまらないんだが。知恵比べを仕掛けてくる連中はいいとして枢さんとか初対面で割と殺しに来てたし。
「まあそうカリカリしないことにしよう、ユラ」
しょこらがそう言うならいいか。
「今更ですけれど所木さんってしょこらさんにデレッデレですよね」
枢さんはこの態度が気に入らないようだった。
「気に入らない訳ではありません」
「ん。やきもち妬き? 環希ちゃん、所木のこと気に入っているから」
「所木が私の気に入るのは事実ですが嫉妬などではありません」
聞かなかったことにしようと思った。人に強い感情を向けられるのは怖い。
((この流れで聞かないフリは無意味じゃないかなあ))
((黙れしょこら))
俺が現実逃避していると、春遠葛が所在無さげにしているのに気づいた。
「春遠葛さん」
「フフ、どうだ、人にモテるのも楽しいだけではないだろう」
「そうですね。ところで春遠葛さんって帝数で一番えらいんですか」
彼の言を軽く流して、答えが否とわかっている質問を投げる。
「いや。一番の“あのお方”には私春遠葛など遠く及ばない——」
何があのお方だよ。
「そういうのいいんで。会長ってどういう人なんですか? 襲いかかって来なかったということは穏健派なんでしょうか」
「“あのお方”の深謀遠慮は計り知れない——それゆえ確実なことは言えないがお前には会うことも叶わないだろうとだけ言っておこう」
腹立つな〜こいつ。……と思っていたその時である!
ザッ。ザッ。ザッ。
「敗れたようだな春遠葛」
ザッ。ザッ。ザッ。
後ろに統一感のない見た目の五人の男女を連れた、小柄な男がザッザッと歩いてきた。後ろに連れられた人はほとんどが会ったことのある人だが、今は措く。特筆すべきはその数圧である。威圧感に膝をついてしまいそうだ。ちなみに数圧とは数学者や数学徒のオーラである。それに、彼は春遠葛に何と呼びかけたか? 後ろの人間に俺はどこで会ったか? 状況からして彼は——
「お初にお目にかかる。私は立式解斗」「所木くん久しぶり〜お姉ちゃんも元気〜?」
「帝都数学科学生会議の、会長をしている」
彼は数学徒の王を意味する、その肩書きを名乗る。彼は空気を読まない三田妹こと真理愛さんを無視して不敵な笑みを浮かべるのだった。
「お見苦しいところをお見せしました」
春遠葛が謝る。こいつさっき会長は俺なんかとは会わないとかドヤ顔で言っていなかったか? 意外とポンコツなところあるのかもな。吟遊といい帝数の刺客といい俺の身の回りポンコツばっか集まるな。俺がポンコツだからか。
「良い。ところで所木」
「何ですか」
「——お前には、帝数総会で発表をする権利をやろう」
あまりにも突拍子もない、それは俺の大きな転機だった。
帝都数学科学生会議 会員名鑑
立式 解斗
帝都数学科学生会議 会長
所属 トキワの森大学
専門分野 数学
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