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黒ぶち猫と少女と一眼レフ

作者: 綟摺けんご

 



 まず、僕の家族構成を話そうと思う。




 末っ子長男姉三人。

 僕は一番下で、姉貴は三人。

 一番上は僕と八つ離れていて、二番目は一番上と二つ離れていて、三番目は二番目と二つ離れていて、僕は三番目と四つ離れている。

 僕が物心ついた時の姉貴たちの印象は一番上はしっかり者で、二番目はおちゃらけていて、三番目は気だるげだった。

 ちなみに僕はどこか抜けている馬鹿だ。


 その中で今から話すのは二番目の姉貴の話だ。

 二番目の姉貴の名前はチカと言って、おちゃらけていると言っても実は家族思いで色々と周りを見ていて、だけどなに考えているかわからないやつだった。

 二階から落ちたときに足元にあったのは水槽でそこに着地した時に足がズタズタになって包帯をつけて松葉杖ついていたのに長縄で遊んでいたし、突然二人乗り自転車で近くの川に連れて行って魚釣りをして帰り道迷子になって警察のお世話になったりとか本当わけのわからないやつだった。


 そんな姉が大学に進学する年……僕が小学校五年の時にチカは家を出た。

 広島の短期大学に進学したのだ。最初は家族が居なくなってとても寂しかったけど、次第にチカがいない日の方が長くなっていき姉貴がいなくなってもさみしく無くなっていったのを覚えている。

 だけど、チカはたまに僕たちが住んでいる家にご飯を食べに帰ってきていたからチカの顔を忘れることはなかった。


 そして僕が高校三年の時にほんの少しずつ運命というか歯車がずれ始めていったんだ。


 それは僕が広島にいるチカの家に泊まりにいった時のこと。


「なんかね、胸のあたりがゴリゴリっとしたものがあるんだ」


 それはチカの左胸にあったものだった。

 僕は受験勉強から解放されて羽を伸ばしていた時にチカが僕にいったのだ。


「どこにあるんさ」

「ここなんだよ。なんだと思う?」


 僕の右手を掴みそのゴリゴリとしたものを触らせてきた。

 本当にゴリゴリとしたもので、まるで脂肪を削り取ってそこにゴルフボールくらいの球体を埋め込んだかのようなものだった。


「うわ、キモ」

「きもいっていうな。でもなんだろうなー」


 チカは姿鏡で自分の胸にあるそのゴルフボールをしきりに触っていた。


「痛かったら病院に行けや。話はそこからじゃない?」

「まー、そうだよね」


 乗り気じゃない言葉を僕は無視をした。だって姉貴はそういう性格なんだから。と思っていた。

 その日はそんな感じで一日が過ぎ、僕は家に帰ってきた。

 その時にはチカの胸にあったものを母さんに言うのを忘れていて、チカからもらったお土産を家族に配っていた。




 そして大学に入学して一回生の後期の時、それは三限目の講義の途中だった。


 呑気な着信音が鳴り響いたのだ。それは僕のスマホでびっくりした。そのスマホの画面に表示されていたのは母さんだった。


「こら! スマホの電源を切るかマナーモードにしろっていっただろ!」


 と講師が怒っていたのを覚えている。


「すいません。ちょっと家族からの連絡なので席離れていいですか!」


 と僕は申し訳なさそうに申し出て教室から出る。

 そして電話に出たのだ。


「もしもし? 母さん俺講義中なんだけど」

「知ってる。チカが家に帰ってくるってさ」


 ……え?


「いやいや、なんで? チカねぇ広島に家あるじゃん」

「病院行ったんだって。二ヶ月くらい前から体の調子が悪くて、なんかずっと胸が痛かったんだと。

 で、お医者さんに診てもらったすぐに生検ってやつをしてもらったんだってさ」

「……」


 その時の僕は看護学校に進学していて母さんが言っていたことがすぐにわかった。

 その時の僕は心からゾワっとしたものを感じたんだ。

 これはやばいものがあるって。嫌な予感がするって。

 それは前に聞いたことのあるそれだった。


 胸にゴリゴリっとしたものがある。

 それを知っていた僕は思い当たるものがあった。


「乳がん。ステージⅢだったって」


 その時の母さんの声がくぐもっていたのを今でも僕は耳に残っていた。




「本当は前から知っていた」


 それは今までの僕にとって一番の罪だと思った。

 チカの性格がこうだから、病院に連れて行けばよかった。と今でも後悔している。


「でも、知らなかったんだ。それが乳がんだって」


 でも、変なことが起きたらすぐに母さんに言うべきだったんだ。

 なぜ、そんなことができなかったんだろう。なぜ母さんに話をするだけのことができなかったんだろう。

 後悔は後悔を呼び込んでくる。


「ごめんなさい」


 チカから発せられた言葉は謝罪だった。

 母さんと父さんの前で、涙を流しながら謝っていた。


「なんですぐに行かなかったんだ」

「もっと早く行けばわかることだったじゃないのか」


 その時の家族は馬鹿の僕でもわかっていた。

 これ以上にないくらいの怒声。父さんは怒っていて、母さんはチカを叱り父さんの話を反対して。


 僕はその場を立ち尽くすしかできなかった。


 それからすぐにチカはがんセンターに行って入院。手術をした。

 チカの望みはガンだけの切除だったが、ステージⅢのだったために左乳房全摘出だった。


 手術が終わり数日後に僕は母さん達と一緒にチカに会いに行った。

 チカは右手で点滴台をもち、カラカラと鳴らしながらこっちに来た。


「どうだったの?」

「あはは、全部取られちゃった。リンパにも転移してたらしいから、左胸全部と脇あたりまで取られちゃったよ」


 明るい声で答えてくれていたけど僕は苦しかった。

 チカが明るい声で話す時は大体悔しいとか悲しいとか、いろんな気持ちを押し殺した時だから。

 本当は、女性としての胸を残したかったんだろう。そう思うと僕の心には長く長く細い針が次々突き刺さるような痛みに襲われた。


「これから抗がん剤を入れていくんだってさ。頭ハゲになっちゃうよ」

「……」


 何も答えれなかった。

 その時のチカはロングヘアだった。

 チカは三人の姉貴の中で一番おしゃれが好きで髪をいじったりと好きな人だった。


「これからはカツラを被って遊びにいくし」

「抗がん剤は風邪引いたら大変だから外にでちゃだめだろ」

「たまにだよ。たーまーに」


 そう言って朗らかに笑う姉貴に僕は下唇をかむしかできなかった。


 抗がん剤を打ち始めてそんなに経っていない日。

 知らない男性が家に上がり込んでいた。


「……え? 誰この人」


 突然のことすぎて僕は呆然としていた。

 ちょっと若気の至りだなーって感じがする雰囲気で、両耳がピアスの穴のせいなのか大きな穴が開いていて、メガネをかけていて、すごいチカと相性が良さそうな人だった。


「おー、君が弟君か」

「……え、誰ですか」


 すごい広島弁をぶいぶい言わせて僕の肩を叩く男の人に僕はびっくりしていた。

 父さんは座っていてずっと考え込んでいた顔をしていた。


「テツといってな。チカの彼氏だ」

「ども、テツです。てっちゃんって呼んでくれていいから」


 握手をした時にすぐにわかったことがあった。

 ゴツゴツとした分厚い手。父さんと同じ仕事をして来たと言う手だった。


「で、てっちゃんさんがここに来た理由はなんですか? チカねえなら別の部屋で寝てるけど」

「そう。俺はチカを嫁にするために来たんだよ」

「……はい?」




 父さんと母さんの話を聞いた所。テツことてっちゃんはチカとバーで知り合ったらしい。一目惚れをしてアプローチをして付き合うことになったらしいのだが、姉貴は突然実家に帰ると言ったらしい。

 そして、しばらくした後連絡が来て乳がんだと言うことを伝えたらてっちゃんは車を飛ばして広島からこっちに来たのだと言う。

 そしてインターフォンを鳴らしたら父さんが出てきててっちゃんは頭を下げて


「チカを嫁にください!」


 と言ったそうだ。

 なんとも言えない行動力に僕は空笑いをした。

 広島の人は行動力が高いのかと思った。

 最初は断ってずっと反対していた父さんはひたすら土下座してくるてっちゃんに問いかけたらしい。


「うちのチカのことを知ってるのか」


 と父さんはてっちゃんに聞いたとか。

 チカの乳がんはステージⅢで五年生存率が限りなく低いということ、二割もないチカを受け入れる覚悟があるのか。


 そう問いかけた。


「分かっています。チカさんを絶対に幸せにします」


 てっちゃんの漢気に僕は呆然としていた。


 それからは頻繁にてっちゃんが広島からこっちに来るようになった。

 片道半日もかかるような距離をてっちゃんはずっと走っていたのだ。


「今日てっちゃん来る日だっけ……?」

「そうだけど」


 髪の毛が抜け落ちたチカは徐に僕に聞いてくるとチカはカツラを被り、メイクを始めていた。

 髪の毛がない姿を見られたくないために、抗がん剤で顔色が悪くなった顔を見られたくないためにメイクをして、痛くて気持ち悪くて苦しいのに元気だった頃のチカを演じている姿に僕は泣きそうになった。



 そして三月十一日。僕達の家が大きく揺れた。

 東日本大震災を僕は今でもずっと目に焼き付いている。

 チカはテレビをじっと見つめていた。

 てっちゃんもこっちに来てチカの安否を確認しに来ていたと思う。僕はその時の知らなかったから。

 それからすぐだと思う。


 転移が見つかった。


 肝臓と、足と、脳と、肺と、顎。

 全身に行き渡った病魔はチカを苦しめた。

 それでもてっちゃんと一緒の時は明るく振舞っていたチカは限界だった。


「もう長く生きれない」


 知っていたさ。最初から知っていたじゃないか。

 次第に歩くのも辛くなって来ていたチカは父さん達にお願いをした。


「最期はてっちゃんと、広島にしたい」


 チカは広島の中で猫の町と呼ばれる尾道が大好きだった。てっちゃんと知り合ってずっと一眼レフのカメラで猫を撮りまくっていたらしい。

 だから最期に広島に行きたかったのだろう。


 もちろん父さんもそれをとめるわけがなく、チカは広島に帰って行った。


 てっちゃんはチカのためにわざわざマイホームを買って待っていた。

 最期の時までてっちゃんはビデオにチカを収め続けていた。


 そして、五月十二日だったと思う。


 チカは二十六才でこの世を去った。

 その時、てっちゃんは結婚式の準備をしていて役所に婚姻届を出したのが二週間前で、結婚式はその日の二週間後だった。


 チカは突然体調を崩し、人工呼吸を取り付けていたらしい。


 チカの隣にあったメモ帳には殴り書きで


 くるしい。


 たすけて。


 死ぬのはヤダ。


 と書いてあった。

 そして、チカはてっちゃんが買ったマイホームには一度も上がることはなかった。




 葬式の日。てっちゃんはマイホームでした。

 その家は平屋で大きな庭があって猫がたくさん出て来そうなチカが好きそうな場所だった。


「チカのバカ、私のミシン持って行きやがって」


 と母さんは愚痴をこぼしながら自分のものだったミシンのカバーを撫でていて。


「これ、私が頼んでいたワンピース。作り途中じゃない」


 と愚痴をこぼしたのは一番上の姉で。


 僕は日記を見つけた。


 そこには乳がんだと知ってから体調を崩すまでの日記だった。

 乳がんについて調べていたのか、生存率が二割もないことに怖いと思いを述べていたり、胸がなくなって悲しかったとか、死にたくなったとか思いの丈が書き綴られていた。


 今まで明るいチカしか知らなかったから僕は涙を流した。


 葬式の日。てっちゃんは終わりの言葉を話していた。


「実は妻、チカから遺言みたいなものが送られていたんです」


 と始めに言い出した。

 てっちゃんは胸のポケットから白い封筒を取り出すと封筒の中身はてっちゃんの手のひらより小さい紙だった。


「てっちゃんへ、てっちゃんがこれを読んでいるということはてっちゃんのママから手渡されているのかな。少なくとも私はその時はもうそこにはいないね。私はずっと怖かったです。生存率が二割もないこの状況毎日が死ぬんじゃないかってずっと怖かった。だけどずっと私を支えてくれていたのはてっちゃんだったね。パパとママ、こんなバカな娘でごめんね。てっちゃん。一番悲しくて、一番つらくて、一番嫌な場所にしちゃったね。ごめんね。私はこの世界でずっとずっと幸せです。ありがとう、愛してます」


 涙ながらに言い終わったてっちゃんはその場で泣き崩れた。隣で立っていた父さんはてっちゃんの肩を掴み涙をずっと堪えていた。


 棺桶に入っていたチカは苦しい顔をせず、幸せそうに眠っていた。棺桶の周りにはチカが好きなのもの、大好きなてっちゃん手作りのカレーとトムヤムクンが入れられていた。


「棺桶にカレーを入れるのはどうなの?」


 とてっちゃんの母さんが言っていたけど、チカが好きなんだからええんじゃ。とてっちゃんは言っていた。

 そして蓋を閉める時にてっちゃんはチカにキスをした。


「また、会えるからな。探しに行くから」




 それからだいぶ経ってからてっちゃんから連絡がきた。

 なんでもチカの今まで取ってきた猫の写真を個展で出すとの話だった。


 僕達は広島に向かいその猫の個展に行った。


 その猫たちは全て尾道で撮ったものらしく、写真の猫は全て凛々しかったり可愛かったり生き生きとしていた。


「夢が叶ったね」


 と僕はてっちゃんにいうと。そうだな。と答えた。


 そんな僕の姉貴は、てっちゃんの嫁さんは幸せそう笑顔をしている気がした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リアルだけど淡々と時が進んでいく感じが、とても切ない。 回想らしい回想。 [気になる点] タイトルのミスマッチ感。焦点はそこじゃないし、少女というのは違うような。二番目の姉さんは色々自分…
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