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レジェンダリー艦隊の勃興  作者: ひゅーまのいど
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5. 予兆




 話は数時間だけ遡り――。

 ガルド達行きつけのバーでひと悶着あった直後。

 ヤヒロが示談に応じた事で解放された二人の男は、上司である男と共に、人気の無い通路を歩いていた。

 3つのカツ、カツという音だけが廊下に響く。

 男達は、5歩程先を行く上司の顔色を窺う様にして、言う。


「ローレンツさん……っ。何も、あのガキに星図なんて渡さなくても」

「そ、そうっすよ。3隻限定とは言え、本国に知れれば……」


 なんとも。

 女に手を出そうとした自分達の事を棚に上げ、上司――オース連合所属の駆逐艦艦長であるローレンツに食って掛かる二人。

 それに対しローレンツは……一度何かを堪える様に肩を震わせてから、空気が抜ける様にして溜息を吐く。

 そして、彼等の態度に言及すると言った事はせず、まずは、“一番手っ取り早い方法”を取った。


「がぁっ!?」

「っ゛!?」


 二人は、通路の隅まで殴り飛ばされた。

 一体何が起こったのかと……否、分かっているのだが、信じられないといった具合の男達は、痛みを堪えつつローレンツの方を見る。

 一方ローレンツは、合点のいっていない彼等の表情を見て、怒り混じりに告げる。


「お前達……。分かっていない様だが、“あの程度”で済んだのは、本当ッッに運が良かっただけなんだぞっ」


 言葉の最後。ローレンツは、危うかった過去を脳裏に見ながら、肩を震わせる。

 流石の男二人も、上司の尋常ならざる表情に、身を固くする。


「星図とワープパスが5ヵ所。――あの若者に関わってその程度で済む運があるなら、宇宙生物の“大群体”をフェリーで遊覧しても帰還する自信がある……っ」


 それは、冗談にしても不可能で、笑えない事だった。

 そう。彼曰く、自分達がこの程度で済んだのは、本当に幸運だったらしい。

 ともあれ、その理由を全く知らない男達は、当然の事ながらローレンツに問う。


「あのガ……若いのは、一体何者なんです」

「女にしても、ハンターに守られてたっす……」


 あの荒くれ者達――正規軍からしたら、より一層そう見える彼等――から尊敬を受ける青年。そして、獣人と思しき女。

 彼等の事を思い出すと、銃を向けられた記憶さえフラッシュバックしてしまう男達は、固唾を呑んでローレンツの返事を待つ。

 そして――。


「あれはな……触れていはいけない奴なんだ」

「……なんです、それ」

「詳細は俺も分からない。だがな……絶対に手を出してはいけないと言ったのは――本国の……幕僚会議なんだよっ」


 幕僚会議。軍の最高指揮系統。

 その名称を聞いた二人は、緊張下でさえも身から染み出ていた軽い雰囲気を潜め……自分達が仕出かした事の重大さに、今更ながらに気付く。

 それから二人は、唐突に会話を止めたローレンツが歩き出すと、まるで親に置いて行かれた子ガモの様に、後を追いかける。


(くそっ、辺境に飛ばされた挙句、末端の人材どころか、運さえも恵まれんとは……くそっ)


 廊下の終わり。

 ローレンツは、男達を後目に、悔しさとも怒りともつかない心情で、呟くのだった。




 ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇




 レストランでディナーを楽しんだ翌日。

 ヤヒロとミズハの姿は、船の中にあった。

 二人は、船の設備をチェックしている。互いに声を掛け合い、装置の状態を一つ一つ確認する。


「――次。デッキおよび船内電圧のストレステスト開始」

「了解。……1、2、3、正常値を確認中」

「続けて、タンク内の酸素分圧。テスト開始」

「コマンド送信。5分後まで観察」

「ログは三番の画面に出しといてくれ」

「分かったわ」

「うん……よし。ではその間に、他のシステムを確認しよう」


 ここ一ヵ月の間。この船には様々な苦労をさせた。

 二人は労わる様にして、丁寧なメンテナンスを続ける。

 艦長席――規模は船だが、職名上――に座るヤヒロは、船の統合システムを確認し、ミズハは、カーゴベイや工作室のシステムを確認する。

 A.I.も自らをデバックし、その可否を判定する作業を繰り返していた。


「さて。破損が無いのは知ってたが、思ったより疲労も少ない。あれだけ無茶させたのにな」

「えぇ。流石はこの船、と言ったところね。……他の船ではそうもいかないでしょうけど」

「まぁな」


 戦闘中は、頻繁にスラスターを全開にし、船体に大きな負荷を掛ける。

 加えて。敵の攻撃に当たらなくとも、デブリバンパーやシールドがフィードバックする衝撃は、小型船の構造を歪める原因として有名だ。

 ……しかし、この船はそうなっていない。

 今、ヤヒロが画面上で見る過去の応力データが、安全域の数値を度々超えているとしても、その事実に変わりは無かった。


「それもこれも、アノマリー様様か」

「アノマリー……ふふっ。そうね、あれもアノマリーよね」


 “解明できない特異な現象・物体”――アノマリー。

 ごく稀にではあるが、宇宙生物から“ゲル状の物質”や“内蔵”として獲得できるそれは、導入した兵装を一つでも装備できれば、“一流の船”と呼ばれる。

 何を隠そう……それ程に強力な素材だからだ。

 例えば――。


 最新の重力発生装置に比べ、同規模で100倍の重力を発生させるアノマリー。

 摂氏3000度でも超電導を示すアノマリー。

 カーボン・プラスチール複合材の1000倍の強度を持つアノマリー。

 乾電池一本のエネルギーで超空間通信を可能にする、対のアノマリー。

 そして……物質を70%エネルギーに変換するアノマリーなど……。


 つまり単純に言えば、人類の科学力を凌駕する“特異物質”であり、それを利用する装備を持つ事は、すなわち『人智を越えた力を得る』という事に他ならない。


 ともあれ、そんな言葉が軽々しくも口から飛び出でた二人。

 だが、その理由は単純にして明解だった。


「機能の強弱はあれど――船体の3割をそれで作ってあるんだ。それが歪む戦闘とあっては、乗ってる俺達が保たないよ」

「ふふっ。それもそうね」


 装備が一つあれば、一流。……ところが、この船はそんな常識を鼻で笑うような代物だった。

 仮に敵対勢力が知ったら、泡を吹いて卒倒するだろう。

 更に言えば、ヤヒロの言葉には間違っている点があって――。

 メンテナンス画面に映る重力発生装置の略図。その中心部には『重力制御型アノマリー』という文字が見えている。

 つまり、この船の重力は、最新技術でも追いつかない強度で制御されており、例えヤヒロの言う激しい戦闘であっても、二人の命を守るのに十分な性能を持っているという事だ。


 さて。

 それから二人は、しばし手を休めて、艦橋の外を眺める。

 やはり小さな船だ――。その様な感想がこぼれる。


 戦艦に積んでしまえば、副砲とすら扱って貰えない、小さな主砲。

 見た目は余りにも非力な近接防衛砲座、CIWS。

 おもちゃにすら見られかねないレーザースプレット。

 そして、後部に意識を向ければ、巡洋艦の補助動力にすら劣るような、小さなエンジンがあった。


 ただ……。

 たとえ小さな船でも――“戦艦が成し得ない戦果”を容易にこなしてしまう事を、二人は知っている。

 伊達にステーションの稼ぎ頭を名乗っていない、そんな力を秘めている事を知っている。

 ヤヒロとミズハは、改めてその想いを共有すると、さっきよりも少し誇らしげな顔で、船のメンテナンスに戻るのだった。




 ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇




 ――PiPiPi! PiPiPi!


 メンテナンスも終盤が近づき。次々と、テスト画面を閉じている頃。

 二人のいる艦橋に、通信の呼び出し音が鳴った。

 ヤヒロは、コンソールからそれに応じる準備を済ませると、インカムを耳に掛ける。


「こちらエルダーバッジ。どうぞ」

「儂だ、スォームだ。査定額が決まった、今から送るぞ」


 通信は、ジャンクショップ店主、スォーム爺からのものだった。

 ヤヒロが頼んだ通り、スォームはヤヒロが卸した生体物質の査定データを送る。

 ヤヒロは、画面にそれを出すと――およそ10億6000万ドルという数字に、満足した顔をした。――レートや通貨価値は、西暦が2000年を数えた頃と、そう変わらない。


「いつも気前がいいな」

「何を。お前が卸す素材は質が良いからな。すでに買い手がついとる――常連だよ。前払いされたから、金もすぐに送れるぞ」


 画面の隅には、一時的にスォームと共有している小窓があって、そこに送金手続き用の表示が現れる。

 ヤヒロは、そこから『送金受理』のボタンをタッチしようとして……しかし、その指を引っ込めた。


「爺さん。悪いが、金はそのまま購入に使いたい」

「別に構わないが……なんだ? 急ぎのブツか?」


 逆のツケ、と言うべきだろうか。

 金銭を払い戻さず、ヤヒロはスォームにそう告げる。

 スォームも、こういった要望には慣れていて、すぐに目的の品物を問うのだった。


「あぁ。重力干渉力の強い生体物質を……そうだな、100グラム程見繕って欲しい。急ぎではないが、早いと助かる」

「それは急ぎって言うんだがな」

「すまない、言い方が悪かった。とりあえず、手付金と諸経費を言い値で払うよ」


 これも、いつもの手順。

 元々、生体物質は流通量が少なく――ヤヒロ達が多く卸すのは、例外中の例外――購入するにも、卸売業者への検索依頼や、護衛の手配、ルートの設定など……あらゆる事柄に気を遣わなくてはならない。

 よって、掛かる費用も莫大。この10億6000万ドルさえも……“購入の手配をする”という行為だけに掛かる諸経費であり、ヤヒロが生体物質の種類を限定したこともあって、費用が更に嵩むのは明白だった。


「んぅ……。重力系の生体物質は、クラス(フォー)相当でもある事だし、頭金を入れてくれた方が都合が良いか……」

「やはり先払いになるか?」

「ん、そうだな。いや、別に詐欺は起こらんよ。そんな事したら、手柄が欲しくてたまらない公僕共が群がるのは目に見えとる」


 稼いでいるとはいえ、大金を払う取引。ヤヒロが敏感になるのも無理は無い。

 ともあれスォームは、そこの所は心配無いと言う。

 ヤヒロも、信用のある彼の言葉に、思うところは無かった。


「……それで、経費の方だが」

「あぁ、ちょっと待ってくれ。過去の取引から見積もる。――依頼費がコレぇのぉ……、護衛がコレで…………こうだっ!」


 何故か気合の入った締めくくりを見せた、至って平和な見積もり作業。

 画面の共有スペースに、見積金額が表示される。

 見積額は――ざっと407億ドル。100グラムに、407億ドル……。

 巡洋艦……否、戦艦ですら、最新のものを買っても釣りが出る額だが……ヤヒロはあっさりと承諾する。

 裏を返せば。宇宙生物のハンター業は、当たれば膨大な金が入ってくる職業なのだ。……理由はあれど、当たり続けるヤヒロ達は異常の部類だ。


「分かった。銀河共通通貨で預けてあるから、手続きが済んだら送る」

「相変わらずの金銭感覚め……。レートはいいのか?」

「あぁ。急を要する事態ではないが……お察しの通り、“俺が”早く欲しいんだ」


 その言葉に何かを気付き、スピーカーの向こうで苦笑いするスォーム。そして、ヤヒロの隣で溜息を吐くミズハ。

 ……どうせ新しく作りたい物を思いついて、だから、その素材がいち早く欲しいのだろう。

 付き合いの長さに関係無く、二人はそれを簡単に理解できたのだった。


「おっと、話は以上だ。引き留めてすまなかったな、爺さん」

「ふっ。取引も仕事の内だ」

「まぁ、表の本業も大切に」

「お前も、怪我はせんようにな」


 ヤヒロの依頼も終わり、スォームとの通信は、互いを労るカタチで終わった。

 ヤヒロは、気付けば乗り出していた姿勢を戻し、リラックスする。

 それだけ、話に熱が入っていたのは言うまでも無い。


「それで? 一体、何をつくるのかしら? それとも、装備に機能を追加?」

「後者だ。今工作室で副砲を作ってるだろ? そこに、重力センサーを加えたい」

「? そんなに高性能なセンサーがいるのかしら?」

「うん、いる」


 既存の重力センサーなら、少なからず市場に流通しているし、軍の横流し品もスォームに頼めば買える。

 だが、ヤヒロはそれに満足しないらしい。

 クラスⅣ物質という余りに高価な物質を使って、……今度は、どんな恐ろしい装備を作るというのか……。

 ミズハはそれを思うと、子供を心配する母親の様な顔で、ヤヒロを見るのだった。


「はぁ……。コア部品を作る時は、私を立ち会わせなさいよ?」

「それは心配して言ってるのか? それとも、“見てみたい”っていうのも含んでる?」

「……バカ。……ふんっ」


 ――と、そんな話をしている時だった。


『Emergency call!! Emergency call!!』


 けたたましい音と共に、突如して画面に飛び出したのは、緊急呼び出しのサインだった。

 互いに意地悪な視線で遊んでいた二人は、一瞬でその雰囲気を消し去ると、呼び出しに応じる。


「こちらエルダーバッジ、どうぞ」

「こちらは、エル・ナイン所属、敵性生物観測所です。艦長のヤヒロですね?」

「そうだ」

「早速ですが、緊急依頼をお願いします」


 緊急でありながら無機質な声の相手は、ヤヒロの船にとあるデータを送信する。

 すぐさま画面に出すヤヒロ。

 それは三次元のマップデータで――2セクター先。およそ600の宇宙生物が、たった1隻の民間船を追跡する様子が見て取れた。


(15分……いや、12分で接敵といったところか。時間が無いな)

「状況を確認した。ただちに現場へ急行する」

「了解しました。お願いします。既に同宙域に展開する駆逐艦3隻にも、同様の依頼が出されています。彼等と協力し、事態の収拾に努めてください」

「了解」


 通信が切れ、ヤヒロとミズハは、すぐに行動に移る。――出港準備だ。


「ミズハっ。今日メンテナンスした箇所はチェックしなくていい。航行中にできる箇所も、そうしてくれ」

「分かったわ」

「A.I.っ。緊急出港・手順Aで、自動操作開始」

『了解。手順Aデ、出港操作ヲ開始』


 その合図に、船に繋がれていたパイプが次々と切り離される。

 予め退避していた作業員達が、その光景を防護壁の影から見守る。

 そして、格納区画のシャッターが開き――惑星エル・ナインの青々とした光が船を差した。


「エルダーバッジ。これより、ステーションを離脱する」


 その声と共に、ガントリークレーンに勢い良く押し出された船は、後ろ向きのまま、暗い宇宙へと進出する。

 艦橋から見えるのは、遠ざかっていくステーション。

 人の住む揺り籠から飛び出した船は、スラスターを輝かせて方位を変えると――。


「エンジン、瞬発点火っ」

『エネルギーコア接続。ノズル解放』


 前触れも無く爆発的な光を放ち、暗黒の世界へと消えて行くのだった。




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