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レジェンダリー艦隊の勃興  作者: ひゅーまのいど
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4. 甘美な熱




 バーでミズハに手を出そうとした男達。

 彼等は、すぐさま“銃口の檻”に閉じ込められ、これからガルドの船へ連行されようとしていた。

 だが、そこに飛び込んで来たのは30代の男。彼はガルド達の前に来るなり、深々と頭を下げるのだった。


「すまないっ! 彼等を離してやってくれっ。俺の指導不足だ……っ」


 ここに来る途中。男は胸には、ヤヒロやガルド達を同じく『艦長』を示すバッジが揺れていた。

 つまり、指導という言葉からしても、この男達の上司なのだろう。少なからず関係者で間違いない。

 現にトラディスは、彼の服装に視線を送った後、気付いた様にして、こう言う。


「ん……。もしやお前、オース連合の手先だろう。最近ここを母港にした」

「……っ。そ、そうだっ。ともかく、アンタ等に敵対する意思は無い。本当だ」


 だが、ガルドが言う。

 それは、反論の余地を許さない、単純な事実として告げられる。


「……おめぇさんよぉ。まさか、その“敵対しない意思”とやらと、“実際に手を出そうとした事”、どっちが重ぇか分からねぇお(つむ)じゃぁ無ぇよな?」


 この一言を合図に、銃口の半分が男に向いた。


「っ!? あ、あぁ分かってるっ。だから……っ……わ、詫びにコレを差し出す」

「ん? なんだぁ、こりゃぁ」


 震える手から、テーブルの上に置かれた物。

 それは、メモリーチップだった。

 指でつまめるサイズのそれには、膨大なデータをストレージすることができ――男が詫びとして差し出してきたのならば、何かしらのデータが入っていると察することができる。

 実際、男はこう続ける。


「……ここから約30セクター先。オース連合領・外縁の“星図”と、“ワープパス”が入っている」

「ほぉ」


 星図。それは、この時代において、星の相対位置の詳細と、星間物質の分布データを示す。

 そしてワープパス。こちらは――。

 各集団が領有権を主張するために置く“エリアスポット”。そこから発せられる『ワープ妨害波』を無効化する波形データの事だ。

 『ワープ出口の鍵』と言い換えることができるだろう。

 つまり、これらが揃うと、その船は該当エリアに対して自由にワープ・航行することができる。

 さらに加えるならば。各集団にとって、このデータが“保安上重要なもの”である事は言うまでもない。


 そう、当然。

 それを余りにも簡単に渡してきた男に、顔役を始め、察しの良い船員達は……疑念の目で睨む。

 ともあれ。男も『何も疑われない』とは思っていないようで、こう釈明する。


「そ、その……。そうだっ、安心してくれ。これは俺達の打算も含まれているんだっ」

「んぁ?」

「アンタ等に、我が領内で仕事をしてもらえば、交易路を荒らす宇宙生物の駆除にもなる。……願わくば、生体物質をそのまま売買してくれれば、経済も潤って幸いだ」


 なる、ほど。

 彼の話を聞く者達は、『まぁ分らんでもない』と、そんな感じであった。

 だが、ここでトラディスが言う。


「確かに。売買の強制権もなく、その宙域を自由に行き来できるのは願ってもない話だ。……しかしな。一つ疑問がある。……お前さん、どうしてそんなにも“準備が良いんだ”?」


 特に何かを含んだ声ではなかった。

 ところが。男は、まるで刃物に刺された様に、身をビクリと引き締める。

 そこを突かれたか……。

 そんな声が、今にも聞こえてきそうな表情だった。


「……っ、……っ」

「言えないか? なら俺が言ってやるよ。――お前さん、元々このデータを俺達に渡すつもりだったろう? 思えば、ここに来たのもタイミングが良過ぎる。きっと、ここらじゃ新参者のお前らが、このステーションで広くやっていくために、俺達のようなハンターの集団にデータを渡してるんだろうよ。どうだ?」


 トラディスの言葉に、……男は観念した表情を見せる。

 悲しきかな。それが分かってしまえば、そのデータが“今回の不祥事の”対価にならない事は明白だ。

 よって交渉は振出し。その絶望感は、オース連合の男達を深く貫いたのだった。


 さて。男は言葉を絶った。

 拘束されている二人も、ただ震えるのみ。

 これでは何も進まないと察したガルドは、男のメモリーチップを手持ちの装置に入れると、そのまま――。


「ヤヒロっ、そい」


 投げた。

 目標は――自分達が問答する間、あたかも部外者の如く駄弁っていたヤヒロだ。

 しかしヤヒロは、当たり前の様にそれをキャッチすると、装置から飛び出すホログラムマップを操作し、“大まかな”星図をあっちこっちにスクロールする。

 それから数回操作すると、ガルドでは無くその男に向けて装置を投げ返した。


「チェックした5セクターの情報。それで手打ちにしてやる」


 装置を受け取った男は、ヤヒロが赤丸をつけたセクターを注意深く見ると……長く苦い顔をした後、不承不承と情報のロックを外す。

 ちなみに、この取引方法――始めに分解能の低い星図を見て、その中から欲しいと思ったセクターの詳細情報を開示させる取引方法――は、ごく一般的なものだ。

 中身の分からない箱ではなく、僅かに開けて見せるこの方法は、専ら示談に最適な方法になっている。


 ともあれ、自分の女に手を出されかけたにも拘わらず、あっさりと示談に応じたヤヒロ。

 それには当然理由があって……しかし、その本質は、ここにいる誰もが知らない。

 ただ。ポーカーフェイスのヤヒロに対して、カウンターの方を向いたままのミズハは……。


「ふふ……今回も捗りそうね」


 妖艶な表情の下に、冷徹な顔を覗かせていた。

 ……その事に、男はおろか……オース連合は気づく余地も無かった。

 この時気づいたのは、いつの間にかカップ拭きに戻っていたバーテンダーだけで――。


(おぉ、怖い怖い)


 誰にも聞こえない様に、すまし顔で、そう呟くのだった。




 ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇




「「乾杯」」


 所変わり。

 繁華街の中心にある高級レストランで、二つのグラスが交わされた。


「久し振りね。こういう所」

「あぁ。ここひと月は依頼が多かったからな」


 料理を前に語らうのは、ヤヒロとミズハ。

 バーでガルド達と軽い飲み会を楽しんだ二人は――オース連合の男達の事など、すっかり記憶の“不要領域”に投げ込んだ二人は――約束通りデートの時を得ていた。


 ヤヒロが選んだレストランは、特に国籍を定めていない、今では珍しくもないグローバルな店。

 コースを注文すれば、その日に仕入れた最高の食材を使った料理が振る舞われるとして知られている。


 ところで。ここへ来る途中ヤヒロは、『なんで始めからこっちに来なかったの?』と、少々意地の悪い質問をされた。だがそれは、この店が余りにも人気である事に起因する。

 ――ここの予約システムは、ステーション内にいなくては受け付けて貰えないのだ。

 宇宙に出て仕事をする人間が多い軌道ステーション。

 当然、突発的な事態――宇宙生物の出現や、隕石、事故によるデブリの発生など――時間通りに帰還する事が難しい場合がある。

 よって過去、キャンセルが多発した時期を境に、客の要望もあってこの様な予約システムとなった。

 とどのつまり、ガルド達とバーにいたのは、キャンセル待ちの“時間稼ぎ”だったという訳だ。


「忘れてるとは思わなかったけど……何時になったら連れてってくれるのかと、やきもきしたわ」

「店の名は、着いた時に明かそうと思ったから、どうにも……な」


 ヤヒロの釈明に、ミズハは肘を机に立て、手の上に置いた顔で笑って見せる。

 結局のところ、豪華なデートディナーを用意されて、ご満悦だった。

 さて。

 煌びやかな店内に引けを取らない、二人の華やかな雰囲気は続く。

 ヤヒロはタキシード。ミズハはカクテルドレス。

 二人共ドレスコードに則り、最高の装いでデートに臨んでいる。


「ふふっ。それにしても、ものすごい気合を感じるわ」

「当然だ。銀河でもそうそう拝めない美人を相手にするんだからな」


 茶化すミズハに、胸を張るヤヒロ。

 ……時に。彼女の方も、実に気合が入った“めかし”をしてきたと思うが、言わぬが花だと心に留めた。


「、ふふっ」


 が。それからしばし、二人は堪える様に笑う。

 結局は――久方振りのデートだからなのか、二人とも変に緊張していた事に気付いて、何とも言えない笑いがこみ上げてきてしまった。


「――っと。ひとまず、料理を頂こうか」

「えぇ。そうしましょ」


 ともあれ。ヤヒロが一つ区切りを入れ、二人は料理に手をつける。

 ここは全面ガラス張りになっていて、ふと横を見れば、すぐそこは宇宙だ。

 そして、風景の大半を占めるのは――青と緑色に輝く星、惑星エル・ナイン。

 近年テラ・フォーミングされた星の中でも特に美しいとされるこの星は、宇宙に暮らす者達にとって憧れの地に他ならなかった。


「いつかは、あそこに土地を持って暮らすもの良いわね」

「艦の運用をA.I.に任せて悠々自適な生活。何度か夢に出たよ」


 まぁ、それには長い道のりがある事は承知している。

 二人共、それを分かった上で夢を語り合っているに過ぎなかった。

 だが、その“夢”は『道のりが分かっている』ために、不可能の代名詞とはならない。

 二人の前には道があり、それを実現する力を自分達が秘めていると知っているのだから。


「たまには、スリリングな道を往って、近道しなくちゃな」

「ふふっ。ヤヒロがそう言うからには、常人では考えつかない“あぜ道”になるんでしょうね」

「ついて来てくれよ?」

「もちろんよ」


 それから食事は次々に進み、……楽しい時は早く過ぎるというものなのか、最後のデザートを待つばかりとなる。

 そんな時、ふとミズハが言う。


「ふふっ。うんっ、やっぱり、ヤヒロで良かったと思うわ」

「それはそれは。男冥利に尽きるな」


 それは、二人だけでしか通用しない会話。そして想いだった。

 ガラスの向こう。宇宙に自分達の姿を映す二人は、互いに同じ記憶を脳裏に浮かべる。


 ――薄暗く無機質な部屋。安置されたカプセル。その内と外で交わされた言葉と……。


 きっと、こんな出会いで結ばれた縁など無い。銀河のどこにも存在しない。

 そんな二人だけの過去が、そこにはあった。


「ヤヒロという男に好意を抱く因子……なんて博士は言ったけど、私のヤヒロ・ラブ・ファクターの内訳は、100%私自身の意思よ」


 解釈に難しい宣言だったが、意訳すれば、『ヤヒロを好きなのは、正真正銘自分の意思』ということ。

 ともあれ。それをもとより理解できてしまったヤヒロは、顔を赤くするばかりで……直前までの余裕が吹き飛んでしまったのは言うまでも無かった。

 それどころか、ミズハは更にたたみかけるらしく――少々色を宿した目で、それでいて安らかな声色で言う。


「好きって言っても、愛していても、ヤヒロは“私が好きでいるための努力”を続けてくれる。たとえ、ヤヒロを嫌いなる因子があっても、それさえも黙らせる程の想いを私にかけてくれる。――だからね、いつも嬉しくてたまらないの」

「っ……。そ、そうやって女性に良く見せようとするのは、男の本能なん……じゃないか?」

「ふぅん……、ふふっ。もしも本能で皆がヤヒロと同じ様にしていたら――きっと独身の男なんて存在しないでしょうね」


 ……完敗だった。ヤヒロに反論する余地は無かった。

 ヤヒロは、ミズハが向けて来る、甘く蠱惑的な視線に『参りました……』とハンカチで白旗を上げる。

 ミズハは、そんなヤヒロを見て、今度は屈託のない笑みを表に出すのだった。


 さて。流石はプロと言うべきか。話の区切りとも言うべき空気を読みとり、店のウェイターが動く。

 そして、すぐに二人の前にケーキ系のデザートが運ばれて来て、お楽しみですね、と不快にならない類の声を掛けるのだった。

 ところで。ミズハが早くもデザートに手を付けようとする中。ヤヒロは、咄嗟にウェイターを呼び止める。


「すまない。追加でアイスを二ついいかな? 僕はバニラ」

「私はストロベリーで」

「はい、かしこまりました」


 そうしてウェイターが去り。再び二人だけの世界。

 ミズハは目線で、アイスを注文した真意を尋ねる。

 だが、ヤヒロはせめてもの抵抗とばかりに、はぐらかしてこう答えるのだった。


「その……熱くて仕方ないと、思ってな」


 そして、両手を団扇にして、自分の顔にヒラヒラ。

 その答えに、ミズハは……目に熱を溜めて笑ってしまう。

 それを見て、ヤヒロは増々顔を熱くした。

 結局、二人分の温度を上げてしまった事に気付いたヤヒロは、早くアイスが来ないものかと、ケーキを口一杯に頬張るのだった。




お読みいただき、ありがとうございます。

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