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レジェンダリー艦隊の勃興  作者: ひゅーまのいど
3/6

3. 慕われる理由が一つ




 ジャンクショップを出たヤヒロとミズハ。

 二人は今、ガルドの言っていたバーに向かっている。


 ここは、繁華街を見下ろす空中回廊。

 人工重力の強度が低く設定されている回廊は、歩く度に体が浮くといった現象がおきるため、普段は人通りが少ない。それこそ、デートで来る物好きがいるくらいだった。

 ……まぁ、つまり。今の二人はそれに該当していて、ミズハはヤヒロの横をフワリと浮くようにして歩く。

 対してヤヒロは、磁力ブーツをONにして、彼女の手を引きエスコートしていた。


「あの獣人、どうだった?」

「そうね……凄いこと言っていい?」

「どうぞ」


 デートの雰囲気をそのままに、二人の会話は、その様な始まりをみせる。

 ともあれ、ジャンクショップにいた時から、『ミズハは言いたく』、『ヤヒロは訊きたかった』のだ。

 よって、会話はすべる様にして進み出した。


「私には遠く及ばないけど……あの子、いい目をしていたわ」


 ミズハは思い出す。

 ジャンクショップで見つけたウサギ型の獣人。

 ピンク髪を長く垂らす子供の正体は、女の子だった。

 獣人の“獣”の度合いは低く、それこそ、視認できたのは頭の上の長い耳くらいだろうか。

 ミズハは、他の商品を見るフリをしつつ、一度彼女の前を通ってそれを確認した。

 そして、異性であるヤヒロに少し離れる様に言うと、彼女に声をかけたのだった。


『ねぇ、アナタ』

『……なんですか? 今ワタシ、いそがしいんですけど』


 返事はぶっきらぼうだった。

 顔立ちは実にかわいらしいものだったが、眉間に寄った皺が台無しにするといった具合。

 それから会話も続かず、コミュニケーションに自信があったミズハだが、しぶしぶ引き下がる他なかった。


 だが、タダで引き下がった訳ではない。

 ミズハは、一つの重要な情報を手に入れた。

 それは、少女が漁っていたジャンク品の箱。――もっと正確に言えば、彼女が買い物カゴに入れていた品物についてだ。


「正確さに欠けるけど、あの子が選んでたのは、7割がクラスⅢ物質の含有品だった」

「っ!? それを、見ただけで判断を?」

「そう、見ただけ」


 その念押しに、驚き9:関心1といった表情を見せるヤヒロ。

 ジャンク品と言うからには、有用な部品はほぼ無いと言っていい。

 否。そもそも――1グラムが、“数十万ドル”で取引される生体物質。

 つまり、再利用にすら該当しなかったジャンク品から、僅かな生体物質を探し出す事は……一般の人間は勿論のこと、専用のセンサーであっても非常に困難な事なのだ。

 よって、あの少女には、何か特別な能力があると見て、間違いないだろう。


 ……ともあれ、裏を返せば。

 それを同じく見ただけで判断したミズハも、一般では無い方に含まれる訳だが、今言及すべきでもないし、茶化したところで話の腰を折ってしまうので、ヤヒロは脳裏に留める事にする。

 ただ、少女が選んだ中から、更に正解の割合を言い当てる様は、『流石はミズハ』と、ヤヒロの心に思わせるのだった。


「まぁとりあえず、“新顔”という点では、早速と一人確認できてしまったな」

「えぇ。……逆を言えば、私たちが来るのを予見していたのかもしれないけれど」

「それにしては堂々とし過ぎている気がするが。……いや、だからこそ子供を使っているのか……?」


 停泊すれば、いつも立ち寄るジャンクショップ。

 スォーム爺が客の情報を他人に流すとは考えにくいが、店である以上様々な人間が出入りするだろう。

 それこそ、ヤヒロ達を嗅ぎまわっていたとして、それを店主が排除できるとは思えない。

 むしろ、犯罪さえ犯さなければ、全ての客に対して公平だ。よって、彼にそれを求めること自体が間違っていると、二人は認識していた。


「ふぅ……。まぁ、警戒は必要だが、いき過ぎたそれは、俺達の人生を窮屈にするだけだ。もっと気楽にいこう。もっとも、誰がバックにいようが……最悪“実力”で事を構えることになっても、負けはしないがな」

「ふふっ、そうね。今まで通り……。でも、そういった油断は禁物よ?」

「見合った以上の実力と、十分な隠し玉さえあれば、大体は対処できるもんなんだよ。そういうのは」


 からかうミズハに、ふっと笑って見せるヤヒロ。

 ミズハは、自分だけが知っている彼の実力を脳裏に描きつつ、意識だけを、今は見えない愛船に向けて――。


「それもそうね」


 そう呟くのだった。


 ……そして、偶然だろうか。

 停泊中のエルダー・バッジの中では、彼女に向けられた意識に反応するようにして――。

 メインエンジンの中心、エネルギーコアの収められた格納容器の中で、“紫の球体”が、何かを待ちわびる様に鼓動していた。




 ◇◆◇  ◇◆◇  ◇◆◇




「ヤヒロっ、姫っ。こっちだ、こっち」


 繁華街エリアを抜けた先。

 二人は、ガルドが言っていたバーに到着した。ちなみに、姫とはミズハの事だ。


 そこには、船員の半分――20名程の部下を引き連れたガルドと、他の船の顔役や船員達も集まっていた。70名の大所帯で、ほぼ貸し切り状態だ。

 その男達の風貌たるもの……数少ない女を含め、前々々時代の海賊にしか見えない。

 ともあれ、彼らはヤヒロとミズハに気付くと、揃ってビールジョッキをクイっと上げて、挨拶代わりとする。

 対してヤヒロは、軽く片手を上げて応えると、こんな事を言った。


「皆、水を差してすまない。続けてくれ」

「まだ始めたばかりさ。それに、水を差されたと思った連中なんていめぇよ」


 その言葉はガルドではなく、彼の隣にいる男――額の右側から耳、首、肩までを古い裂傷で結んだ男から放たれたものだった。

 ヤヒロは、彼の言葉に嬉しさ交じりといった具合に応える。


「トラディスも、元気そうで何よりだ」

「あぁ。お前の寄こした薬のお陰でな。……あれは大層よく効いた」


 別に、その手の危ない薬を言っているのではない。

 トラディスが言ったのは、とある難病の薬だった。

 それも、自分だけの事ではなく。彼は、懐から手の平サイズのホログラム発生装置を取り出すと、一枚の3D画像を映して、ヤヒロに渡す。

 そこには、5歳くらいの男の子が、両親と思しき男女と遊ぶ様子が映っていた。


「MM型の心筋硬化症の特効薬は、合法だろうが違法だろうが、そうそう手に入るもんじゃない。それに、俺が善かれと思ってマイクロマシンニングを息子夫婦に勧めたばかりに、孫までこんなことになっちまった。皮肉だろうな、俺と同時期に発症したのは。……だが、生い先短い俺でも、天は微笑んだ。――お前がいたお陰で、なんとか孫は命を留めてる。それも、息子達とはしゃげる様にまでなって、な」


 湿っぽい空気と、まるで厚い壁でも隔てている様な、周囲の喧騒。

 だが、それすらも他の船員達が気を遣っていると、トラディスには分かってしまう。

 顔にデカい古傷なんて蓄えた老人が、若者に感謝する――。きっと、それを羞恥するだろうと思った、いらぬ気遣い……しかし、同時に有難い気遣いでもあった。


「っと悪いな。孫の姿だけでも、お前に見せておこうと思って」

「いや。努力の甲斐あった、と思わせてくれるだけで、俺の心は満腹さ」


 そんなヤヒロの声に、同じテーブルを囲む顔役達は、悪逆に相応しい風貌に揃って笑みを浮かべていた。まるで似合っていなかった……。

 きっと、これ以上ここにいると同じような会話が続くと予感したヤヒロは、彼等にわざと曖昧な挨拶を告げると、ミズハを連れてバーテンダーと対面する席へと向かった。


「――今日は何にするかい?」

「いつも通り、おススメで」

「私も」


 カウンターには30代の男がいて、髪を後ろで結んでいる。とはいえ、無精髭も相まって、非常に男らしい雰囲気を持つ人物だ。

 彼は、ヤヒロとミズハに別々の飲み物を出す。

 ヤヒロは、カルーア・ミルク。ちなみに甘口。

 ミズハは、マティーニ。ちなみに辛口。

 ……どこか、男女が逆の気がするが、二人の事を知るバーテンダーは、迷わずそれらを出した。

 そして二人は、そのチョイスに満足し、乾杯の時を得る。


 さて。無言の中にも良い雰囲気を察したバーテンダーは、まるで空気の様に、他の客が座る方へと移動した。流石はプロと言ったところか。

 ヤヒロもミズハも、彼の作る飲み物にはいつも満足していて、二人の雰囲気に花を添える。


「なんだかここに来ると、やっと落ち着いた気分になるな」

「えぇ。向こうではどんちゃん騒ぎなのに、不思議ね」


 その言葉通り。二人の背後では、海賊と呼ぶに相応しい者達が、酒を片手に騒いでいる。……両手の者もいる。

 更には、自分達でサーバーから酒を注ぎ、まるで水でも飲んでいる様な速度を叩き出している者も少なくなかった。


 ともあれ、彼らが常連であり、その分の料金はいつも頂戴しているので、店側の文句はない。

 まぁそれすらも、一昔前は荒くれ者がたむろしていた時代があったらしく、それを思うと……一晩で70人騒いで、被害がビールジョッキ1、2個という今は、最高の時代だと言えるだろう。その分も弁償されるのだから。


 そして、そんな時代が訪れることになった理由は、ヤヒロとミズハにある。

 それを知るバーテンダーは、海賊の集団を見やった後、思わず二人に目線と向け――ヤヒロがそれに気づくと、微笑を浮かべながらカップ拭きに戻るのだった。


「んぁ? おぉ、なんだ。すげぇ上玉じゃねぇか」


 ……と、様々な想いが良い方向に向かい、銘々に最高の気分を味わう中。

 異物とも呼ぶべき声が二人を差す。

 それは、まさにお手本の様なチャラ男と言うべき二人組の男だった。

 見るからに日サロ焼けし、浅黒い肌をする彼等は、カウンターに近い席からこちらを見て、近づいて来る。


「いいねぇ、すげぇ可愛いじゃん。なぁなぁ、そんな冴えない男よりも俺達と飲もぉぜ。――後で良い思いもさせてやるからさぁ……」


 それから時間は掛からなかった。

 男の手がミズハの肩に伸びる。

 白魚よりも白く透き通り、それでいて生命を感じさせて止まない柔肌。

 そして、ヤヒロ以外の男を知らないその純白に……浅黒く、下劣なアクセサリーだらけの手が、今――。


「――俺達の前で姫に手ぇ出すとぁ、度胸を通り越して、頭ぁ狂ってんじゃねぇか……? おい゛」


 それは一瞬だった。

 重苦しく、地鳴りの様な声を合図に――“無数の銃口”が一斉に男達を向いた。

 銃を構えるのは、直前まで騒いでいた筈の……海賊達。

 無論。周囲の喧騒は嘘のように止み、誰かのコップの中で氷が解ける音が聴こえた。


 さて……。

 いつの間に囲まれた? などという疑問が些末になる恐怖の光景――“銃口の(おり)”。

 どこもかしこも銃、銃、銃。

 身震いさえも許されず、少しでも動けばハチの巣という現実だけが、そこにはある。


「え……えっ?」

「いや、そのっ、違っ……」

「あぁ゛? 何が?」


 虎男(ガルド)が放つ一言。それだけで、釈明を始めた男達は声を失う。

 最後の望みなのか。彼等はバーテンダーの方を見たが……彼に至っては、拭きかけのコップを片手に、すまし顔でコンバットショットガンを向けていた。

 そう。バーの店員までも、こちらを殺そうとする始末。

 当然。男の手は女に届かず。それどころか、いつの間にか他の席に移った女は、隣の若者と楽しそうに話していた。

 まるで、すぐそこに違う世界があるかの様に。こちらを気に掛ける事もなく、屈託のない笑顔で笑っていた。


「おいタップ。こいつら縛って、俺の船に連れてけぇ」

「了解キャプテン。お前ら、手伝え」


 すると、無数の銃口のうち10丁程が降ろされ、タップと言う男を筆頭に、男達を縛りにかかる。

 悲鳴も上げられず、拘束される男達。

 ようやく、僅かに落ち着いた心で見れば、銃口を向けている彼等の眉間には深々と……“怒り”が刻まれていた。


「っ、ひぃ……」


 ……いつでも殺せる。否、今すぐにでも殺してやる。

 そんな無言の殺意を見た男達は、遂には猿ぐつわまで付けられた事に気付かぬまま、連行され始める。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれっ!」


 その時だ。バーの入口が勢い良く開け放たれる。

 直後、視線が集まるそこにいたのは、40代に届かない見た目の、細身の男だった。

 男は、黒を基調とした軍式の制服を整えると、未だ荒い呼吸のままガルド達に近づく。

 そして、顔役達の前に来ると――ガバッと頭を下げるのだった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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