2. 世界の姿
人類が宇宙に進出してから、早三〇世紀。
拡大した版図は銀河全体まで及び、人は宇宙というフロンティアを己のものにしていた。
経済、科学、政治。様々なものが変革を行った結果、国家という枠組みは消え去り、“企業連”という官民一体の組織が、その星系域を治める様になった。
人は平和と繁栄を享受し、つい数世紀前まで進んでいた版図拡大を忘れてしまう程に、穏やかな人類史を刻んでいる。
戦争さえ過去のものとなった現代。人は“戦う”という概念さえ、記憶の彼方に葬り去ろうとしていた。
……だが、広大な宇宙は、そんな平和を許さなかった。
銀河外縁より突如として現れた『宇宙生命体』。彼等は人類の生存圏を次々に襲い始めた。
その姿は、魚類、鳥類、爬虫類、哺乳類……それらの合いの子など、様々な容姿のものが現れ……それ故に人類は、“人類同士”にその発生源を疑い、小競り合いを起こすなどして対応に遅れを生じた。
結果として人類は、版図の三分の一を失うという手痛い歴史的敗北に帰するのだった。
しかし、人類はそこで諦めた訳ではない。
企業連同士が、いがみ合いより生存のための同盟を選んだ結果、辛くも宇宙生命体の進行を食い止める事ができた。
そして、幸いな事に彼等の発生源が銀河の外にある事“だけ”は判明し、互いの疑心も次第に静まっていった。
……それでも、人類が受けた傷跡が消える訳ではなく。失った生存権の奪還には、たった一割でも、五世紀という長い時間を要するのだった。
そして現在。
人類総同盟とも言える組織は緩やかに解体され、企業国家が再編されようとしている時代。
宇宙生命体、もしくは『宇宙生物』と呼ばれる彼等は――危険なハンティングの“獲物”へと成り下がっていた。
宇宙生物の死骸には、貴重な鉱物資源や、薬剤研究に用いられる遺伝子サンプル、時には、材料工学において“特異な機能を有する物質”が含まれている事がある。
そして……更に特異な性質や、強力な機能を持つ物体“アノマリー”も、彼等への関心を強める要因の一つだ。
中には、扱いによっては惑星そのものに甚大な被害を与えかねない代物もあるという噂。
よって、軍事上の関心さえ引いて止まないそれは、彼等を狩る公的な“ハンター”という制度まで生む事態となっていた。
――今や“生ける資源”となった宇宙生物。それに群がるハンター達。
銀河経済の一翼を担うまでに成長した市場は、今もなお拡大を続けている。
……そう。今この時も。
獲物としか見ていなかった彼等に異変が起ころうとしている事実に……気付くことも無く。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
惑星エル・ナイン、軌道ステーション。
停泊ブロックの廊下で、ヤヒロは見知った顔を見つけた。
「ん? よう! ヤヒロ」
「ガルドか。ひと月ぶりだな」
始めに声をかけてきたのは“大男”と呼ぶに相応しい体躯をしており、それでいて無駄な肉をつけていない筋肉男。顎を覆う髭は、まるで虎の様だ。
さて。そんな虎男の隣には女性がいて、ミズハは彼女を見て微笑みながら言う。
「お久しぶりね、エリィ」
「えぇ久しぶり。ミズハ、ヤヒロ」
「久しぶり」
男二人、女二人。
四人は再会の挨拶を済ませると、同じ方向を向く。
彼らのいる廊下には窓があって、そこから曝露区画|(真空・無重力区画)を見ることができる。
そこには、ヤヒロの所有する船、両舷に『エルダー・バッジ』と記された船が鼻先をこちらに向けていて、丁度ステーションの作業員が、液体供給ホースを取り付けているところだった。
「いつ見ても圧倒されるな、お前の船は」
「何を言う。こっちは船員2名で60メートル。そっちは40(名)で150(メートル)だろうに」
少し視線を外せば、隣には他の船が泊まっている。
それは、ヤヒロの言う通りの大きさでそこに鎮座していて、ガルドは自分が所有する船を一瞥すると、こう釈明する。
「規模じゃねぇよ。こう、なんだ。表現し辛ぇが、凄みがあるんだよ、凄みがぁ」
「ま、誉め言葉だと受け取っておくよ」
ともあれ、高校生というべき青年と、歴戦の勇士とも呼ぶべき雰囲気を持つ虎男の会話。
傍から見ればヤヒロが生意気を言っているようにしか見えない状況だが、二人の間には、まさに友人同士の会話が成立していた。
「ん、おっと悪ぃなヤヒロ。いつものバーで部下達を待たせてんだ」
「俺こそ引き留めてすまない。俺達はこれから買い出しに行くから、貸し切りじゃなければ、お邪魔するよ」
「何を言う。大歓迎さ」
わざとなのか。ヤヒロと同じような口調で会話を結んだガルドは、エリィの鮮やかな栗毛を迂回して肩に手を回すと……とてもいい雰囲気を作り出して、その場を去る。
その間際。エリィは、ミズハと腰より下でタッチを交わし、それからガルドに寄り掛かるようにして、廊下の角から見えなくなった。
「……」
「……」
さて。
理由は不明だが、『取り残された』という感覚を禁じ得ない二人。
なんだ、アノいい雰囲気は。なんなんだ、見せつけるようにしてくれて……。
二人は、言葉を交わすことなく、同じ思いを共有する。
そして、先に行動に移したのはミズハだった。
ミズハは、エリィがやったのと同じようにヤヒロに重心を預ける。
「はいはい。わかったよ」
「ふふっ」
そしてヤヒロは、ガルドがやった様に、ミズハの肩に手を回すのだった。
それから、しばし良い雰囲気で廊下を歩む二人。
どうせなら、このまま二人で部品ショップを見て回ろう。そんな風にして、これからの予定を立てていた。
……と、そんなカップルの会話をしながらも、ヤヒロは彼女に対する想いとは切り離した意識で、顔をしかめる。
その原因は、別れ際にミズハがエリィから受け取った……メモ。
更にミズハから手渡されたそれには、このように記されていて――。
(『第八整備港に新人が3名。誰かがお前の事を嗅ぎまわってる』……か。今回はどの連合が知らんが、懲りないな……)
廊下の角。そろそろ自分達の船が見えなくなる。
ヤヒロは、視界の隅に消えゆく愛船を捉えつつ、ため息をつく。
三人の怪しい人物。
そのうち何名が、誰が、誰の命令で、何のために――その様な愚行を犯すのだと、頭の隅で考えながら。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「ん? ヤヒロ氏っ、ミズハ氏っ。やぁっと帰ってきたか。待ちわびたよ」
「スォーム爺さん。言ったってひと月だ」
格納ブロックからトラムを乗り継いで20分。
二人の姿は部品ショップ……表向きでは、何故かジャンクショップを名乗る店舗の中にあった。
そこには、商品を手入れする御年80の爺さんがいて、彼は二人を見ると、『やっと来たか』という喜び半分・文句半分の声色を放った。
ヤヒロが言う。
「いつもの仕入れ品は、後で店の格納エリアに送るから、査定額を船に送ってくれ」
「あぁ。それで、今日はどんな具合だ?」
「クラスⅡのB級物質が300グラム、クラスⅢのAが20(グラム)ってところだ」
「ほぉ。毎度毎度“大量”の仕入れ、有り難いこった」
あの戦闘の後。ヤヒロの船は、目的のアノマリーの回収と、その他に売れる生体物質を回収していた。――100メートル級の死骸に対し、数十グラムしか取れないという、地道な作業だ。
そして、その販売先は、この店に絞ってある。
理由は、単純に言えばこの店が“特別な部品や装備”を卸してくれる『非合法ショップ』の顔を持っているからだ。
始めのうちは、この店主との関係を築くために、良質な物質や、時にはアノマリーさえも卸していたものだ。
無論、今も質の良い生体物質を供給している。だが、その中にアノマリーは含まれていない。
過去、ヤヒロが渡したアノマリーで爺さんの伝手を増やしてもらい、――本当に稀ではあるが――今では、爺さんからアノマリーを販売してもらうこともあるのだ。
とどのつまり。今のヤヒロは、ここの最上級のお得意様であり、快活な性格から気に入られてもいる。
……まぁ、いつも隣にいるミズハを拝みたいという年寄りの思いも少なからずあると思うが……『触らぬ神に祟りなし』という様に、彼女にちょっかいを出そうとすると“どうなるか”知っているので、節度を弁えていた。
さて。店主スォーム爺との挨拶を済ませた二人は店内を見て回る。
今時、通販で頼んだ方が楽なのだが、現代の世も『自分で見て回りたい』という人間は少なからずいる。
よって、店の中にはいつも10人程の客がいて、今日もそうだった。
ただ、船の部品を扱うこともあってか、大昔の量販店やホームセンターに近い店内。他の客に会うことは稀だ。
「確か、C型超電導ワイヤが不足していたわね」
「そうだな。――これか」
「ワープ用のタキオンコイルのストックがそろそろ危ないわ」
「んーっと、これだな」
「あとφ1000レンズ。きっと光学センサを追加することになるから、多めに買いましょ」
「そう……ですね」
情けない声と共に、直径1メートルのレンズを5枚追加――。
それから、『ミズハが言って・ヤヒロが買い物札をとる』といった事を続けること40分。
30枚程の買い物札をとった二人は、そのまま店の端へ行く。
そこは、いわゆるジャンク品がまとめられたスペースがあって、他の陳列スペースとは違った雑多な雰囲気を醸し出していた。
……規模が大きいため、産廃の投棄スペースと言われても文句が言えない状況だ。
と、そんな光景の中で二人は気づく。
「ん、誰かいるな」
「そうね。……見た事が無いと思うのだけれど」
陳列棚の影より。
二人は、ジャンクスペースの、そのまたジャンク品――ごちゃごちゃに部品が入れられたケースを漁る人物を見つけた。
それは、特に珍しくもない『地球種・ウサギ型』の獣人。
あまりに華奢な背中は、見た目17歳のヤヒロから見ても、子供と称するに適した姿をしていた。12、13才位だろうか。性別も判然としない。
そして、背後から垣間見えるのは……お世辞にも綺麗とは言えない成り。
ピンクの長髪は、きちんとケアすれば人目の惹いて止まない素晴らしいものになると予感できるが、悲しいことにそうはなっていなかった。ボサボサだ。
さて。外見のこともそうだが、二人が着目するのは別のところ。
それは、この界隈では見ない人間、だということだ。
恐ろしいことに、ヤヒロもミズハも、このステーション――専ら、いつも利用するエリアで働く者を“全て”把握している。
ここが店である以上、他のエリアや訪問者の類であることが否めないが、それすらも、二人の情報網には該当者がいなかった。
ジャンクショップの特性上、特定職業の人間しか出入りしない事も、着目すべき点だろう。
――よってそれらを踏まえ、二人は同じメッセージを思い浮かべる。
『第八整備港に新人が3名。誰かがお前の事を嗅ぎまわってる』
そう、つまり。二人がその子供に関連付けたのは、ガルドとエリィからもたらされた情報に他ならない。
なにせ、ジャンクショップに足を運ぶのだ。
その子供が本当に整備見習いなのか、それとも“そういう設定”なのかは別にしても……こんな店に足を運び、且つ真剣にジャンク品を漁る子供がいると到底考えられなかった。
そう。現に、その子供がお遊びでジャンク品を選別していない事は、ミズハには分かっていて――。
彼女は、興味深い、といった視線を子供の方に送る。
(ふぅん、凄いわね。やっぱり、ただの子供ではないわ。……もし子ネズミちゃんだったら、本当に勿体無いと思うけれど)
子供の横には、選び出した十数個のジャンク品が、カゴに入れられている。
だが、カタチや用途、“互換性までも異なる”部品の数々は、普通の人間が見たら、やはり『子供が面白いと思った物を選んだ』と思ってしまうだろう。
しかし、それは違うと、すぐに見抜いてみせたミズハ。
ともあれ彼女は、気付いた事をすぐに口にせず、後でヤヒロに報告としようと思う。
情報は、ある程度まとめてから初めて情報なのだ。
いちいち告げ口の様に言わなくても、いざとなったらヤヒロが判断するし、いつも隣にいるのだからその機会はある。
そんな風に、ミズハは思考をまとめ上げた。
さて。そんな彼女に対して、ヤヒロはというと――。
(なんか、選んでる部品がバラバラの様な……。ま、そこのところは、後でミズハに訊くか)
結局は、彼女と同じ事を、自分目線で考えていたのだった。
続けてお読みいただき、ありがとうございます。