花拾う人 壱 【泡沫の赤】
「生きるのが嫌になれば、この店に来るといい」
男が私の耳にそう囁いたのは初秋の夜のこと。
「ここにくれば、いい酒があるよ。一晩だけ、人ならぬ女を抱ける夢のような酒がよ」
酒に火照った私の耳元に、ひやりと冷たい風が吹く。
秋風が雲を吹き流し、冴え冴え白い月も美しい夜のことである。
振り返ればもう男の影もそこにはない。
たしか袈裟を身にまとった坊主ではなかっただろうか。しかし男の口からは煙草と酒の香りがしていた。とんだ破戒坊主である。
安酒にかすんだ目をこすり、彼のいたあたりを探れば、扇子が一枚落ちていた。開いてみれば、薄墨で何やら書き込んである。
酒のせいなのか年のせいか、最近はひどく目がかすむ。文字が二重にも三重にもなってよく見えぬ。目を細め、こすり、こすり見つめると「花髑髏」という文字が見えた。
屋号だろう。隣には通りの名と筋の名も刻まれている。ここから離れた場所ではない。
「なあ。親父さん、ここにいた男は」
おやじに声をかけるが、私のほうをちらりとみただけで何もいわぬ。最近は、皆そうだ。飲んだくれて人生に悲観する男など、目にも入れたくないということか。
金だけを叩きつけて私はふらりと外にでる。夏の暮れ、秋の風が身にしみた。秋の風はことのほか冷たい。手のなかで、扇子がかさかさと音を立てている。
ふと、私はその店に行ってみようと。なぜか、そう思った。
光の落ちた路地に月の光だけがしらじらと白い。文字などは見えにくくなった私の目だが、不思議と暗闇の道は、よく見えた。
真っ暗な道に続く武家屋敷の壁。胸を張って道をいく十手持ちの男の姿。昔は提灯を下げなければ見えなかった道や人の顔が、くっきりとよくみえる。
いつからだろうか。私は、夜が好きになっていた。
「……ここかい」
件の店は、武家屋敷を抜けた先。花街の目と鼻の先にある。
扇に刻まれた紋と同じものが、浅葱色ののれんにくっきり刻まれていた。それは、花に髑髏をかたどった不思議な紋である。
怪しさに躊躇したとたん、扉が勝手に開いた。
「来たねえ。来たねえ」
ぬっと顔をつきだしたのは、やはり坊主であった。
背は低い。私の肩ほどまでしかない。顔は扁平。眼が細く伸びて、まるで蛙のようだ。しかし皮膚はぱんと綺麗な張りがあり、どうにかすると子供に見えることもある。垢で汚れた袈裟の対比で、ひどく不気味な男である。
「あんなことを言い捨てて去っていくのだからひどいものだよ。気になってきてしまった」
「まあ、おいでなさい。十手持ちに捕まらなくて行幸行幸」
坊主の後を追い恐る恐る覗いた店の中は、何てこともないごくふつうの民家であった。
小さな土間に上がり框。その向こうには、六畳ほどの狭い部屋。
変わった所があるとするなら、土間に小さな鉢植えがたんと並べられていることだろう。
この男、坊主の仕事はほんの遊びで、実際は植物を売り歩くぼて振りであるのかもしれない。
鉢植えを覗いてみても今は土だけで芽もないようだ。しかし、種であるのか白い固まりが土の中に埋もれているのが見えた。
それ以外は、思ったよりも綺麗に整っている。物がないせいだろうか。拭き清められた青臭い畳が目を引く。
それよりも、その上。光の届かない部屋の隅にかしこまってすわる女を見つけて私は思わず目をむいた。
「……ほう」
思わず声が漏れる、のどが鳴る。
薄い闇の中、つんとすまして座るその女は、見事なまでの太夫姿なのである。
真っ白な皮膚に、羽織るは織りも鮮やかな友禅の一枚。裾に広がるその柄は、閻魔と髑髏だ。
変わった柄だが、死人のような彼女の白い顔色によく似合う。
つやつや黒い髪は高く結いあげ、銀の飾りが揺れている。それも骨をかたどった銀細工だった。
彼女は私と目が合うと、ほんの少しばかり首を傾げてみせる。しゃらと鳴る骨の飾りが、彼女の頬を撫でる。黒い眼と縁取りの朱が、怪しく輝き円を描く。
うっとりと目を細めた私の袖を、無粋な坊主が引いた。
「ほい、ほい。俺を見るのもつまらんだろうが、どうか俺をみておくれ。お前さんがここにきたのは、浮き世を忘れこの世ならぬ女を抱きにきたのだろう」
「だ、代金は」
すでに夢のようだ。美しい女は私をじっと見つめている。口元に浮かぶほほえみは天女のようである。
「それは後払いで結構結構。まあ心配なされるな。これでも俺は坊主でね。暴利なことはいいやしない」
男はにやにや笑いながら杯を差し出した。薄汚れた杯に満たされた透明な酒である。くん。と鼻を鳴らせば、それはどこか花の香りに似ている。
「この酒をくっとあけりゃ、夢見心地」
「あ、あの女を抱けるのかい」
「いや、あれは別だ。あれに手を出しちゃいけねえよ」
にやりと坊主は笑う。私は少々、落胆した。
「危ない酒じゃないだろうね」
「危なくたって、お前さんにゃもう、どうでもいいことだろうに」
「……ちがいない」
私は苦笑いを喉の奥に押し込んだ。
実のところ、最近の記憶が薄いのである。もう誰も信じちゃくれないが、これでも遙か昔は大店のご主人様であった。
しかし、一度やくざに目を付けられたのが運の尽き。嫁も娘も女郎に売られ、残った屋敷は打ち壊された。そこから先の記憶は、とんと薄い。昔は立派なご高説を垂れていたこの口も、今では恨みと愚痴と吐き、酒を飲むだけのものになってしまった。
もしこれが毒であろうとかまわない。もし眠り薬で、身ぐるみを剥がされてもかまわない。剥がされるだけの金もないのである。
「どんな夢を見られるのかな」
私は酒と女を交互に眺める。あのような天女を抱ければ、それこそ夢見心地であろう。
「あの女、駄目かね」
「やめときな、やめときな。あの女は一筋縄じゃいかねえよ。ありゃ、俺の弟子でね」
坊主はくつくつくつと笑いをこらえるようにいう。
「太夫は、閻魔様にほの字なのよ」
坊主の言葉をきいて、ほ、ほ。と女がおかしそうに笑う。
「地獄太夫と申します。どうぞ、よしなに」
地獄太夫と名乗った彼女は、両袖で口を隠す。
よくみれば、右袖から裾にかけて地獄の図が描かれていた。血の池で苦しむ亡者に、針に刺される亡者の悲哀。それに反して、左の袖には極楽浄土の菩薩が描かれているのである。左右の袖、真ん中に綺麗な太夫の顔が浮かぶのが、ひどく恐ろしかった。
「太夫よりも、綺麗な女が、お前さんの相手をしてくれるよ」
坊主は急かすように顎をしゃくる。私は盃を唇に寄せて、ふと呟いた。
「……そいつは寂しいね」
「良い夢を見られそうじゃないかい」
坊主は楽しげにいうが、私は心にひやり冷たいものを覚える。
「目が覚めたらもう会えないというのは」
かつて私はそんな経験をしたことがある。夢から覚めれば、私の手には何一つ残っていやしなかった。
むなしく吹き荒れる憎しみに坊主は気がついたか、哀れむように背を撫でた。そのしわのよった手がひどく暖かく、私は酒を一息に煽ったのである。
ふっと目が覚めれば、そこは香の匂いもかぐわしい朱の部屋であった。
ぞっとするほど艶やかな朱の障子に、かかる着物も朱絹仕立て。それに寄り添うように、美しい女が座していた。
「……誰だい?」
問いかけても女は答えない。ただ、その綺麗な顔を傾けただけだ。
いや、美しいというが顔はよくわからぬ。女は奇妙な狐の面などをかぶり、顔を隠しているのだ。
しかし着物の隅からのぞく白の膚といい、高く結い上げられた美しい髪といい、女の体には気品がある。私の色欲など失わせてしまうくらい、彼女には精錬とした気品がある。遊女ではないな、と私は悟った。
「お前さんは?」
近づけば彼女の膝元には酒と肴が用意されていた。彼女は愛らしく小首を傾げると、杯を私に差し向ける。
「どうぞ、花とお呼びくださいませ」
「どこかで出会ったかねえ」
なぜ懐かしさを覚えたのか。
その指先にほのかに染まる朱をみて、私の中で違和感が音を立てる。どこかで知った女だ。なぜかそう思った。
「……」
しかし彼女は諾とも否ともよういわぬ。ただ、私の飲み干した杯に酒を注ぐのみである。
ここがどのような部屋であるのか、女が何者であるのか、さてこれが夢か現実か。
盃を手にしたまま周囲を探るが、そこはやはり赤いのである。遊女部屋にも良く似ている。小さな窓が赤い壁にぽかりと浮かんで、そのむこうに綺麗な満月がみえた。
さて、今宵は満月であっただろうか。
問いたい言葉は山とあるが飲み込んだ酒の芳醇な味に、すべて忘れた。ただ私は、彼女の狐の面を、指したのみである。
「狐の面を何故とらぬ」
「恥ずかしがり屋でございますから」
しれと言うその言葉が愛らしくも憎く、私はついついその面に手をかけた。
「あれ」
漏れたのは、朱。
「こいつは」
狐の白面がはらりと落ちると、その向こうに朱が見えた。
彼女は首から先、顔がない。顔の代わりに、朱の花。燃えるように花弁が凛と立ち上っている。それは、この頃によく見る彼岸花。
まるで一輪の彼岸花が、着物を纏っているかのようである。
「まるで幻みてえに、綺麗な……花の顔か」
彼女は、花の顔を持つ女。
「意地悪なひと。隠していたのに」
いずこから声が出ているのか。声はくぐもりもせず、透き通って聞こえるのが不思議であった。
「冷えた手だ」
私は、顔を背ける彼女の手をとる。ひやりと冷たく、なるほどこれは生きたおなごではあるまい。まるで花弁と同じく、細い指なのである。
「手を握るだけでようございますの?」
花は、笑っていった。
「気持ち悪うて、もう抱くこともできやしませんか」
「手をだすなら、とうに出してるさ」
「……昔、昔の話をしてもよろしいでしょうか」
花は杯を片づけると、私の手を包むように握り返す。
そのほのかな香りを、確かに私は知っている。どこで嗅いだか、それは懐かしく……暖かい。幸せな過去に埋もれた香りだ。
「物語としてお聞きくださいませ。私はとあるお家に種がつき、芽を出したのでございます」
彼岸花は、美しい朱を持つ。しかしその燃えるような見た目から、人はこれを妖花とも狐花とも呼んだ。毒を持つことから、毒花と忌み嫌った。
しかし……そうだ。私は、なぜかこの花を嫌いにはなれなかった。
花は私の目線に気づいたのか、豊かな花弁をゆっくりと揺らす。そよそよと、秋の気配がした。
「多くの人間に、彼岸の花よ不気味な花よと罵られました」
花は優しい言葉でつづる。
「そして根本から引き抜かれ、打ち捨てられそうになったそのときに、ある方に救われたのです」
なぜ私は、彼岸花を嫌いになれなかったのだろうか。
夏の終わりを惜しんで咲くような、その朱の色が愛おしいせいである。秋の風は白である。その白の中で揺れる朱が、もの寂しいせいである。
そして何より、その花は極楽浄土に咲くというではないか。
彼岸花は天上の花とも異名をとる。
「……天上の花とそう呼んでくれて」
花は、声を詰まらせた。はたはたと、花弁より朝露のような滴がたれる。
「その声で、私とその妹たちは、この地に生きる事を許されました」
「ああ、お前さんは」
「これまで彼岸の花よ毒の花よと恨まれ嫌われ、ああいっそそれならばこの毒で人でも殺してみせましょうかと思っていたその矢先に、あなたは私を天上の花と呼んだ」
彼女は私の手を、花弁に触れさせた。暖かい。霞みがちであった私の目が明瞭なものとなる。
視界がどんどん、明るくなる。
「ああ……この場所は」
私は唖然と、呟いた。
そこは遊女部屋でもなんでもない。私は、かつての自分の屋敷跡に座り込んでいるのである。
私は剥き出しの地面に腰を落とし、一輪の巨大な曼珠沙華と向かい合っているのだ。
すでに屋敷は取り壊され、むき出しとなった柱に、打ち捨てられ壊された家財道具。
それを覆い隠すように狂い咲く彼岸花……いや、天上の花。
一輪二輪であったその花は、縦横無尽にこの死んだ土地を彩っている。
「あのときに、私は彼岸の花ではなく、天上の花の曼珠沙華となったのです」
目の前の曼珠沙華より、確かに花の声が聞こえた。
私は震える指で、その花弁を撫でる。
「……家も人もすべてなくなったこの場所に、お前だけは、お前だけはいてくれたのだなあ……」
花の隙間に、小さな手鏡が割れているのがみえた。
のぞき込めば、そこに私の顔がある。いや、私の顔であったものがある。
それは、すでに肉も朽ち果て髪も腐り落ちた、髑髏の顔である。
どこかから、秋風にのって泣声が聞こえてきた。
曇天の空は重く、風はつめたい。灰色の世界のなか、曼珠沙華だけが赤く紅い。
紅いはずだ。一本の曼珠沙華は朽ちた私の頭の後ろから生え、すでに肉の落ちた眼球を貫いて咲いている。私の目がかすんでいた理由はこれであったのか。
花は空亡となった目の孔を貫いて、髑髏に絡むように咲いている。鼻の孔から耳の孔まで、すうっと抜けるように花が咲いて、それは不思議と暖かいのである。
「……」
鳴き声は、いよいよやかましく耳に響く。
これを人は、鬼哭啾々と呼んだに違い無い。
違う。これは、私の、泣き声だ。
「ああ。私は」
私は、骨を打ち鳴らし笑った。
「死んでいたのだなあ」
「鬼となる前に、よくぞ目覚めた」
ふっと振り落ちてきた声は、ひどく陽気である。
そちらをみれば、想像通りそれはかの坊主と太夫なのである。
彼は破れた袈裟を体にまきつけ、踊るように私に近づいた。年老いてみえるが、動きは素早い。
私はいまや髑髏の身。草の間に転がり落ちている。いや、もうずっとここに転がっていたのだろう。屋敷の潰された日より、私はここで死んでいたのである。
夜な夜な酒を求めて夜道を歩いていた自分は、いわゆる幽鬼のたぐいであったか。
「ちょいっと我慢をおし」
坊主は腰を落とすと、私の頭に触れる。すでに骨となったそれを数度撫でれば、かちりと小さな音がした。
「ほれこれよ、これよ」
かかかとうれしそうに坊主は歯を慣らして笑う。光にかざすように見せつけたそれは、白くとがった骨である。
まるで巨大な歯のような、白く禍々しい固まりである。
坊主はにやり笑って呟いた。
「鬼の角」
「鬼の……角……」
「お前さん、あやうく鬼になりかけていたのだぜ。人は恨みを残すと鬼となる。鬼になりかけた人間は、髑髏にこんなおっかねえ角をはやす」
坊主は大事そうに、その角を懐におさめた。
「これは貰って行こう」
「それを、どうする」
「黄泉のそのまた深いその場所に、豊かな土壌があると思いねえ」
坊主はうそぶくように、言った。
「お前をそこに植えてやるよう。まあ、植えるのは俺じゃなく俺の弟子だが」
坊主は顎で女を指す。女は曼珠沙華の花の中、妖しいまでに美しく立っていた。
私は骸骨の腕を持ち上げる。と、それははらはら白いくずとなって風にきえた。
死ぬのだ。いや、もう死んでいる。
「なあ、お前さんたちは、お前さんたちは何ものだ」
「ただの坊主と太夫だよ。ただし、閻魔様とちょいっとばかし訳ありでね。頼まれ仕事を、少々」
坊主は数珠をもてあそぶように、指の中でころころと転がす。その音が心地よかった。
「悪い鬼を殺すより、鬼になるまえに刈り取ってやるほうが、らくちんだろう」
「その説得を、鬼となりかけた人間の説得を、花がするのか」
先ほどまで女の姿であった曼珠沙華は、もう物もいわない。
屋敷がなくなったあとに種があちこちにとんだのか、いまやこの崩れ落ちた屋敷跡は曼珠沙華の畑のようにただ紅い。ものも言わず、私を見つめて揺れている。
かつて私が救った一輪の曼珠沙華が、私を守ったのだ。
「花に限ったわけじゃねえよ? むかしむかし、地獄に落ちた悪党でも一匹の蜘蛛の命をすくったことで、お釈迦様は蜘蛛の糸を一本お与えになったそうだ。たとえ悪党でもその命を救いたいと願うものが、一つや二つは、あらあな」
欠けた歯を見せつけて坊主は笑う。それは気持ちのいいくらいの笑顔であった。
彼らもまた生きてはいないのだろう。しかし、そこから感じられる空気は陽だけであった。
「そうやって、お前さんたちは、鬼を、鬼となる前に、人を、すくって」
「鬼もただ成るんじゃねえ。つれえことがあれば、鬼ともなろうよ」
坊主は私の頭をそうっと撫でた。
「つらかったろうよ。恨みも残すだろうよ。鬼にならずに済んだのは、お前さんの心根のどこかが、優しかったからだろう」
坊主のふれた箇所から、骨が砕けていく。土に還っていく。
「念仏でも唱えてやろうか、これでも俺は一応、坊主でね」
「あなたの、おなまえは」
「一休と皆がよぶが、まあ、とんだ破戒坊主さ。でも念仏は念仏、耳に届けば幸福にもなるだろう」
彼は懐に納めた鬼の角を太夫に差し向けながら、彼女を手招いた。
「太夫、太夫。ひさびさに、念仏でも一緒にどうだい」
「おししょ様」
ほほ。と彼女は相変わらずの調子で笑う。鬼の角を大切そうに抱きしめて、彼女は空を指すのだ。
「太夫は参ります。ほれ、もう朝がきますゆえ」
先ほどまでの曇天は、急な秋風ではらわれた。
「きれいな、浅葱の空でございます」
そこから顔を出したのは、透き通るような浅葱の色だ。青緑の空に、秋風の白が色を乗せる。そうすると、淡くも美しい浅葱の色となった。
彼らの店の前で揺れる、のれんの色と同じ色だ。
「あけのお空は、浅葱のお色。うつくし、うつくし」
太夫は膝をおり、私の耳元にふう、と言葉を吐きかけた。
「南無阿弥陀」
ありがたい、それは太夫の念仏。
「私はどんな花になるのだろうなあ」
「さて」
一休は、数珠をさらりと慣らして念仏を唱えた。
「綺麗な赤の花になるだろう」
彼の言葉に花が揺れる。
ただの孔となった私の目から涙がこぼれ落ちる。いや、それは目を貫いた曼珠沙華が落とす露。
露の向こうに見える、紅い花。
遙か遠くの黄泉の底、紅く狂い咲く曼珠沙華の花は、さぞやさぞや美しいだろう。