途方にくれるというのはこのことですね的、な。
王子様回です。
「はい、お茶のおかわりはどう?」
「あ、すみません。頂きます」
わたしは手にしていた空のティーカップをを渡しました。
それを受け取ったのは、この国の王子様です。
何故に王子様手ずからお茶を淹れてもらっているかというと……、わたしにもよくわかりません。
このところのわたしは、勇者様にべったり張りつかれるか、騎士団長様に亡き奥様の惚気を耳タコになるほど語られるか、首席魔法使い様に迂闊に頷いたら恐ろしい内容のお誘いを受けているか、神官長様の胃が痛そうなお顔を見ているかの状況でした。
ですが、本日は皆様ご用事があったらしく、大人しく読書をし時間を過ごしていたのです。
そこに、この王子様からお茶を誘われたという次第です。
王子様は、とても線の細い、とても綺麗な方でした。
何故わたしを、と尋ねると、「今までも一緒にいたじゃないか」と仰せられに。
……いましたっけ?
わたしは全力で自分の記憶を思い出そうとしました。
神官長様とお会いした時……。
記憶の端に、何やら金の髪が。
勇者様とお会いした時……。
記憶の端に何、やら金の髪が。
騎士団長様とお会いした時……。
記憶の端に、何やら金の髪が。
首席魔法使い様とお会いした時……。
記憶の端に、何やら金の髪が。
あれ?
常にフレームアウトした視界の端に金色の髪が……。
見上げる王子様の髪も金の色……。
わたしの戸惑いに、王子様は肯定されるように頷かれました。
「どうやらわたしはかなり影が薄いらしくてね。特に、あの強烈なインパクトの勇者達のそばにいる時には、その姿も視界に入れてもらえないみたいなんだよね」
みたいなんだよね、ではないのでは……。
影が薄いのにもほどがあるというものです。
「まあ、もう慣れたけどね……」
ふっと王子様はどこか悟りきったような表情でそう仰いました。
どうしましょう。
わたし、今。
不敬なことにも。
王子様にかつてない親近感を覚えています……。
そんなこんなでわたしと王子様はお茶飲み友達となったわけなのです。
因みに王子様がお茶を淹れるようになった理由は、その存在感の薄さにお茶を淹れて欲しい時にも気づいてもらえなかったから、という。
王子様、憐れです……。
だけど、王子様の淹れるお茶はわたしの口にとってもあうのです。
申し訳ありませんが、神官長のそれとは比べようがありません。
いえ、あれはあれでその道の玄人受けをされるのではないかと思いますが。
「ああ、そう言えば」
「はい」
「あの三人の扱い、マリアベルは最近大分うまくなってきたよね」
あの三人とは、つまりは勇者様・騎士団長様・首席魔法使い様のことですね。
「いえ、うまくなったというかなんというか」
受け流すことができるようになっただけと言うか。
「あの三人はとても力があるから、扱いには難しいものがあるんだよね」
そうですね、個々の能力もそうですし、人としても扱い処は大変そうです。
「今まで神官長も頑張ってきてくれたけど、彼ももうそれなりの歳だからね。あまり無理はさせられないし」
「そうなのですか?」
まだ二十代後半では?
「うん。もうすぐ五十になるのかな」
「そうなんですか………………え?」
あれ? 聞き間違いでしょうか?
「ええと? もうすぐ三十?」
「いや、もうすぐ五十。勇者とわたしは、彼から教鞭を受けたけど、たしか騎士団長もそうじゃなかったかな」
「…………」
言葉もありません。
神官長様。
あなたはこの世の女性のすべての憧れとなり得る存在だったのですね。
「まあ、彼も年より若く見えることでいらぬ苦労があるようなので、わたしが言ったということは内緒にしておいてね」
「……は、はい」
「まあそれはそれとしてね」
「はい」
「マリアベルの三者への扱いは、国として評価しているわけなんだ」
「はあ」
「あの三人は国をあっさり滅ぼすだけの力を有しているから、敵にも出来ないし、他国に渡すこともできないんだよ」
まあ、そうでしょうね。
「そんな三者の手綱を握れる君は、この国にとってかけがえのない人、という評価があってね」
そんな、大袈裟な。
「だからね、わたしの父、つまりはこの国の王がなんだけどね」
「はい」
「君を、わたしの妃にしたらどうか、と言いだしてね」
「………………はい?」
言われたことを瞬時に理解できず、首を傾げたわたしに王子様も眉尻を下げて笑いました。
「……どうしようかね?」
……と、言われましても。
わたし、つい最近までただの普通の村娘だったんですが……。
それって断って断れきれるものなんですか?
「困りましたね……」
「困ったね……」
「絶対に嫌というわけではないのですが……」
「わたしもだよ……」
外見は別として、内面はおそらく似た者同士の王子様とわたしは、何とも言えない微妙な表情で笑みを交わすのでした。
次回最終回です。