いきなり放置はちょっと的、な。
騎士団長へ会いに行く、の回。
勇者様の存在に少なからぬ疑問が生じましたが、神官長様には特段不思議なことでもないようなので、それの解消はまた後日として騎士団の訓練場に向かうことになりました。
騎士団様を呼び立ててもかまわないけれど、騎士団のことも知っておいた方がいいとのことで、こちらから出向くことにしたそうです。
王宮の中の騎士様達のいらっしゃる建物は、質実剛健といったふうな造りになっていました。
神殿エリアとはだいぶ趣がことなりますので、興味深いです。
すれ違う騎士様達も、とても身体の大きい強そうな人達ばかりです。
ほとんどが男性でしたが、女性もわずかながらいらっしゃるようです。
きょろきょろしながら先に行く神官長様についていくと、神官長様がふと思い出したように仰られました。
「ああ、そう言えば、忘れてました。マリアベル、騎士団長と会わせる前に大切な注意事項を一つ申し上げます」
「はい」
注意事項、それは大事なことです。
「騎士団長はだいぶ前のことではありますが奥方を亡くされています。その奥方のことは決して話題に出さないようにお願い致します」
「亡くなられた奥様、の話題ですか?」
「ええ。たとえ彼の方からそれを口にしたとしても、反応せずに流して下さい。いいですね?」
騎士団長様、奥様を亡くされてらっしゃるんですね。
きっと今でも傷心が癒えないのでしょう。
奥様のことを思い出すと、お辛い気持ちがよみがえってしまうのですね。
お可哀想な騎士団長様。
「はい、わかりました。気をつけます」
わたしはしっかりと頷きました。
「お願いします。……、ああ、騎士団の訓練場に着きました。ちょうど、休憩中のようですね。そこのあなた、騎士団長を呼んできて頂けますか」
神官長様は近くにいた騎士様を呼び止めると、そのように頼みました。
神官長様から声をかけられた騎士様は、サッと敬礼すると頼まれごとを実行する為駆け出していかれました。
「では、マリアベル。少し待って…………、は?」
「はい?」
突然眉を顰めた神官長様に、わたしは首を傾げました。
「そんな……、勇者が……。……っの子は、……いえ、わたしが向かいます」
「あの?……」
「申し訳ありません、マリアベル。わたしは至急勇者のところへ向かわねばならなくなりました」
「それはかまいませんが。ええと、今何をしていられたのですか? いえ、それより勇者様に何か?」
「今していたのは念話です。神官の間でのみ利用可能なものですが、それはまた後日の説明で。それで、勇者の様子を監視させていた神官より緊急で連絡がきたのですが、勇者が少しやらかしてしまったようなのでわたしはその対処に向かいます」
念話。
すごいものがあるんだなと感心しつつ、わたしは頷きました。
「はい、わかりました。ところで、勇者様がやらかしたとは、何をですか?」
「小物の魔物の排除に苛立ったのか、力の加減を誤って山一つ吹き飛ばしてしまったそうです」
「そうなんで……え?」
山一つ?
山?
「人がいない山のようであったのはせめてもの救いですが……、ああ、すみません。もう行かなければ。申し訳ありませんが、騎士団長にはあなた一人でお願い致します。それではまた」
そう言うと、神官長様は慌ただしく去っていかれました。
わたしはその後ろ姿をぼんやりと眺めつつ、一人「山ってどうやって吹き飛ばすものなんだろう」と静かに混乱していました。
「……そなたが、マリアベルか?」
なので、その問いかけられた声で、やっとわたしは騎士団長様との初のご対面に一人残されたことを思い出したのでした。
慌てて振り向いたそこには、三十代後半の年齢らしい、精悍なお顔の立派な騎士様が立っておられました。
身につけていらっしゃる鎧もとても立派なものです。
おそらく、この方が騎士団長様かと思われます。
そして、半端ではない威圧感オーラがひしひしと。
わたし、一人で何の情報も橋渡しも無い状態でご挨拶ですか?
神官長様、心の準備をする間もなく放置はちょっとひどいかと思います……。
わたしは途方に暮れた思いで、目の前の騎士様を見上げたのでした。
騎士団長とのご挨拶は次回へ続く。