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006

「待ってくれ。まだわからないことが多過ぎる。どうして、何を踏まえたら僕はお前と一緒にいなきゃならなくなるんだ」

「貴方ねえ、察しが悪いとか言われない? もしくは空気が読めないとか。貴方は私の呪いなの。私の知らないところで妙な行動をされても困るのよ」

「その呪いってのも何なんだ? このロザリオが関係しているらしいけれど、それならむしろ僕は離れていた方が良いんじゃないのか?」


 僕は何も考えず、御ノ々御に向けてロザリオをかざす。


「ッ、やめろ」


 瞬間、御ノ々御の鋭い声が上がる。

 見ると彼女は、冷静な声色に反して息を荒くしており、きつく唇を結んでいた。

 『ロザリオを出す』

 僕のたったそれだけの行動で。


「……不意に向けないで。直視すれば目が潰れる可能性もある。そのくらい強い力を有しているのよ。例えば私が、"ロザリオを持つ貴方が移動した場所に立ち寄るだけで体調が悪くなる"くらいには」

「だ、大丈夫なのか?」


 心配する義理は欠片ほども存在しないが、つい訊いてしまった。

 さっきからずっと近くにいるのだし、かなり影響があっても不思議ではない。

 しかし、僕の思いを御ノ々御は鼻で笑うと、


「心配なんて邪魔だから要らないわ。悪くなると言っても私の場合は誤差の範囲だし。さすがに長時間は厳しいかもしれないけれど」


 と言った。

 若干信用ができないが……今に始まったことじゃない。

 知らなかったとはいえ、昨日あれだけ僕に近付けていたのだから、きっと真実だろうが。

 それにやはり心配するべきでもないのだ。

 先ほどは否定されたが、僕とこのロザリオを疎ましく思っていることは口振りから確実であり、恐らく処理をしたいのだと考えられる。

 であれば、言いたいことも大体の予想がついてくるのだが――


「そろそろわかったかしら」


 いいタイミングで、御ノ々御が言う。


「思わぬ地雷になりかねない貴方を放置しておくのは危険なのよ。だから私に付き従えと言ったのだけれど、理解できた? 大丈夫? 私が何を言ったかわかる?」


 数分前には息を荒くしていたことを忘れたのか、御ノ々御はおどけるように訊いてくる。

 もう一度ロザリオを取りだしてやろうかと考えたが、一回で十分だ。

 その代わりと言ってはなんだが、一つだけ確認したいことがある。


「私だけを信用しなさいって言ったよな」

「ええ。それが?」

「どういう意味だ?」


 はあ、と落胆を声に出す御ノ々御。

 その様子に大したことはなかったのかと感じたが直後、僕は衝撃の事実を知った。


「随分とつまらないところを気にするのね……私以外に正しい記憶は存在しないからよ」


 返答に、思わず言葉を繰り返してしまう。


「どういう意味だよ……」

「さっきからどういう意味どういう意味って、口癖なの? それとも精神の病気? 私以外に正しい記憶は無い。事実よ」

「だからどういう意味だって訊いてんだよ!」


 全く進展しない問いと答えに、つい声を荒げてしまう。

 御ノ々御は大きく息を吸って、大きく吐きだした。

 気分の悪さと不愉快さが混じったような呼吸だ。


「こんな気持ちになるのは初めてね……今まで怒鳴られる経験が無かったからかしら? 心底、口惜しく感じるわ」


 言いながら、僕の目を激しく睨む。

 眼力で人が殺せるならば、とっくに僕は死んでそうな迫力を携えている。

 そういう力も持っているのだろうか。

 先ほど開いた距離を、御ノ々御は詰めてくる。


「殺したくても……殺せないことがこんなにも」

「説明……してくれよ」


 不意に、どうしようもない気持ちが溢れだす。


「意味を教えてくれ。いや……どうして僕はこんなことに巻き込まれてるんだ?」


 その問いには、酷く優しい声で答えてくれた。


「そうね。強いて言うのであれば、ロザリオを手に入れたことが原因ね。手に入れていなければ、事実を知らずに済んだのだもの。今まで通り、何も知らずにいた方が幸せだったと思うわ」


 ……。

 ……"今まで通りに、何も知ら"ない?


「正しい記憶というのは……」

「言わなくていいわよ。私がはっきりと言ってあげるわ。私だけが、正しい記憶を持っているの――そう、私には……いえ、吸血鬼にはね、多少であれば記憶も弄ることもできるのよ。憶を弄ることによって誰にも気付かれない。吸血鬼がいることも、血を吸われたことも、それを目撃したことも。全部知らないまま、皆ここの学校を卒業するわ。全部知らないことにされたまま」

「そうして、生きてきたわけか……?」

「ええ。百年より先は数えるのを止めたわ。……ああわかった!」


 御ノ々御は嬉しそうに僕の頬をつついてくる。


「心が躍る感覚なのは新しいからね。どれだけ不愉快でも、どれだけ失望しても、どれだけ気分が悪くなっても、どれだけ悲痛になっても、気まぐれが起きたのも、機嫌がいいのも、全部新しいからよ。百年間存在しなかった目の前の厄介さが新しいのよ。死にたくないから生きていた一昨日までとは全く違うわ。……ふふん。可能性の形を変えるわ。私を殺す可能性ではなく、私に生かされる可能性を貴方にあげる」


 なんだ、これ。


「どうして僕がこんな目にーとか、どこで道を踏み違えたのかーとか。どうにもならない感情を吐露したくて堪らない顔ね。も駄目。煩わしいから泣き言なんて言わせない。私が言ったことは事実だし、ここまで知った貴方はどうあれ元の生活には戻れない。なら、せめて愉しくいればいいのよ」

「愉しくなんてッ!」


 怒りに身を任せ、ロザリオを思い切り投げつける。

 そんな僕の行動を、しかし御ノ々御は一笑に付し、易々と避けてしまう。

 僕は、次の瞬間にはベッドの上に転がっていた。


「貴方の強みはロザリオだけなのだから常に身に付けておくべきね。投げるのはもってのほかよ」


 後ろから声がする。

 ああ……後ろから押されて、だから僕はベッドの上にいるのか。

 と、認識が追いつく。


「それにねえ……いくら弱点とはいえ、慣れるのよ」


 笑顔を崩さないまま、御ノ々御が言う。


「かつて吸血鬼に致命傷を与えるに役立った植物があるのよ。人間どもはそれを磨り潰すなどして、武器に塗り込んで使っていたわ」


 それは知らなかった。が、感心も関心を示す場合でもない。

 かつてということは、今の僕には役立たない知識であるのだから。


「けれども今は無駄でしょうね。克服できてしまうのよ。長い長い年月をかけて、少量ずつ摂取して……全く効かなくなる」

「ロザリオもそうだと?」

「答える必要がある?」


 あくまで明言はしてくれないんだな……。

 だが、参考にできる情報ではあった。

 克服できるとはいえ、それには長い年月を必要とするらしい。

 ならば一日二日程度では、完全な耐性がはまだ生まれていないはずだ。

 もう一度ロザリオを手にすれば、身は守れるかも――


「心配しなくていい」


 隙を窺う僕に対し、あろうことか御ノ々御は背を向けた。

 向けたまま、言い放つ。


「貴方が考えていることは正解よ。殺すのは当面先なのだから、些末な動きなど気にも留めないわ。拾いなさいよ」

「……」

「拾え」


 動けない僕に、御ノ々御は命令する。


「拾えッ!」


 渋々、僕はロザリオを探す。

 今後は今まで以上に悪い日々が続いていくことを感じながら。

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