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002

 それは僕がクロスを手に入れてから二日後のことだった。

 クロスではなく、ロザリオであることに気付いていないがゆえに、

あろうことか首にかけて生活をし始めてから、二日後のことだった。

 学校。

 二時限目の授業中に、恐らく学校中に女子の「絶叫」が響いた。

 僕が正確な様子を知ることができる範囲は僕の教室だけではあるが、少なくとも絶叫以降、机とキスをしている人は見当たらなかった。

 実際に体験すればわかるが、寝ている人間が飛び起きるほどの音量や声量というものは中々無い。

 それだけ先ほどの声が大きかった証拠だろう。

 「それだけ大きな声を出すことになる事態が起きている」ことにもなる。

 かと言って、すぐさま教室を飛び出して現場を確認しにいくほど、僕は好奇心に溢れていない今時の生徒であったので、とりあえずは時刻の確認と先生の対応を見守っていた。

 と。

 言えば聞こえはいいが、実際は、だ身体を動かしたくなかったのだ。

 原因が分からずとも、身体も時には不調を訴えることもあるだろう、そのタイミングがたまたま重なっただけだと思っていたのだが、クロスを身に付け始めてからどうも体調が優れていなかった。

 周りには気付かれない程度であったものの、どうにも押し潰されるような感覚に日夜襲われていた。

 先生は様子を見てくると言い、僕らに自習を言い付け、声がした方とは逆へと走っていった。

 行き先は恐らく職員室だろう……意気地の無い。そんなことを僕が言っても、格好が付かないんだけれどさ。

 沈黙が教室を支配したが、数分でその天下は終わる。

 職員室から先生方が一団となって出てきたからだ。

 途中で教室を横切ったが、僕らには目もくれなかった。

 ただ困惑の表情を浮かべている人ばかりだったと思う。

 二時限目は、それで終わった。

 休み時間。

 に、僕とは違って向こう見ずな生徒らが、現場に向かったらしい。

 先生の帰ってこない三時限目の教室の中で、同じクラスのやつらがそう話しているのが聞こえた。

 しかし、先生方が尊敬するような速やかな処置を施したせいか、何があったのかはわからなかったようで、教室内はその話題で持ち切りだった。

 その中で唯一情報と呼べるものは次の二つ。

 ・放送室で三人の女生徒が倒れていた。

 ・声を上げたのが誰なのかわかっていない。

 この二つは不注意な先生が話しているのを盗み聞きしたものらしく、信用できると言えなくもない。

 だが、例え真実だったとして、どうすることもできない。

 三人が倒れたという事態があったところで、その三人に話を聞きに行く勇気は僕には無い(今は保健室にいるらしい)。

 声を上げたのが誰かわからないのだとしても、「だからどうしろと」としか言いようがない。

 だが。

 あくまで僕は「すぐさま教室を飛び出して現場を確認しにいくほど、僕は好奇心に溢れていな」いだけであり、他の生徒達が下校し、校内に残るのは室内で活動する部活に所属している者のみとなる、放課後に行動を開始した。

 まずはというか結局はというか。

 僕は放送室に向かった。

 その道中で(と言っても二分も要らない距離である)、首にかけているクロスを外し、なんとなく祈っておいた。

 不思議と力が湧いてくるような気が……するわけがない。

 気分は幾分かマシにはなったので、結果的に使い方としては合っていたのかもしれないが。

 ただその時の僕は、クロスの扱いが悪かったため切れてしまいそうなパーツが気になり、首にかけ直すことはせず、胸ポケットに仕舞っておいた。

 放送室の扉には「立入禁止」と書かれた、いかにも即席の看板が置かれていた。

 僕は興味も示さずにそれを横にどけておき、中に入った。

 というか、入れてしまった。

 鍵をどう都合を付けるかが最も大きい問題だと思っていたのだが……都合が良いので、この件は放置しよう。

 先生方も焦ったのかもしれないし。

 そうして中に入った僕を待ちうけていたものは、普段の放送室だった。

 普段と言うほど中に入る頻度は高くないが、掃除の担当であった時期もあったので知っている。


「しかしあまりにも……」


 ――カチリ、と。

 後ろで鍵がかかる音がした。

 大丈夫だ、中からなら自由に開けられるから、出られなくなる心配は無い。

 もしかすると締め忘れたことに気付いた先生が戻ってきたのか?

 ならば看板が横にずらされていることにも気付くはずだ。

 気付けば、確認のために中を覗くだろう――と、様々な考えが頭を過ったが、音に対し、反射的に振り向いた僕の目の前にいたのは、一人の女生徒だった。

 クラスも学年も違う相手だが、名前を知っている相手だ。


「初めまして。私、御ノ々御 美瑳です」


 いきなり現れ、唐突に名前を名乗られたせいか、つい「僕は」と自己紹介をしてしまいそうになる。

 こんな状況でも"ある"のかはともかく、礼儀としては名乗った方が良かったのかもしれない。

 僕は一つ息をつき、


「……変わった名字ですね」


 と言った。

 不自然さは無かったと思う――初めてその名字を見たときにも感じたことだ。

 参加はしていないが、時代遅れで無意味の代名詞である、ミス・コンテストがこの学校ではあって――


「ええ。私しかいませんもの」


 御ノ々御は、思考を遮るような声で言う。

 決して声量が大きい等の理由からではなく、言うなれば親が子供に本心から忠告を入れるときのような、上の立場の者が下の立場に向かって告げるときの、一切の反論を許さないという意思が込められていたと感じたからである。

 私しかいない……とは、私しかいないという意味で良いのだろうか。

 二の句が告げない僕に向けて、御ノ々御は続ける。


「……さて。こうも上手くいくとは思ってなかったわ。私の観察眼も捨てたものではないということね」

「何の話ですか?」


 下の学年の生徒に敬語を使うのもどうかと思うが、高圧的な態度を取りたくなかったというのもある。

 今の行動が将来どこで関係してくるのかわからないし。

 いや、本当に将来を心配しているのであれば、そもそも放送室に忍び込んだりなどはしない。

 心のどこかで大丈夫だと確信している自分がいる。

 ならば言葉遣い程度、そこまで気にかける必要も――「あなたのせいなのだから……」


「ッ!」


 目の前に、御ノ々御が、一瞬の間に。

 そのまま、細い指で僕が着ているカッターシャツを、ボタンを無視して"開き"、胸元を露出させた。

 もはや隙があったという次元ではなく、気付いたときには終わっている。

 直後、僕は肩を押され、尻もちをつきながら後ろに倒れ込む。

 半身を起こし――その状態から見上げた御ノ々御の表情は、ただ笑みを浮かべているだけであった。

 場違いな感想ではあるが、その時僕は、御ノ々御の笑顔に対し、美しいと思っていた。

 そうでもなければ、二の句どころか三の句すら発せなくなるとは考えにくい。

 御ノ々御は僕の足元で跪くように身体を折り、硬直状態と言うべき僕の身体を、

まるで登るようにして這い寄ってきた。

 その目は獲物が既に逃げられないことを知っている捕食者の色に変わっており、本能的な恐怖を覚える。

 相まって、余計に動けない。

 まるで引っ掛けるような形で服越しに掴まれる身体の部位。

 それがじょじょに上がってくる感触は、一生忘れられないだろう。

 目を必死で閉じることで本能に逆らっていたのだが……その内に御ノ々御の動きが止まった。

 ゆっくりと目を開けると、御ノ々御は僕の腹に両手をつき、僕の顔を覗きこむようにして、やはり笑っていた。

 浮かぶんでいるのは「愉しみ」の感情。

 またもや場違いな感想を……述べている場合ではない!

 多少手荒くはなるが、振り払ってでも――「慌てないでよ」


「っつぅ……」


 次の瞬間、右肩を床に叩きつけられた。

 脱臼でもしているかのような痛みが全身に広がる。

 そして肩に引っ張られる形で、上半身全てが床に着いた。

 衝撃で思わず左右に広げてしまった両腕を、御ノ々御は膝で抑え込み、僕の身体に馬乗りになる。

 完全に組み敷かれた。

 これから何をされようとも、およそ抵抗はできない――どうして彼女にこのような力が? と、遅い疑問。

 御ノ々御に困惑の表情を向けると……彼女は、僕の顔を見て垂れた髪を耳にかけた。

 「答える必要はない」そういうことらしい。

 しかし先ほどの仕草を僕はよく見ているような…………そうだ、まるで食事をす――――かぷ。

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