001
「では、こちらだけ置いてゆきます。私も心苦しいのです」
死後の世界を語る人にろくなやつはいない。
個人の宗教観が弱いこの国で、魂の行く末なんてものを気にしているのは、生涯を通じて所属することは絶対に無いと言えるだろう団体の一員か、老い先短く、すがるものが他に無くなってしまった人だけだ。
前者は僕の家にもよく訪れる。
いや、後者に訪れられても怖いのだが。
その時間帯はほとんどが昼過ぎ――誰かしら家にいるだろうという見込みをもってそうするのだろうが、生憎こちらとしても都合の良い時間帯であって、「昼食を作るために火を扱っている」と言えば、あっさりと帰ってくれる。
もし帰ってくれずとも、話を聞けない姿勢を取ればいいだけのことだ。
しかし……最近は地区担当がよく変わるな。
一番古い記憶では、年配の女性が来ていたはずなのだが、ほんの一ヶ月前にその娘(以前から親に着いてきていた。可哀想な生まれだ)に代わり、二週間前には男性となり、一週間前はまた別の男性。
不信感を持たれないようにするのであれば、同じ家には同じ人を向かわせると思うのだが……以前と方針が変わったのか?
そしてさっきのは……どんな人だったっけ。
声からすれば男性、だと思う。それもかなり歳老いていた……ような気がする。
「何かを置いていくって言ってたな」
僕はぼそりと呟き、出来上がった料理をフライパンから皿に移し、確認のため玄関に向かった。
外にさっきの人がいないことを慎重に確かめた後、ゆっくりと玄関の扉を開ける。
かしっ、と擦れるような、ぶつかるような音がした。
「ん、え?」
地面に、装飾の施された箱が置かれていた。
ここで呆けても仕方が無いので、とりあえず箱を手に取り、家の中へと戻る。
玄関口で、まずは箱の外装を検分する。
…………"重さ"というか、内容物が一流品であることを周りに知らしめるかのような見た目だ。
一流品を仕舞うために作られた箱であると言ってもいい。
どうしてそんなものを置いていったのかという疑問は残るが、中を確認することにする。
少し開け方に戸惑ったものの、変に傷は付けずに済んだ。
「クロス、か」
中に入っていたのはクロスだった。要は十字架のことであるが。
箱の気品に当てられたのか、格好を付けてみたくなったのだ。
まあこれは後ほど知ることではあるが、入っていたものは、実は十字架ではなかった。
正確にはロザリオ、というらしい。
一度違いを覚えれば嫌でも見分けが付くらしいが……当時の僕には無理だった。
だが、この間違いが無ければ、僕はずっと気付かずに過ごしていたのだろう。
"過ごせていた"と言うべきかもしれない。
それは僕がクロスを手に入れてから二日後のことだった。