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Beautiful bow  作者: 天猫紅楼
9/31

親友リブライト・ティス

 それから数日経っても強盗の残党は現れることはなく、私は変わらない生活を送っていた。

 仕事の依頼が来れば、オヤジに従って獣狩りに出かけ、何もない日は体力作りや精神力を鍛える訓練をする。 最近は自分の体の状態も分かってきて、それに合わせたトレーニングを出来るようになった。 もう先輩やオヤジに頼らなくてもある程度は自分で考えて動ける。

 時間が空いたので掃除をしようと、布巾を持って机の上を拭いて回っていると、リブライト・ティスが腰をくねらせながら近づいてきた。 

 ティスは私の親友だ。 私がここに来て初めて、声をかけてくれた女の子。 容姿端麗で、女の武器をよく知っている。 そしてかなりのマイペースだ。 時々振り回されるけれど、それでも基本的に彼女は優しい。

 ティスは緩いウェーブの掛かったブロンドの髪の毛を揺らして

「シーーエロッ」

と歌うように私の顔を覗き込んだ。 少し吊り目のブラウンの瞳がキラキラと輝いている。 私は少し引き気味に

「どうしたの、ティス? やけに嬉しそうね? 何か良いことでもあったの?」

と尋ねると、ティスは綺麗に彩られた爪の人差し指を立て、赤くリップの塗られた唇を尖らせた。

「シエロ、私がこんなにウキウキすることなんて、そうそうないわよ? もうすぐアレの時期じゃないの!」

「アレ……って?」

 急には何も思い当たらず、きょとんとする私。

 だいたいティスがウキウキするところなんて、しょっちゅう見てるような気がするのよね。 デートの日とか、新しい服を手に入れたとか、こんなに毎日を楽しく生きているティスがうらやましく思えることがある。

「はて、何かあったかな?」

 私が視線を泳がせながら考えていると、ティスは

「もぉーーうっ!」

と天井をあおいで額に手を当てた。

「シエロ! 毎年のイベントでしょうが! ドレスパーティー!」

「はっ!」

 それを聞いた途端、私の背筋が一瞬で凍り付いた。

 【ドレスパーティー】とは、毎年この時期に行われるヴェナトーネのイベントだ。 一年の働きを労って、この日はキャリアも階級も無礼講。 皆が対等に着飾って食べたり飲んだり、歌ったり踊ったり。

 とにかく楽しいパーティーイベントだ。 皆にとっては……

「そっか……もうそんな時期なんだね」

 私はため息を吐いて布巾を置いた。

「困ったな……」

と腰に手をやる私に、ティスは首を傾げて迫った。

「何も困ること無いじゃない。 素敵なドレスを着て、美味しいものを食べて飲んで、歌って踊って! これ以上の楽しみは無いじゃない? まさかあんた、また裏方に回るつもりじゃないでしょうね?」

 私はその勢いに押されながら、苦笑いを返した。

『その通りなんです』

 ティスは私の心を読んだように細い目を向けると

「あんた、ここんとこずっと参加してないじゃない? もったいないよ! すごく楽しいイベントなのにさぁーー! それに――」

と呆れたように言いながら私の頭を撫でた。

「せっかく可愛いのに。 ジーナスくんにドレス姿のシエロを見せてあげたらきっと、一発で見る目が変わるわよ?」

「そっ! そんなんじゃないもんっ! 私は……」

「うん?」

 俯いた私を覗き込むティスに、視線を合わせられなかった。

「私は、裏方の方が好きなのよ!」

 私はこのイベントが苦手だ。 どうも派手なパーティーというものに抵抗があるようで、なかなか気が進まない。 子供の頃は純粋に楽しんでいたはずだった。 料理は美味しいし、皿に並ぶ珍しい果物や料理にワクワクしたものだ。 先輩に髪飾りを付けてもらったり、綺麗な服を着せてもらったり、楽しかったはずだった。

 いつの頃からか、どうにも気持ちが乗らなくなって、裏方を志願するようになっていた。 皆はパーティーを楽しみたいがため、私が裏方をすることに誰も異存はなかった。 むしろ、喜んでいたようだ。 それでいいのだ。 私も気楽に居られる。 



 それからしばらく経って、本格的にドレスパーティーの計画が始まった。 いつものように私が裏方を希望すると、皆は喜んで賛成した。 そして料理の手配、衣装手配などの担当を決め、ヴェナトーネの中は、仕事のかたわらをお祭りムードが包んでいた。

 私は衣装のレンタルを担当した。 皆に注文を聞いてお店に依頼する。 男たちはまだしも、女たちはそれぞれに注文が多い。 レースやリボンが多めがいいだの、体のラインを出したい出さない、色の希望も実に様々。 目の回る仕事だが、イベントに参加するよりはずっとマシだ。

 私は仕事のことよりもこのイベントの準備のために、夜遅く帰ることが多くなった。 その日もすっかり暗くなった窓の外をちらりと見ながら、書類に目を通していた。 獣狩りという仕事との内容は違うが、やるからには失敗はしたくないし、ちゃんと最後まで責任を持ちたい。 皆が気持ち良くドレスパーティーを楽しめるように。

 作業も一段落着いたので、片付けて部屋を出た。


「帰るのか?」


 不意にかけられた声に振り向くと、オヤジが上着を肩に引っ掛けて立っていた。

「うん。 とりあえず一段落ついたから」

 頷く私に近づいたオヤジは、私の肩をポンポンと優しく叩いた。 大きく温かい手のひらが気持ち良かった。

「シエロは、何でも頑張るな」

 そう言って微笑むと

「たまには、一緒に帰るか?」

と背中を向けた。 断る理由はない。 私は

「うん!」

と大きく頷いてオヤジの背中を追った。

「すっかり暗くなったな。 シエロ、久しぶりにうちで飯でも食うか?」

 夜空を見上げながら言うオヤジに、喜んで返事をした。

「行く行くっ! でもさー、オヤジの手作りじゃなくてジイの手作りでしょ?」

とからかうと、オヤジは軽くげんこつを落としてきた。 舌を出しながら、昔こんな楽しい瞬間があったなぁと懐かしく感じていた。

 そして私は、数年ぶりにオヤジたちの家で夕食をご馳走になった。 ジイが作る料理は、素朴ながら温かく懐かしいものだった。 それを頬張りながら、ヴェナトーネや日々の生活での出来事を話した。 オヤジもジイも、興味深く聞いてくれた。 あの頃、楽しかった時間が再び戻ったような、幸せな時間だった。

 夕食も終わり、まったりとお茶を飲んでいると、オヤジが穏やかな瞳で私を見つめながらぼそりと言った。

「で、最近ジーナスとはどうだ?」

「えっ? どうって?」

「進展はあったか?」


 ブハァァッ!


 思わず吹き出してしまったお茶が、目の前のジイに直撃した。 しかし今はそんなことに構っている場合じゃなかった。 

「あちちちち!」

と慌てふためくジイを横目に、コップをテーブルにガツンと置いた。

「なななっ! 何言ってるのよっ? 進展ってどういうこと? ジーナスが何って?」

 私はオヤジに掴み掛かる勢いで、テーブルに身を乗り出した。 するとオヤジは首をかしげ、

「なんだ。 お前たち、そんな関係じゃなかったのかぁ?」

とつまらなさそうに呟いた。

「あああったりまえでしょっ! なな何で私があああんな奴とっ!」

 上ずる声に噛みまくる言葉。 混乱した頭の中で、いろんな思いがもみくちゃになっていた。 そんな私をオヤジはまた優しく見つめているので、もうそれ以上叫び散らせずにおとなしく座りなおすと、視線をそらせた。

「私はジーナスのこと、そんな風に思ってないから……なかなか呼ばせてくれないけど、心の中ではお兄ちゃんだと思ってる。 とても大切な、お兄ちゃんだって……」

 そう呟く私を、オヤジはまた黙って見つめて微笑むと

「ふう~ん」

と鼻を鳴らした。

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