盗人登場
『誰だろう?』
数人の男たちが何やらにやついた顔をして下りてきたのを見て、どこか嫌な予感がした。 私は秘かに身構えた。 やっと顔が見えるところまで近づいてきた、男たちは私の顔を見ると、いやらしく口角を上げた。
「よう、お嬢ちゃん。 少しばかり、武器をもらえねえか?」
「えっ!」
私は確信した。
『この人たち、ヴェナトーネの仲間じゃない!』
それと同時に、心の中で舌打ちをした。
『ジイったら、結界張ってなかったの?』
いつもならこの武器庫は、怪しい輩が入ってこないように、関係者以外は入れないように結界が張ってあるはずなのだ。 私は平静を装いながら、カウンターの下から名簿を取り出した。
「ではここに名前と登録番号、それから――」
私の言葉は、カウンターにどんと振り下ろされた拳の音で遮られた。 男はずいっと顔を近付けてきて
「なあ、お嬢ちゃん。 痛い目にあいたくなかったら、その手にしている武器をこっちに渡しな」
と、静かに脅迫した。 私が黙っていると、違う男が横から顔を出した。
「奥にはまだたくさん武器があるんだろ? 俺たちはそれをいただきに来たんだ」
あきらかに蔑んだ目で見られて、私の気分はかなり害された。
「お断わりします。 ここは武器屋ではありません。 もし手に入れたいのでしたら、ここではなく、ちゃんとした町の武器屋へ行ったらいかがでしょう?」
丁重に断ったつもりだった。 だが男たちがそれで引き下がるわけがなかった。
「ふうん。 じゃあ、少し眠っててもらおうかね?」
男の太い腕が、容赦なく私に伸びてきた。
「はっ!」
私はそれを軽くいなしてジーナスの剣をカウンターの下に置くと、自分の剣を鞘から振り抜いた。 すると男たちはにやりと笑い
「やる気かい? あんたみたいな子供が、強い俺たちに勝てると思ってんの~~?」
そう言いながら、小麦色に焼けた太い腕を自慢げに見せてきた。 そんなものを見ても、私には何の驚異もなかった。 ただ心配だったのは、狭いこの空間で思うように動けるかどうかということだけだった。 私は挑発するように口角を上げてみせた。
「痛い目にあいたくなかったら、お引き取り願いましょうか?」
その言葉に、男たちの眉がぴくりと動いた。
「なんだと?」
「下手に出てやったのに、舐められたもんだなあ!」
そう言いながら顔を見合わせた男たちは私に照準を合わせて襲い掛かってきた。
「はっ!」
私は彼らの腕や頭を踏み台に飛び上がると、天井に渡してある木組を掴んで背後に回った。
「くそっ! すばしこい奴だな!」
イラつく男たちの周りを擦り抜けながら走り回ると、男たちは私を捕まえようとくるくると回り、絡まるように倒れた。
「さあ! これでも?」
その鼻先に差し出した剣先に目を寄らせ、男たちは目を回した。 その時、後ろから気の抜けた声が聞こえた。
「なんじゃ? 騒々しいのう?」
私は振り返るなり怒鳴った。 その声に聞き覚えは充分ある。
「ジイ! どこに行ってたのよ?」
ジイは首をかしげ
「わしはちょっと用を足しにじゃな……はて、その人たちは誰じゃ?」
「私が聞きたいわ! 武器を狙ってきたの! 私がいなかったら、根こそぎ盗られる所だったのよ! 結界張ってなかったの?」
「あ……」
としまったという顔をした後、ジイはまくしたてる私に両手を上げて落ち着かせるような仕草をしたが、私には通じなかった。
「とにかくこいつらを拘束するわよ!」
イラつきながら私が体を退けると、ジイはゆっくりした動作で懐から手を振り抜くと、手のひらから気が作り出す網が飛び出した。 そしてそれは、ただ目を丸くして慌てる男たちを、あっという間に包み込んだ。 その端をきゅっと引いたジイは、にこりと笑った。
「ほい。 捕獲完了じゃ」
「さすが【光網のチョーナム】ね!」
ジイの本名は、タヴィニー・チョーナム。 オヤジと呼ばれるタヴィニー・デュクスの父親だ。 昔は名の知れた捕獲専門の狩人だったが、今は引退してこの武器庫を管理している。 さすが、歳はとってもまだまだ現役として働けるほどの力は持っている。
おっと、感心してる場合じゃなかった! 私はすぐにオヤジたちを呼び、男たちは町の安全を司る安定機関に引き渡された。
「あいつら、最近あちこちでコソ泥を働いていて、手配されていた奴らだったそうだ。 シエロ、よくやったな! しかしよくこんな狭い所で戦ったなぁ?」
武器庫の中を見回しながら、オヤジは感心した様子で何度も首を傾げていた。 私は半ば照れながらその時の様子を詳しく説明すると、オヤジは納得したように頷き
「一番悪いのは、結界を張り忘れたことだな」
と細い目でジイを見た。 当の本人は、そそくさと帰り支度をすまして帰ろうとしていた。 その時、扉が勢いよく開いて、ジーナスが駆け込んできた。
「泥棒が入ったって、本当か?」
息急き切って周りを見回すジーナスに、オヤジは呆れ口調で言った。
「もう終わったよ。 お前、【伸足】の割に一番遅かったじゃねーか!」
「何だ! そうか! シエロ!」
「はっ、はいっ?」
急に名前を呼ばれて驚く私の肩をつかみ
「何かされたか? 怪我はしてねーか?」
と顔を覗き込んできた。 私はその勢いに負けそうになりながらコクコクと頷いた。 そしてオヤジの
「ジイが、武器庫の結界を張り忘れたんだ」
という言葉に
「ジイはどこだあ?」
といきりまいた。 すると、そばで後片付けをしていたヨハネが、細い指で床を指差した。
「あそこで伸びてるわ」
ジイは駆け込んできたジーナスに突き飛ばされ、目を回していた。 そのジイに馬乗りになると
「ジイ、てめえ! 何してくれるんだ!」
と、容赦なく殴りかかりそうになったので、私は思わずジーナスの背後から羽交い締めにした。
「ジーナス落ち着いて! 私はもう大丈夫だから! それ以上やったら、ジイが死んじゃうよ!」
必死で止める私を振り落とす勢いで体を揺らしながら、ジーナスはジイに怒鳴った。
「オヤジの剣が盗られたら、どうするつもりだったんだっ?」
「へっ?」
「あれは俺の物なんだからなっ!」
『私のだってば……』
私は呆れ返って体を離した。 ジーナスはジイの胸ぐらを掴んで激しく揺らし、ジイは抵抗もできずに、されるがままに頭をグラグラと揺らしていた。
「なんだ……私のことを心配してくれたわけじゃなかったのね……」
しょんぼりと体を離し、呟いてため息を吐く私に、オヤジは
「まあまあ」
と肩を叩いて笑った。




