オヤジの剣
武器庫の中、私は手入れをし終えたジーナスの剣を見つめていた。 自分の顔が映るほど研かれた刃、くどくない装飾が施された塚。 軽く両手を広げたくらいの長さの剣を鞘に収めると、すでに手入れが終わっている自分の剣の隣に置き、思い切り両腕を上げて背筋を伸ばした。
昔を思い出すと、心の端がちくりと痛む。 私の実力はまだまだだ。 小さく息をついて、自分の剣を手にした。 指二本で握れるほどの細長い剣先は何物も突き刺す。 今まで、数々の獲物を仕留めてきた。
いつか、ジーナスに尋ねたことがあった。
訓練を終え、荒い息を整えるように草原に寝転ぶジーナスの隣に座って、空を眺めながら
「お疲れさま!」
と風を受けた。 汗ばんだ額をそのままに、ジーナスは
「シエロこそ! 最近だいぶ強くなってきたらしいじゃん? 皆、前に言ったことを撤回するって言ってるぜ」
と笑った。 その言葉に素直に喜びながら、私は笑顔を見せた。
「ねえ、ジーナスはオヤジの息子なんでしょう?」
今まで当たり前に一緒にいて、初めて感じた疑問だった。 すると、ジーナスはきょとんとした顔をした。
「違うよ。 なんで?」
軽い口調で言うと、近くの草をちぎって口に入れた。
「えっ? だって、一緒に住んでるし、なんか、似てるから」
「ええっ! 似てるって?」
ジーナスはいきなり起き上がると、眉をしかめた。
「俺があんなかっこつけの女好きのどこと似てるってんだよ?」
「あははは。 そうやってムキになるとこ!」
「なんだよ!」
そう言って頬を膨らませた後、ジーナスは少し顔を緩ませた。
「でも、『似てる』って言われるのはなんか嬉しいな」
「ふうん?」
「俺さ、オヤジに弟子入りしたんだ」
「弟子入り?」
ジーナスは空を見上げた。
「オヤジの戦いってさ、スゲー格好良いんだ! 偶然、町外れで獲物を捕らえるところをみたんだけど、そう、まさに一目惚れってやつ! 俺もあんなふうに強くなりてえって、即行! 弟子にしてくれって頼んだんだ」
「それで一緒に生活してたんだ?」
「ああ! 全部見たかったからな! 普段の生活やちょっとした仕草にも、戦いのヒントはあるって」
「へえ~~」
私の知らないジーナスの過去だった。 自信たっぷりに話すジーナスの横顔に、オヤジが重なった。 似ているのか、似せているのか、もうどうでもよくなった。 彼は彼のやり方で強くなろうとしているんだ。
私は、あぐらをかいて思い切り腕を伸ばした。 運動上がりの体全体に血が行き渡るようで気持ち良い。
「私はオヤジの戦うところは見たことはないけど、強いってことは分かるわ。 あの時、私を助けてくれたのはオヤジでしょう? 凄く巨大な鳥が一瞬で倒れていたんだもの!」
私が気が付いたとき、目の前にはさっきまで好き勝手に暴れ回っていた鳥が静かに息絶えていた。 それはオヤジが仕留めたのだと思っていた。 するとジーナスは目を丸くして私を見た。
「何言ってんだよ? あれはお前がやったんだぜ?」
「えっ?」
私はジーナスの言っている意味が分からずにきょとんと見返した。 彼は慌てて補足した。
「だぁかぁらぁ~~! あの巨大な鳥はお前が仕留めたんだってば! 俺もあの時オヤジに付いていって、目の前で見たんだから、間違いねーよ!」
「嘘? だって私、そんな力無いよ」
全く身に覚えのない私に、ジーナスは詳しく話し始めた。
「あの時、巨大な鳥が各地で暴れ回ってるって情報があって、俺たちはそいつを追ってたんだ。 そうしたら、鳥の目の前でつっ立ってるお前がいたんだ。 オヤジは慌てて駆け寄ろうとして絶句した。 一緒にいた俺も同じだった。 お前はあのでかい鳥の前で、何かを叫びながら自分の気を弓の形にした」
「私が……?」
「でもお前の左手に弓の形は出来上がったが、矢になるものがなかった。 だからオヤジはとっさに自分の剣をお前に渡したんだ」
「じゃ、じゃああの剣は……」
私はオヤジがくれた剣を思い出した。 自分の気をコントロールできるようになった頃、オヤジは
「今日からこれを使え。 お前のもんだ」
と、にっこりと笑いながら私の頭を撫でた。 私はただ自分に武器が与えられたことが嬉しくて、笑顔を返した。
「まさかあの剣がオヤジのものだったなんて……それに私があの鳥を仕留めたなんて……」
まだ何ひとつ信じられない私は、しきりに首をひねった。 だがまったく記憶がよみがえらない。 ジーナスが嘘をついているという風でもない。 後でオヤジに聞いてみようと思ったとき、ジーナスが大きな声を出した。
「そうだ! その剣!」
「えっ! 何よっ?」
「デュクスの剣、俺が貰うはずだったんだ! いつか認めてもらった時に、譲ってくれるって約束したのに!」
爪を噛んで悔しそうにするジーナスの横顔を茫然と見ていると、彼はちらりと私に視線を送った。
「ま、お前が持ってるなら、安心だけどな」
「どういうこと?」
「何でもねーよ! 絶対大事にしろよ! 俺の剣でもあるんだからなっ!」
そう言ったジーナスは勢いよく跳ね起きると、ヴェナトーネへと走っていった。 私はその背中を見送りながら、今しがたジーナスが言った話を何度も思い返すのだった。
――――
私は昔を思い出すのをやめると、自分とジーナスの剣を持ってジイの所へ戻った。 するとカウンターの辺りにジイは居なく、奥の倉庫にも気配はなかった。
「ジイ? 帰っちゃったのかなぁ?」
辺りも薄暗く、時計があるわけでもないこの武器庫の中では、今が何時かも分からず、とりあえず奥の武器庫へと剣を片付けに行こうとすると、階段の方から誰かが下りてくる気配を感じた。
「ジイ?」
迎える私の前に現れたのは、ジイではなかった。