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Beautiful bow  作者: 天猫紅楼
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ヴェナトーネにデビュー

 それから私は、そのままジイたちにお世話になるようになった。 両親も死んでしまった。 村も壊滅状態で、帰る家も無い。 身寄りのなくなった私を、ジイたちは当たり前のように受け入れてくれた。

「私、シエロっていうの」

 声が戻ったのは、それから数日後のことだった。

 ジイもデュクスもジーナスも皆優しくて、私はすぐに生活に馴染んだ。 恩返しのつもりで家事の手伝いもしたし、次第にジイと一緒に外へ出かけられるようにもなった。 

 数年も経つと、女っ気のない男所帯の中で私も感化されて、強くなった。 歳の近いジーナスとはいつも喧嘩が絶えず、まるで男の兄弟のように育った。 それをしつけるデュクスの怒号、ほぼ母親の代わりをしていたジイの困った笑い声に囲まれて、毎日が楽しかった。

 そんなある日、デュクスが私に言った。

「そろそろ、シエロも一緒に来るか?」

「えっ? どこに?」

 きょとんとしている私に、ジーナスが拳を握ってみせた。 よく焼けた小麦色の拳は、小さいながらもどこか頼もしさを醸し出していた。 あちこち傷だらけの顔で笑顔になると

「シエロも来いよ! 一緒に訓練しようぜ!」

「訓練?」

「そうさ、強くなるためにさ!」

 その時、私の脳裏にあの時の言葉が蘇っていた。


『強くなれ』


 暗やみに響く光り輝く言葉を、忘れるわけがない。 デュクスを見ると、熱い眼差しで私を見て頷いた。 あの時私に言葉を送ってくれたのはデュクスだったのかと、あえて聞いたことはなかったが、やっと確信できた気がした。 やっぱりあの時の声はデュクスだったんだ。 私は頷いた。

「うん! 私も強くなる!」



 ジーナスに連れられた先は、町の奥まったところにある、三階建ての建物だった。 大きな看板が一番に飛び込んできた。

<獣狩人 ヴェナトーネ>

 それがこの建物の名前だった。 ジーナスと共に大きな木製の扉を開くと、広い空間に十ほどの木製の机と、それに合わせて長椅子が設置されていた。 そのあちこちに、様々な様子の人たちが座ったり喋ったりしていて、なんだか皆楽しそうにしている。

「ここは……喫茶店?」

 キョロキョロと周りを見ながら呟く私の顔を両手で挟むように押さえ、ジーナスが無理やり奥を見させた。

「とにかく前を見とけ!」

「んん~~!」

 もがく私の視線の前に、デュクスが現れた。 左手にはパイプを持っている。

「あ、あれ? デュクスって、パイプ吸ってたっけ?」

 家でも、デュクスがパイプを吹かしている姿を見たことがなかった。

「まぁまぁ、見とけって!」

 楽しそうに言うジーナスの声を頭上に受けとめながら、私はおとなしく彼を見守ることにした。

 デュクスがすました顔で奥の壇上にあがると、賑わっていた部屋の中が緊迫した。 そして、皆の目がデュクスへと集まった。 デュクスはゆっくりと部屋の中を見回した後、スーッと息を吸った。その途端!


「ゲッホゲホゲホ!」


「ひっ!」

 激しく咳き込んだデュクスに驚いた私に、ジーナスはクスクスと笑いながら

「オヤジは吸えない癖にあぁやって格好つけたがるんだ。 もう皆にはばれてるのに」

 おかしそうに言うジーナスにきょとんとしながら周りを見回すと、どの顔も呆れ顔で苦笑していた。

「ジーナス、一体ここは……?」

 その時、やっと落ち着いて息をついたデュクスが話し始めた。

「諸君、おはよう! 今日もいい顔をしているな! 最近は小さい仕事ばかりだが、決して気を許すなよ! どんな仕事でも全力で立ち向かえ! 以上、よろしく!」

 ピッと手を挙げると、子供のようににかっと笑って壇を下りた。 それと同時に周りの人々も張っていた気を緩ませ、解散するとそれぞれ好きなことをし始めた。

「ねえジーナス、ここは一体、なんなの?」

 もう一度問い掛けたとき、女性の声が聞こえた。

「あらジーナスくん、彼女を連れて来たの?」

「あっ! マリアさんっ! いや、これはそんなんじゃないっす!」

 ジーナスは、私の背中をポンと押して突き離すと

「今日もいい天気ですね~! 仕事日和だ! ささ、準備しましょう!」

と、私を置いて、そのマリアとかいう女性とどこかへ行ってしまった。

「あっちょっとジーナス! 置いていかないでよ!」

 慌てて後を追い掛けたが、ジーナスの姿はもうどこにもなかった。

『どうしよう……私、一人ぼっちになっちゃった……』

 途端に心細くなった私は、周りをそっと見回した。

 よく見ると、屈強な体付きをした男の人が多いのに気が付いた。 腕や首が太いし、胸板も厚くがっしりしている。 私は思わず怖くなって出口を探した。 その時、

「どうだ、シエロ。 なかなかいいところだろう?」

「あっ、デュクス……」

 優しく見下ろしているデュクスを見上げ、ホッとした私は涙を浮かべた。

「おっ、おい、どうしたんだよ?」

 慌てたデュクスは、赤茶色のボサボサの髪を困った顔で掻き毟った。

「違うの。 知ってる人に会えたから安心したの」

と話すと、デュクスは悟ったようにこめかみを押さえた。

「そうか、アイツ何も説明してないのか。 頼んだ俺がバカだった……」

 呟くように言ったデュクスは、私の肩を抱いて奥に連れていった。 そして壇上に私を座らせると、横にもたれたデュクスは、部屋の中でにぎわしくしている人々を見ながら

「ここは<獣狩り>の会社だ。 町の周りにはびこる、害になる獣を退治する仕事をしている。 依頼を受ければ、どんな獣でも仕留める。 それが俺たちのポリシーだ」

と説明した。 そう話すデュクスの横顔はとても誇らしく見えた。 彼は絶対の自信を持っているのだと確信した。

「シエロ。 お前も仲間になれ。 そして強くなれ」

 デュクスは私を見つめ、藍色の瞳を輝かせた。

「私にも救える? 皆の生命……」

「ああ。 俺が保証する!」

 そう話すデュクスの瞳に迷いはなかった。 だから私はその時、付いていこうと思った。

「私、強くなる!」

 そう誓った私の頭をぐりっと撫でると、デュクスは皆に向かって声をかけた。

「皆! 新しい仲間だ!」

 一斉に、壇上に座る私に視線が集まった。 優しい眼差しを送って来る人もいれば、強烈に目力のある人もいる。 デュクスは怯える私の肩を叩いて、皆に言った。

「シエロだ。 皆、よろしく頼むわ!」

 すると一番前に座っていた太い腕の男が笑った。

「なんだ。 どこのチビが迷い込んだかと思えば、仲間だと?」

「か弱そうな女の子じゃない。 本当に大丈夫?」

「すぐに泣いて帰るんじゃないの?」

 口々に言う仲間たちに、デュクスは言った。

「言いたいだけ言っておけ。 いいか、よく聞け。 こいつは、おまえらよりもずっと、強くなるぜ!」

「えっ!」

「はぁ?」

 驚き、顔を見合わせる皆よりも、きっと私のほうが驚いていたに違いない。 私はデュクスの顔を睨むように見つめ

「ちょっと! そんなに期待させていいの? 私があんな人たちに勝てるわけないじゃない!」

と、さっきの太い腕の男を指差して訴えると、デュクスは余裕の面持ちで答えた。

「腕力じゃあ、まず無理だろうな。 でもお前には、それにも勝る力がある!」

 自信たっぷりに言うデュクスに、私は何も言い返せなかった。 デュクスの言っていることは、私にはまるで見当も付かないことだったが、彼が嘘を言っている風にも見えない。

「オヤジがまたとんでもない事を言っているぞ」

 そんな雰囲気を気にする様子も無く、デュクスはひたすらに自信に満ちた笑顔で笑っていた。

 それから私は、デュクスの後をついて回ることになった。



 腕立て伏せに腹筋背筋、ダッシュに長距離走……体力作りから、瞬発力を養う訓練、そして集中力を高める訓練など、次から次へとデュクスは私を鍛えていった。 つらく厳しい反面、私の心には

『強くなれ』

というデュクスの言葉がいつもあって、思い出すたびに勇気が出た。 

『あの時の悲惨な光景は忘れない。 けれど、もう繰り返させない。 私が止めるんだ』

 そんな誓いに似た気持ちが、技が上達するにつれて大きくなっていた。 そして何より、訓練を終えて汗だくになった私を見下ろして微笑みながら

「よくやったな!」

と頭を撫でてくれる瞬間が、一番嬉しかった。



 依頼を受けた仲間たちは、それぞれにパーティーを組んだり、または一人で武器を持ち、町の外へ繰り出していく。 中には大きな怪我をして戻ってきたり、自身の体よりも数倍大きな獲物をかついで悠々と戻ってくる人……実に様々な様子をこの目で見てきた。 

 そんな中に、まだ十代半ばのジーナスはいたのだ。 大人たちに負けず劣らず、その身体能力は群を抜き、やがて【伸速シンソク】という字名を手に入れた。 

 次第に私も自分の気持ちを弓の形に形作り、獲物に向かって放てるようになった。 気持ちの強さがそうさせるのだと、デュクスは言った。 想いが、自分自身の一番得意なところを伸ばすのだと、教えてくれた。

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