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Beautiful bow  作者: 天猫紅楼
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村を襲った巨大鳥

 あまり記憶はないのだけれど、私は小さな村に住んでいた。 もうお父さんやお母さんの顔は忘れてしまった。 ただ、いつも優しく見守ってくれていたことは、おぼろげに覚えている。 それくらい幼い頃のこと――。


 ある日、村を大きな影が覆った。 

 見上げると、見果てぬほどの巨大な鳥が翼を広げ、太く足を地面に付けるところだった。 恐怖しかなかった。 大人が両手を伸ばしても届かないような大きなくちばしとギラギラ光る目、地面に突き刺さった太く鋭い爪。  すべてが恐怖だった私は、ただ立ち尽くして動くことすらできなかった。 村の人たちが慌てふためき、逃げ惑うなかで、巨大な鳥はまるで餌をついばむように人々をくちばしに挟んでいた。 赤い鮮血が飛び散り、いくつもの叫び声が飛び交い、肉片がボタボタと降りそそぎ、辺りは惨状だった。 

私はただ、立ち尽くしてその様子を瞳に映していた。 

 遠くで私を呼ぶ声がした。 お父さんが私に駆け寄る姿が見えた。 でもその手は私には届かなかった。 私の目の前でお父さんの体が浮き上がり、あっという間に空へと投げ飛ばされた。 すぐにお母さんが私に駆け寄り、力一杯抱き締めた。

「シエロ、大丈夫よ! 一緒に逃げましょう!」

 あまりに強く抱き締められたので

「苦しい……」

と呟いたとき、急にその力が緩んだ。

「お母さん……?」

「大丈夫よ、シエロ。 怖くないから……だから、逃げるの。 走るの! 生きるのよ!」

 そして瞳孔が開き崩れ落ちるお母さんの体の向こうに、ギラリと光る目を見た。 その瞬間、私の意識が飛んだ――。




 気が付くと、目の前にはさっき村中をついばみ狂っていた巨大な鳥が、ぐったりと横たわっていた。

 周りには村人たちが血まみれで倒れていて、視線を落とした私の足元には、お母さんのえぐられた背中が陽の光を反射して赤く揺らめいていた。 鉄のような匂いが鼻腔に染みた。

「う……あ……」

 何か叫ぶつもりで開けた口からは、何も出てこなかった。 かすれた吐息が洩れ、ただ涙が溢れ、頬を生暖かい感触が伝い落ちるのが分かった。

 その時、後ろから誰かが私の視界を遮った。 手で私の目を覆ったその人は、低く優しい声で言った。

「強くなれ。 お前なら、救えるさ。 皆の生命を!」

 その言葉が、何故か不思議と心に染み込んで、穏やかさを感じた。 次に瞬きをした時、私は気を失った。



 目を覚ましたとき、私はベッドに寝かされていた。

 清潔なシーツから、懐かしい香りがした。 お母さんの香りだ。 洗い立てで、糊の効いた香り。

『ここはどこだろう?』

 そう思いながら起き上がろうとすると、頭が締め付けられるように痛んだ。

『痛っ!』

 倒れこむように再びベッドに沈んだ私は、どうしてこんなことになったのかを思い出そうとしたが、何も思い出せなかった。 考えようとすればするほど、頭の中は真っ白なモヤに包まれるばかりだった。 周りには誰も居ない。 ただ不気味なほどの静けさに、私はいつの間にか再び眠っていた。


「ぉ~~ぁ~~!」


 遠くで響く怒鳴り声のような声に再び目を覚ますと、何が起こっているのかと扉の方を見つめた。

 いきなり、閉ざされた白い扉がいきなり荒々しく開いたかと思うと、一人の少年が駆け込んできた。 そして、音が出ないように素早く閉めると私を見た。 歳は私と変わらないくらいに見えるその少年の黒い瞳が私に吸い付くように見つめ、ゆっくり近づいてきた。

『誰…………?』

 ただ怖くて声も出ない私に、少年はにっこりと笑った。

「目、覚ましたのか! 具合はどうだ?」

 元気な性格を表すようなビンと立った黒髪がふわっと揺れた。 この子は私を知っているの? 目の前で嬉しそうに笑顔を見せていた少年は

「俺はジーナスっていうんだ。 セルシー・ジーナス。 お前の名前は?」

と白い歯を見せた。

 これが、ジーナスとの初対面だった。

『私は』

と声を出そうとして、はっと口をつぐんだ。

『声が出ない……!』

 喉を通り抜ける息が詰まって、声にならなかった。

「うん? どうした?」

 首をかしげたジーナスは、急に扉の向こうに気配を感じたように素早く振り返った。 そして

「ヤバイ!」

と言って、私のベッドの下に潜り込んだ。

『な、なに?』

 戸惑う私に、ジーナスは

「ここには居ないって言って!」

と声だけを届けて息を殺した。 部屋に再び静けさが戻ったかと思うと、扉がゆっくりと開いた。 今度は大人の男の人が顔をのぞかせて部屋の中を見回した。 そして私が起きていることに気付くと、ジーナスに似た子供のような笑顔を見せた。 大股で近づいてくると、その笑顔のままで私の顔を覗き込んだ。

「目、覚ましたのか! 具合はどうだ?」

 ついさっき聞いたような台詞を言う彼をしげしげと見つめていると、ひとつ思い出したことがあった。

『強くなれ。 お前なら救えるさ。 皆の生命を!』

 閉ざされた視界の中で、耳に届いた低く優しい声の主は、きっとこの人だ。 同じ声をしている。 彼は笑顔を絶やさずに言った。

「怖がらなくていいぜ。 ここは安心できる場所だ。 俺はタヴィニー・デュクス。 お前さんの名前は?」

「…………」

『声が出ないの……』

 泣きそうな顔をした私に、デュクスは慌てふためいた。

「お、おいおい、怖がらなくていいってば! 何もしてないだろ?」

 動揺しているデュクスに、ベッドの下からジーナスの声が届いた。

「うわぁ~~女の子を泣ぁかせた~~! ひど~~い!」

 泣き真似をしながらベッドの向こう側から顔を出したジーナスに気付いたデュクスは、いきなり目を吊り上げた。

「あ~~っ! やっぱりここに隠れていたんだな! 訓練サボりやがって! こらっ! 戻れっ!」

 デュクスは私の上を、手を伸ばしてジーナスをつかもうとしたが、素早く身を翻した彼はベッドの下をくぐってデュクスの股の間を擦り抜けた。

「うわっ!」

 慌てるデュクスをからかうように舌を出して、部屋を逃げ出していくジーナスを追いかけようとして、振り返った彼は

「と、とにかく、ここは安全だから! ゆっくり休め! なっ!」

と言い残して騒々しく部屋を飛び出していった。

『一体あの人たちは誰なのかしら? 親子……? 私を、助けてくれた……?』

 私はあの人たちに助けられたのか? 再び静かになった部屋の中、ベッドにあおむけに寝て、じっと天井を見つめながら考えていると、また扉がゆっくりと開いた。 今度は背の低い初老の男性が、白い髭をさすりながらひょこひょこと歩みいってきた。

「ほほう、なかなか可愛らしい子じゃないか。 具合はどうかね? 何か食べたいものはあるかね?」

 質問攻めにされても、私は答えるすべを持たなかった。 声が出ないのは変わらなかった。 思いが伝えられないもどかしさに、涙が溢れた。 すると白髭のお爺さんは私に近づくと頬をしわくちゃの指で触れ、涙を拭いた。

「わしのことはジイと呼んでくれればよい。 さ、ちょっと上を向いて」

と軽く指を当てて私のあごを上げると、耳の下を触った。 ゴツゴツとした指が何かを探すように耳の下から首筋を触った。 しばらくそうしていると

「ふむ」

と手を離した。

「大丈夫。 落ち着いたら、自然に声は出るようになる」

『えっ? 何故分かったの?』

 驚いてジイを見つめると、白い眉毛を器用に動かしておどけてみせた。

「幸いどこも怪我はしていないようだから、しばらく横になっていればすぐに元気になれるぞ。 あとは、たくさん食べて滋養を付けることだ」

 ジイはそう言って一旦部屋を出ると、すぐにトレイの上に果物やパンを幾つか乗せて持ってきた。 その後ろから、仲直りをしたらしいデュクスとジーナスもついてきて、何だか賑やかな食事になった。

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