新しい夜明けを迎えに
「さぁ、シエロ!」
優しく促すティスに微笑むと、
「ありがとう」
と答えて一緒に建屋に入っていった。
「こっちよ!」
ティスは裏口から私を連れて、小さな部屋に入った。
「えっ? これは……」
私の視線は、目の前のドレスに釘付けだった。 それは私がいつか着たいと願いながら、こっそりとレンタルしていた衣裳だった。
「これ……どうしてここに?」
「ほら、早く早く! 着替えるわよ!」
私の問いには答えず、ティスに強引に服をはぎ取られ、あっという間にドレスに着替えさせられると、
「次はあっち!」
と背中を押された。 見るとヨハネとテハノが、壁ぎわにあるテーブルでメイク道具と共にスタンバイしていた。
「はい、早く座って!」
久しぶりにヨハネのキンキン声に眩暈を感じながら座ると、これまたあっという間に私の顔が彩られた。
「いくら【おかえり会】って言っても、これはやりすぎじゃないの? 私、そんなにおおごとにはして欲しくないわ」
髪の毛をセットしてくれているテハノに尋ねると、
「何言ってるの! 今日からまた仕切り直しなのよ! これでも足りないくらい!」
と明るい声で答えた。 ヨハネがそれに補足するように付け加えた。
「あたしたちから、お詫びのつもりよ。 ずっと抑えてたんでしょ? このドレスを着たいという気持ちも。 シエロ優しいから、いつも皆のことばかり考えて!」
「えっ? いや、これは……そりゃ、そうだけど……」
私は自分の身につけているピンクのドレスをそっと撫でた。 肌ざわりも良く、着心地も気持ち良い。 少しきつめのコルセットが気になるけれど、その締め付けさえも自分を変えてくれている感触を伝えてくれている。
「ほら、出来上がり!」
「えっ! これ……私?」
姿鏡の前に立たされて自分と向き合うと、何だか自分じゃないような気がして、思わずじっと見つめてしまった。 今までずっと裏方の仕事に就いていた私は、久しぶりにこんなに完璧なメイクをしてもらったことに感動していた。
「ほら! やっぱりシエロは、ちゃんとメイクをしたら美人さんなんだから!」
背後で衣擦れの音と共にティスの楽しそうな声が聞こえた。 振り向くと、ティスやヨハネたちが着替えを始めていた。 やがてメイクも終えると、二人は私の両側に立って腕を取った。
「さぁ、行くわよ、シエロ! 覚悟なさい!」
なんとも楽しそうなティスとテハノに、半ば連行されるような格好で部屋を出て、ロビーに向かう。 そして開かれた広間には、既に準備万端な仲間たちと、着飾られた空間が広がっていた。 広間の向かいの壁には、大きな垂れ幕があって、【おかえりシエロ】と書いてあった。
「うわぁ……」
思わず感嘆の声を上げる私に、皆が声をそろえて
「「おかえり~!」」
と迎え入れた。 皆、いつの間にどこで着替えたのか、以前のドレスパーティーのようにそれぞれに着飾った衣装で、笑顔で迎えてくれている。
『まさか、こんなにしてくれるなんて……』
思わず涙ぐむ私の背中を、ティスが軽く押した。 見ると、黒のタキシードに身を包んだジーナスが私の視線の先に立っていた。
「えっと…………」
言葉が浮かばないまま、ジーナスの瞳に吸い込まれるように近づいていくと、彼は
「ほらな、やっぱり似合うじゃねーか」
と微笑んだ。 赤くなって俯くと、目の前に手を差し伸べてきた。
「え?」
顔を上げると
「僕と踊っていただけますか、シエロ姫」
と大袈裟に腕を上げ、腰を落とした。
「ぷふっ!」
と吹き出し、私は、頬に流れていた涙を指先で拭いた。
「はい」
私の身体がジーナスの腕にひかれ、その胸におさまると、ジーナスが耳元で
「おかえり」
と囁いた。 私は微笑んで
「ただいま!」
と答え、その頬に口づけをした。
明日からまたこれまでと変わらない日々が始まる。
ただひとつ変わったのは、私の宿命の糸を断ち切る仕事が増えたことくらい。 考えるのは後にしよう。 今はただ、オヤジやジイ、仲間たちと、それに、ジーナスの歓迎に応えよう。 まだまだ私には時間があるんだから。
この浮かれた宴は、夜更けまで続くだろう。 そして日の出と共に、新しい生活への扉が開くのだ。
私と、そしてかけがえのない仲間たちとの、新しい夜明けが。




