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Beautiful bow  作者: 天猫紅楼
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武器庫の番人

 ガラガラと音を立てながら揺れる馬車に、繋がれた台車に乗せられ引かれている獲物を見ると、私はいつもどこか切なくなる。 台車から手足がはみ出るほど大きいけれど、まだ生まれて数年の子供だ。 きっと普通に育って普通に暮らしていれば……人間に危害を加えなければ、こうならなくても良かったかもしれない。 獲物を捕らえるたびに、私はそんなセンチな気持ちを抱えるのだった。



 五百年ほど前に、一度この世界が滅んだ。

 その原因は何を隠そう、私たちと同じ人間だと教えられた時、体中に衝撃が走ったのを覚えている。 私はまだ小さかったけれど、その時受けたショックは、死ぬまで忘れないだろう。

 その時代に、科学研究のエキスパートたちが多く存在した一族【マルーン】。

 彼らが、世界をひとつにするためにした事が裏目に出て、結果、世界は焼け野原。 人間たちは、地下シェルターに逃げこんだ。

 地上では、ほとんどの生物が呼吸さえ出来ないほどのガスと遮断された日光、汚染された水。 そんな地獄の中でなんとか生き延びた祖先たちは、再び地上に町を作り生活が出来るほどに復活した――その代償に、獣たちは自身の体を変化させられ、人間たちの脅威でしかなくなっていた。 人間たちと逃げ生き延びた馬や犬といった、飼いならされたごく一部の動物たちとの共存はあれど、野生の獣に信用という二文字はまったくと言って良いほど無かった。

 私は、流れゆく景色を眺めながら、こんな世界にしたマルーン一族をうらめしく思うことがよくある。

 私の前ではジーナスが大きな口を開けて居眠りをしているし、ヨハネは風に髪の毛を揺らしながら前方の町を見つめ、チュウヨウは武器を肩に乗せて目を閉じ、瞑想をしている。 ループは相変わらず片手に菓子を持って馬車を操作している。 

 皆、一仕事終えた優越感に浸っているんだろうか。 私はまた荷台の縁に肘を付いて、黒い固まりとなった獲物を見つめた。 



 町に着くと、獲物を見た人々が、目を見張りながら私たちを見送っていく。 今日の獲物は特別巨大だから、ひどく驚いたり、なかには拍手を送ってくれる人もいる。 そんな人々に大手を振って英雄ヅラしているのが、ジーナスだ。 まったく……さっきまでガアガアいびきを立てて寝ていたのに、ホントにゲンキンな奴!

 あきれ顔の私にも気付かず、獲物をひきずりながら馬車はヴェナトーネに着いた。

「おお! すげぇの狩ってきたな!」

「さすが、オヤジが選んだメンバーだけあって、早い仕事じゃねーの!」

 仲間たちが出迎えてくれるなか、一番奥で、オヤジが優しい微笑みと少し満足げな顔で私たちを見つめているのを感じていた。 オヤジはいつも、帰ってきた私たちをそうやって迎えてくれる。 その優しい眼差しを感じるたびに、我が家に帰ってきた気持ちになれるのだ。

「ただいま、オヤジ!」

 ジーナスが声を上げた。 オヤジは片手を上げて

「今夜はクマ鍋だな!」

と、にかっと笑った。 私も馬車から降りると、オヤジの前まで駆けていった。 見上げるほど近づくと、オヤジは笑顔で

「よくやったな」

と頭を撫でてくれた。この瞬間が一番嬉しいんだ。 私は押さえきれない感情を隠すことなく頬を緩ませると、

「うんっ!」

と頷いた。 その時後ろから声をかけられ、振り向くと、ジーナスがさっき私が放った剣を持ってきていた。

「見事に心臓を打ち抜いていたみたいだぜ! さすが【颯弓ソウキュウのシエロ】様!」

 そう言いながら差し出す剣を受け取り、私は視線を外した。 ジーナスはオヤジとは違う。 誉められると、どうも調子が狂う。

「じゃ、じゃあ、武器庫に返してくるね!」

 その場を取り繕うように離れようとすると、呼び止めたジーナスが自分の剣を差し出した。

「ん? 何?」

 きょとんと見上げる私に

「俺のも頼むわ! これからデートなんだ、俺!」

「ちょ、ちょっと! こら、ジーナスーー!」

 私が引き止めるのも聞かず、彼は伸速の速さで走り去って行った。 こういうときにも使えるんだな、アレ。

「何よ! もーーう!」

 頬を膨らませる私の後ろで、オヤジが腹を抱えて笑っていた。

「相変わらず女好きだな、あいつは!」

「ホント。 誰に似たのかしら……」

「…………」

 しばらくの沈黙の後、拳を振り上げたオヤジから逃げるように走り去ったのは言うまでもない。



「ジイーー! 居るーー?」

 建て屋の裏にある階段から地下に下りたところに、私たちの武器庫はある。 一応平和な生活が安定している社会に、簡単に武器を持ち出せないように、狩りの間だけ武器を持ち出すシステムになっているのだ。 武器は狩りの道具なのであって、人同士が傷つけ合う物ではないと、オヤジや先輩たちから刷り込まれてきた。 私もそれは当然のことだと思うし、もし後輩ができたら、ちゃんと教えるつもりでいる。 私たちの技は、人を傷つけるための技術ではない。


 いつも薄暗く、人がぎりぎりすれ違えるほどの狭い階段を下りていくと、淡い光を漂わせながらランタンが揺れているのが見えた。 私は行き止まりのように小さく張り出している一枚板のカウンターの前に立った。

 ジイというのは、武器庫の番人、ザルバーグだ。 皆にはジイと慕われている。 姿が見えなかったので、私は再び呼んでみた。

「ジイーー! 居ないのーー? 剣を返しに来たんだけどぉーー!」

さっきよりも大きな声で呼んでみた。

「…………」

 数秒後、ごそごそと動く影が、奥の方から近づいてきた。

「そんなにワイワイ言わんでも、聞こえとるわ!」

 少し不機嫌そうな口調で現れたジイは、腰を少し曲げて潜り戸を抜けると、カウンターの向こう側でゆっくりと背中をのばした。 そして深呼吸をし終わると、肩までの白髪をガリガリと掻き毟りながら、視線を泳がせた。

「おでこの上よ!」

 私が言うと、ジイは

「ああ……」

と言いながらしわくちゃの指を自分の額へ持っていき、そこに引っ掛かるように乗っている眼鏡を下ろした。 私の顔を見ると、やっと認識したように笑った。

「おお、シエロやったか! 狩りは終わったんじゃな?」

「うん。 はい、これを返しに来たの」

 そう言いながら、自分とジーナスの剣をカウンターに置いた。

「はい、お疲れさん。 今日の夕食が楽しみじゃのーー」

 嬉しそうに言いながらそれらを手に取り、再び暗い奥へ持っていこうとするジイ。 その後ろ姿を見ながら、何か心に引っかかるものを感じて呼び止めた。

「あ、ジイ……」

「どうした?」

 ゆっくり振り向いたジイに、私は頬を掻きながら言った。

「そう言えばしばらく手入れしてないわよね? ……ちょっとやっていこうかしら?」

 そんな私に、ジイはにっこりと微笑みながら今しがた手にしたばかりの剣をカウンターに置いた。

「私のだけでいいわ。 ジーナス、今日は剣を使ってないもの」

と言うと、ジイは

「まあ、ついでにやっておいてやれ。 お前さんの練習にもなるしのう」

としゃがれた声で笑った。 必要ないのに、と思いながらジーナスの剣を手に取ると、迷惑そうに眉を寄せてみせた。 それを見たジイが、にやにやと笑った。

「何よ!」

 ぶっきらぼうに言いながら頬を膨らませると

「お前さんも、もう少し素直だと可愛らしいのにのう」

と呟きながらカウンターの下に潜った。 そして道具箱を出すと、私に手渡した。

「おおきなお世話よ!」

 奪うように道具箱を受け取ると、隣の部屋に入った。 そして小さな木の椅子に腰掛けると、剣を鞘から抜いた。 

 まったく……ジイには何もかもお見通しだ。 昔から知っている仲とはいえ、ジイの勘には感服してしまう。 

 私はジーナスのことが好きだ。 でも、私のジーナスに対する【好き】っていう気持ちは、他の人の【好き】って気持ちとは違うような気がしてる。 私にとってジーナスは、大切な家族のようなものだから。

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