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Beautiful bow  作者: 天猫紅楼
29/31

伝わる正直な想い

「……あれ?」

 軽い揺れに目を覚ますと、私は再びジーナスに背負われていた。 彼はそっと視線を私に送ると

「気が済んだか?」

と静かに、呆れたような口調で言った。

「ティスは?」

「お前が急に倒れたから、すごく動揺してたぞ。 ま、『貧血で倒れただけだろうから、お前はもう少し家でゆっくりして、それから見舞いに来い』って言っておいた。 カラタもいるから、もう心配ねえだろ? あとは、自分の身体の事考えろ」

「そっか……ありがとう、ジーナス……」

 私は、ジーナスの肩に力なく頬を乗せた。 本当は頭を上げるのもつらかったことに、今更気づいていた。


 私は、偶然通りかかった小さな公園に気付いて、寄りたいと伝えた。 ジーナスは私の傷の具合を心配していたが、自分の身体の事は分かっているから大丈夫と言うと、素直に公園のベンチに私を降ろした。

「んんっ!」

 大きく伸びをするジーナスの背中に軽く笑いながら

「重かったでしょ?」

と言うと、ジーナスは

「まぁな」

と答えて私の隣にどっかと座った。 前に投げ出されたジーナスのでか靴を見つめながら、私は一呼吸置くと口を開いた。

「私ね、病院で目を覚ます前、夢を見てたんだ」

「夢? どんな?」

「もしかしたらあれは、現実だったのかもしれないけど……身体が空に昇っていく途中で、父さんと母さんに会ったの」

「それって……」

 ジーナスの顔が一瞬で強ばった。 私が死ぬ寸前だったことを悟ったのだろう。 私は慌てて、わざと明るい声を出した。

「でね、私のなかに流れる一族の血が持つ宿命を知ったの。 私は生きる時も世の中に知られないように身を潜め、死んでからも、空に昇ることは出来ないんだって」

「シエロ……」

 ジーナスは言葉を無くしたように唾を飲み込んだ。

「父さんと母さんの後ろには、黒い霧が立ちこめてた。 私たちはその贖罪から逃れることは出来ない。 そう知ったときにね――」

 私はひとつ息を吸って空に微笑んだ。

「私は、自分の宿命と戦う。 戦って、勝って、あの空のどこかで漂ってる父さんと母さんや、ただこの血筋に生まれてきただけの、もう何の罪もない人たちの魂を救おうと思ったの」

「……そうか」

 ジーナスは最初、イマイチ私の話を理解出来ていない表情をしていたが、私の決意は伝わったようだった。 やっと緊張していた肩の力を抜くジーナスに、私は微笑んだ。

「ジーナスも、もういいんだよ」

「え? 何が?」

 彼は、きょとんとした顔で私を見た。 私はそんなジーナスの視線を避けるように、膝に置いた自分の指先を見つめた。

「ジーナスもさ、もう私に付き合うことないから」

「だから、何言ってんだよ?」

「オヤジに言われてたんでしょ? 私の力の事も、一族の事も知ってて、そのうえで、守ってやれとかって」

「は?」

「でも、もういいんだよ。 私は自分の事も、一族の事も、背負う覚悟は出来たから。 これからは一人で大丈夫。 私はそんなに弱くないもの」

「おいこら!」

 ジーナスは耐え切れなくなったように、私の両肩を掴んで向かい合わせた。 そしてじっと見つめると、少し低い声で言った。

「お前いきなり何を言いだすかと思ったら! いいか! 俺はずっとお前の傍にいるぞ!」

 その眼差しに圧倒されながら、私も顎を引いた。 そんなわけはない。

「だって、私のこと、嫌いなんでしょう?」

「はぁ?」

 ジーナスは、眉をしかめて首を傾げた。

「もう私は大丈夫だからさ、ジーナスもそんな無理しなくても――」

 私の言葉を聞きながら、ジーナスはがくんと頭を落とした。

「ジーナス?」

「あのさぁ……」

 ジーナスは再び顔を上げて、私を見た。

「俺がいつ、お前の事を嫌いだなんて言ったんだよ?」

「えっ?」

 今度は私がきょとんとして答えた。

「……だって、私と家族じゃ嫌だって、前に言ったじゃない? それは、もとから血が繋がっていないとはいえ、私とはそんな関係にはなりたくないってことなんでしょう?」

 それを言った途端、ジーナスは私から手を離して、困惑した表情で空を仰いだ。

「あれはぁ!……」

 ジーナスは、私の視線から逃れるようにそっぽを向いて、呟くように言った。



「【家族】じゃあ……【恋人】になれないだろ?」



「えっ?」

「んだからぁ!」

 ジーナスは慌ただしく髪の毛をかきむしりながら一呼吸置くと、空に向かって言った。

「俺はずっと、お前の傍に居たいんだよ! 家族としてじゃなくて!」

 私は思わず何か吐き出しそうになる口を押さえて、ジーナスを凝視した。

「な……んで……?」

 私の戸惑った問いに、ジーナスは相変わらず向こうを向いたままで答えた。

「あの時……初めてお前を見たとき……お前が泣き叫びながら自分の力で巨大な鳥を倒したのを見て、嫉妬を感じたのは本当だ。 俺より先にオヤジの剣を使ったんだからな。 でもそれより強く、なんでか分からないけど俺は、目の前で必死に生きようとしてるお前を、守りたいって思ったんだ……」

 私の目から涙がこぼれ落ちた。

「だから、お前のその宿命ってやつが本当でも、嘘でも、俺の気持ちは変わらない。 だって」

 ジーナスはやっと私を見て、優しい笑顔を見せた。 そして

「生きてるっていうことは、変わりないんだから」

と私の頭に手を乗せた。 俯いた私は複雑な心境だった。 

 ジーナスの気持ちは嬉しかった。 でも、これからもラスクのように私を狙ってくる人がいるかもしれない。 私の周りに居る人たちにも、危険な目に遭わせてしまうかもしれない。

 私は、包帯で手当てされているジーナスの手に触れた。

「だって……私は、忌み嫌われて、この世からもあの世からも拒絶された存在……」

 ジーナスは片方の手を私に伸ばすと、頬に流れる涙をすくった。

「だから、俺が居るんじゃねーか」

 優しい声が耳に届いた。 ジーナスを見上げても、笑顔にはなれなかった。

「シエロ、お前は一人じゃねえんだぞ。 オヤジやジイや、ティスもカラタたち仲間もたくさん居る。 皆お前の味方で、お前を守りながら生きてきた。 それは事務的なもんじゃなくて、本能だ。 生きている者が助け合う、そうやって俺たち人間はここまで復興してきたんだ。 誰も無理なんてしてねーよ! その代わり、一番近くに居るのは俺だけどな!」

 明るく言いながら雰囲気を上げようとするジーナスを、私は唇を噛んだままじっと見つめていた。

「だからお前は、今まで通りに生きていけばいいんだ」

「でも皆を危険な目に合わせたくない!」

 やっと出た言葉は泣き声に濡れていた。 ジーナスは、眉をしかめて首を傾げた。

「俺たちを信じられねえのか?」

「それは!……」

 私は俯いた。

 今まで私の周りにいてくれた仲間たちが、遠からず近からず私を守っていてくれていた。 私は何も知らずに気ままに過ごしてきた。 そうやって普通に生きてこれたのは、皆のお陰だ。 信じていないわけがない。 今だって、ティスと和解してきたばかりだ。 すべてはこれからなんだ。 私の脳裏に、ヴェナトーネの仲間たちの顔が次々に浮かび上がった。

 私の心が、これまでにない温かさに包まれるのを感じた。

「私、皆にお礼を言わなきゃ……それに、何をどう返していいのか……」

 ジーナスはにこりと微笑んだ。

「礼なんか要らねえよ! 皆お前の事が好きでやってることだからよ。 しいていうなら……気を遣うなってことだな!」

 私は顔を上げて涙を拭いた。 私は本当に幸せ者だ。

「……うん」

 小さく頷いた私の頭を引き寄せるジーナスに、私は素直に従った。



 再びジーナスの背中におぶさって病院に戻る道すがら、彼がやけに真面目な口調で言った。

「そうだ。 お前に言っておかなきゃならないことがある」

「何?」

「その宿命とやらよりももっと重要なことだ」

「……うん?」

 私は緊張し、自分の動悸を感じながら、ジーナスの言葉を待った。


「お前さ、体重落とせよ」


「はぁっ?」

 私は思わず赤くなる頬と共に、ジーナスの首に腕を回して締め上げた。

「ぐあぁっ! く、くるし!……」

 もがき苦しみながらも、私を落とすまいと必死になっているジーナスに笑いながら腕を解くと、その頬に軽くくちづけた。

「ああっ! ずるいぞお前だけっ! 俺にもキスさせろっ!」

 慌てるジーナスに笑いながら

「あーお腹が痛い! 早く病院戻らなきゃ! 死んじゃう!」

とわざとらしく悲鳴を上げた。 ジーナスは複雑な顔で口を尖らせると

「ちっ! 分かったよ! 超特急で行くからな!」

と【伸速シンソク】で町を駆け抜けた。


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