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Beautiful bow  作者: 天猫紅楼
24/31

逆転

「……えっ?」


 空気を切り裂いて果実を打ち抜くはずの剣は、私の目の前で止まっていた。 その刃を伝い落ち、地面に落ちたのは赤い血だった。 何が起こったのかわからずに、茫然としている私の視界に、私が放ったはずの剣を握る腕が映った。

「な……に?」

 その腕を辿ると同時に、叫ぶように声が上がった。

「もう限界だぞ、オヤジ!」

 その声は、ジーナスのものだった。 彼の声に呼応するように、私の背後の草むらから人影が飛び出してきた。 驚いて振り向く私の前には、オヤジが頭をかきながら立っていた。

「ま、仕方ねぇな。 でも、充分証拠は揃った」

 あくびをするように緊迫感のない口調で言うオヤジ。

「どういうこと……?」

 傍らに立つジーナスを見上げると、よく知っている、すべてを受けとめてくれるような頼もしい笑顔が私をとらえていた。 ジーナスは私の頭をくいっと引き寄せると、その胸に抱き締められた。

「遅くなってすまなかった……」

 少し押しくぐもった声は、今にも爆発しそうな気持ちを押さえているようだった。

「ジーナスは、ティスに操られていたんじゃなかったの?」

 事態をまだ理解できていない私は、ジーナスにそう確かめなくてはならなかった。 彼は体を離すと片目を瞑って見せた。

「俺があんな術に掛かるかよ? 俺には、世界一の結界師、ジイがついているんだぜ!」

 そう勝ち誇ったように言いながら、ティスに視線を移した。 一番驚いているのはティスに違いなかった。 目を大きく見開いて、信じられないという表情でかぶりを振った。

「バカな……術に掛かった振りをしていたというの?」

「ああ。 そうでもしなきゃ、お前は本性を現さなかっただろ? ったく……手間を掛けさせやがって!」

 ジーナスは、今すぐにでも殴ってやろうという雰囲気で指を鳴らした。  その隙間が赤く染まっている。 私は慌ててその手を握った。

「ジーナス、その手……!」

 そう言いながら、懐からハンカチを取り出すととりあえずの止血をした。 あの弓から放たれた剣を素手で掴む荒技をして、指が切れなかったことが幸いだと思ったが、手のひらはざっくりと傷が開き、重傷に違いない。

「ごめんなさい……」

 そういって喉を詰まらせる私の頭をポンと優しく叩くと、

「お前の痛みを思ったら、こんなのなんでもねえよ」

と微笑み、再びティスへと視線を移し、そのままオヤジに言った。

「オヤジ、もういいだろ? 我慢できねえんだけど!」

 震えて立ち尽くすティスへと、ゆっくり近づいていくジーナス。

「よくも俺たちを弄んでくれたな? この礼は、たっぷりさせてもらうぜ!」

 凄むジーナスに震え上がりながら、ティスは私へと指を差した。

「わっ……私は悪くないわよ! 事の発端はあの子よ! あの子が現われなければ、私はこんな誘惑に負けることはなかったもの! 考えてごらんなさいよ! シエロは、世界を滅ぼす力を持っているのよ? 罪を償わなきゃならないのはシエロよ! この世界を殺したあいつよ!」

 私の体が硬直した。 この事実が皆に知られたら、私はもう生きていられない……。 私は、ジーナスが再び冷たい視線を送ってくるのではないかと不安にかられた。 ジーナスはティスを見つめたままで

「それがどうした?」

と、なんでもないという口調で返した。 私の肩を誰かが優しく、そして力強く抱いた。 オヤジだった。 私に微笑みながら、

「後はあいつに任せればいい」

と頷いた。 まるで包み込まれるような温もりに委ねそうになりながらも、まだ私の心は複雑だった。 私を指し続けるティスの指が怖かった。 オヤジが支えてくれていなかったら、その場に崩れていただろう。 私の足には感覚が無くなっていた。 すべての血液が抜き去られたように、その状況をただ見守ることしか出来ないでいた。 ジーナスは続けた。

「シエロが普通じゃないことくらい、俺たちは分かってたさ。 ただそれだけだ。 力がどうとか世界がどうとか、俺には興味がねえ。 シエロが笑って楽しそうに、元気に生きてる、それだけでいいじゃねえか」

『ジーナスは、私の一族の歴史を知っていたということ?』

 私は、答えを求めるようにオヤジを見上げたが、彼は無言で、余裕に満ちた表情で、ジーナスを見つめていた。

 ティスは自分の説得に、もはや誰も気持ちが揺らぐことはないのが分かると、態度を一変させた。 今度は肩をすくめ、ため息を一つついた。

「そう。 じゃあ条件を変えましょう」

「はぁ?」

 怪訝な顔をするジーナスに、ティスは余裕めいた笑みを見せた。

「あなたたちにも、何か役目をあげるわ。 悪いようにはしない。 実力のある戦士が味方なら、王国も安泰。 きっと楽しい世界が築けるわ!」

 ティスは、ジーナスたちをも傘下にするつもりなのだ。 どこまでも悪知恵の働く女に、ジーナスが信じるはずはなかった。 ティスに向かう彼の歩みは止まらなかった。

「言いたいのはそれだけか?」

 睨み付けながらティスに近づいていくジーナスからは、怒りしか感じられなかった。 体全体から、熱いオーラが沸き上がっていた。

「ま、その続きはあの世で妄想してな!」

 ジーナスの拳に力がこもり、ティスに向かって襲い掛かった。 その瞬間、私の脳裏にティスの優しい笑顔が弾けるように浮かんだ。 

「待って!」

 私は思わずそう叫んでいた。

 ティスは今までずっと、私を見守り世話をしてくれた。 まるで本当のお姉さんのように、どんな些細なことでも話を聞いてくれたし、相談にも乗ってくれた。 そんな優しいティスが、また傷ついて倒れる姿なんて見たくない!

 何故か分からないが、突発的に出た言葉に驚く私の前で、不意に響いた大声に反応したジーナスの動きが止まった。 間一髪、ティスの鼻先でジーナスの拳が止まっていた。

「なんで止めるんだ!」

 イラついた口調で振り向いたジーナスに、私は祈るように手を組んだ。

「だって……」

 私はオヤジから離れ、ティスに近づきながらその顔を見つめた。 刺すような冷たい瞳……でも

「私にとって、ティスはティスだから……今までずっと一緒に過ごしてきた、家族だから」

「お、おい、シエロ?」

 私はティスに目を覚ましてほしくて、じっとその瞳を見つめた。 その奥にある、きっとまだ残っている優しいティスを取り戻したいと思った。 ところがティスは、歪んだ笑みを浮かべて一層冷たい視線を送ってきた。

「シエロ、あんたは本当にお人好しね。それが仇になるとも知らず。 ま、そこが良いところなんだけどね!」

 そう言いながらティスは私の髪の毛を掴んで引き寄せると、後ろから首に腕を回して羽交い締めにした。 冷たい肌がよそよそしく私に絡み付いた。

「ティス!」

 ジーナスが拳を握って近づこうとするが、私の首筋には一本のナイフが突き付けられて動けないでいた。 悔しげに唇を噛むジーナスの向こう側で、不思議に慌てた様子のないオヤジの姿が見えた。 どこか、周りに視線を泳がせているようにも見えた。

 私は不思議に落ち着いていて、ティスに言った。

「ティス、このまま私を殺して……」

「シエロ! お前は何を言ってるんだ!」

 私は、驚くジーナスに微笑んだ。

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