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Beautiful bow  作者: 天猫紅楼
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星の果実

「え……?」

 ティスに字名は無かったはず。 それはヴェナトーネの誰もが知っていることだった。 ティスは実力はあるのに、どうして字名を持っていないのか、疑問に思う仲間たちはたくさん居た。

 そのティスが、自らの字名を話そうとしているの?

 ティスは、恍惚さえ感じさせるような微笑みを見せた。

「私の字名は【架名カナ】。 名前を縛り、操ることが出来るのよ」

『操る……じゃあ……』

 私は、苦しさに涙のにじむ瞳でジーナスを見た。 ティスは私の気持ちを読んだ。

「そうよ。 彼も今は私の支配下。 何でも言うことを聞いてくれる、有能な騎士ナイト

 私はティスを切なく見つめた。 意識が朦朧としてきていた。

『あなたはいったい、何をしたいの?』

「大丈夫よ。 あなたを殺したりはしないから。 だって、あなたには大事な仕事があるんですもの。 あの実のこと、少しは知っているみたいだけど、まだまだね」

 そういって、ティスは私の首から手を離した。 激しく咳き込みながら座り込む私から少し離れたティスは話し始めた。

「シエロ、あなたは呪われた一族の生き残りなのよ」

「……え?」

「かつてこの世界は一度死んだ。 荒れ果てた荒野、赤い空、黒い海……そうさせたのは一体誰だか知ってる?」

 ティスは楽しそうに唇を歪ませた。 そしてゆっくりと、私に言い聞かせるように言った。

「あなたの先祖よ」

「えっ?」

 私はティスを食い入るように見つめ、次の言葉を待った。 彼女の言っている意味を、すぐには理解できなかった。

 世界を死なせたのは、マルーン族だということを教えてくれたのは、ティスだった。 とても憎らしいと、事あるたびに話していたのは、ティスだったのに、そのマルーン族に私が関係していると、今彼女はそう言っている。

 ティスは見下すように私を見下ろして、びしりと指を差した。

「世界を殺したあなたたちは、自分たちのしたことに深く後悔をした。 そしてその罪を、受け継ぎ償うことにしたあなたたちは、贖罪の思いを込めて一本の木を育てた。 それがこの【世界樹】よ」

 ティスは大木【世界樹】を見上げた。 燦々と降り注ぐ陽の光が木の葉の影を落とし揺れている。 ティスはうっとりした笑みを浮かべた。 どこか酔いにも似た赤みを頬に浮かべながら、ティスは独り言のように呟いた。

「贖罪と共に誘惑を取り込み、その罪を重くした。 あの実を手に入れた者は強大な力が手に入るのよ。 この世を良くも悪くも導くことが出来る。 それがあの実……【星の果実】」

 私はじっとティスの話を聞きながら、動けずにいた。

『私は、マルーン族の生き残り?』

 もしそれが本当なら、私の血にはなんと重い宿命が科せられているのか。 もう息苦しさはなかった。 ただ茫然とティスの顔を見上げていた。 彼女はそんな私に再び冷たい視線を落とすと、小さく含み笑いをして近づいてきた。

「シエロ。 私と王国を作りましょう。 あなたの真実が知られたら、きっと世の中は混乱して、あなたはまともに生きていられなくなるでしょうね。 あの実があれば、あなたは何も恐がらなくて済むのよ。 さぁ、あの実を採って。 強大な力を手に入れ、この世のすべてをこの手の中に納めるのよ」

 ティスはうっとりした瞳で、私の頬に顔を近付けてきた。 もう私の知っているリブライト・ティスではなかった。 あまりに大きなものに取りつかれて、狂っていた。 私は押し殺した声を出した。

「もし、嫌だと言ったら?」

 するとティスはすっと顔を離し、口角を上げた。

「ジーナスが、どうなってもいいの?」

「なんですって!」

「私が命令すれば、彼は自分の腕だって簡単に落とすわ。 言ったでしょう? ジーナスは、私の忠実な僕……本当はあなたに術をかけたかったのだけど、何故かあなたには効果が無かった。 きっと何かに守られているのね……おかげでこんなに遠回りをすることになってしまったけれど」

 ティスの指が私の髪の毛に触れた。 いとおしそうに見つめながら、ティスは何度も私の頭を撫でた。 オヤジにも、ジーナスにも、頭を撫でられることが嬉しくて仕方なかったのに、今、ティスにされている行為には、むしろ嫌悪感しかなかった。 ティスは俯いて唇を噛む私に

「さ、立って」

と促した。 あの果実を落とせというつもりだろう。 私はおとなしく立ち上がると、ジーナスの顔を見た。 無表情で立っている彼を見ていたら、胸が激しく傷んだ。

『私のせいで、ジーナスは気を抜かれてしまった……私はまた彼に迷惑を……』

 涙が滲む瞳をティスに向けた。

「ティス、お願いがあるの」

「何かしら?」

 ティスは優しい笑顔を見せた。 そこに何の和みも感じなかった。

「あの実を手に入れたら、ジーナスを元に戻して」

「ん~……」

 ティスはあごに指を添え、少し考える仕草をした。 私はティスが何か言う前に続けた。

「お願い! ジーナスを元に戻して! そして私はあなたと、誰にも踏み込まれない世界を作るわ。 それで……いいでしょう?」

 私の頭のなかでは様々な想像が広がっていた。

 ティスを一人には出来ない。 一緒に過ごし彼女を監視して、時が来たらティスを殺して私も……そうしたら、この醜い宿命も終わってくれるかしら?

 私の頬をいく筋も涙がこぼれ落ちていた。 それをすくうように指先を這わせたティスは、冷たい笑顔で頷いた。 それがどこまで信じることが出来るのかは分からないけれど、今はそれしかジーナスを助ける方法が見つからなかった。 私はジーナスをもう一度見ると、

「ごめんね……」

と小さく呟いて大木の根元から少し離れ、【星の果実】へと弓を構えた。 再びひどい頭痛が私を襲った。 木の枝が風もないのに大きく揺れ動き、木の葉が落ちてきて、果実を守るように視界を奪った。 でも私の目には、しっかりと果実が捉えられていた。 それも私の宿命の血のせいなのかもしれない。 あの実を射ち落とすことが出来るのは、私たちマルーン一族しかいない。 良くも悪くも。

 たくさんの後悔を含んだ涙が頬を伝い落ちた合図で、【星の果実】に向けて剣が放たれた――

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