自宅謹慎
【無期限の自宅謹慎】
それが私に対する処置だった。 その後のことはまた連絡すると言われて、帰宅を余儀なくされた。
もう戻れないかもしれない。 もう、皆と仲良く楽しく仕事なんて出来ないんだ。 そう思ったら、涙が後から後から溢れだした。
何より、オヤジが私を信じてくれていないことに強いショックを受けていた。 仮にも、幼少期は一緒に生活していた仲。 それなのに、オヤジの目は今までになく冷たかった。 所長だから。 仕事にはシビアだから。 それだけで済むものなのだろうか?
私は家に向かう道を歩きながら、腕で涙を拭き続けた。 その時、後ろから誰かが走ってくる気配がした。
「シエロ!」
私の腕をぐいっと掴んで無理矢理振り向かせたのは、ジーナスだった。 私の泣き腫らした顔を見て、言葉を失っていた。 私はジーナスの手を振り払った。
「だめだよジーナス! 皆の所に戻らなきゃ、ジーナスまで疑われちゃう!」
叫ぶように言いながら後退りをする私の腕をもう一度掴んだジーナスは、私の顔を覗き込んだ。
「シエロ、俺はお前を信じてるから!」
「う……」
刃物で切り裂かれているように痛む胸を懸命に押さえて固くなる私を、ジーナスは引き寄せると、力一杯抱き締めた。
「ジー……」
声にならない私の耳元で
「大丈夫! 必ず本当のことを調べてくる。 だからお前も、俺のことを信じろ」
ささやく声は、全て受けとめてくれるような、懐かしく優しい声だった。 私の両肩をつかんだまま身体を離すと、ジーナスはまっすぐ私を見つめた。
「いいな? 俺を信じて、待ってろ。 必ず迎えに行くから! 家で待ってろ!」
ジーナスの目は嘘をついている目ではなかった。 むしろ他の何かに怒っているようなその輝きに、私は委ねるように頷いた。 ホッとして力が抜けた私の肩から手を離すと、今度は頭をポンと叩いた。
「よし! いい子だ!」
そう言うジーナスの顔は、意外なほど笑顔だった。
家まで送ってくれたジーナスは、もう一度
「必ず、本当のことを暴いてくるから」
と言い聞かせるようにゆっくり言い、
「まぁ見とけ」
と明るく言い残して帰っていった。
部屋に入った私は、崩れるようにベッドへと沈み込むと、深く長い息を吐いた。 なぜかもう涙は出なかった。 枯れてしまったのか、ジーナスに委ねたことで安心したからかは分からない。 ただ、私の心には大きな霧が立ちこめていた。 モヤモヤと視界も晴れない中で、ただ立ち尽くしていた。
――
気付くと、ぼんやりと部屋の天井を見つめていた。 いつの間にか眠っていたらしい。 身体を起こそうとしたが、だるく重いソレはピクリともしなかった。 私は諦めてそのまま天井を見つめるともなくぼーっと眺めていた。
ティスはなぜあんなことを言ったのだろう? あの時、獲物に振り落とされた様子を、他の皆だって見ていたはずだ。 なのに……それに、オヤジは私よりもティスの言葉を優先的に重く取っていた。 確かに怪我をさせたのは私だし、その非は認める。 私の未熟さが生んだミスだ。 でもそれとこれとはわけが違う。
ティスは嘘をついた。
何故そんなことを言ったのか、知りたい。 ティスは大切な友達だったんだ。 いつも私を助けてくれた。 あの時だって……私は、初めてティスが声を掛けてくれたときのことを思い出しはじめた。
「あなた、ここに来るのは初めてなのね?」
緩やかなブロンドが軽く揺れ、ブラウンの瞳が優しく輝いていた。 ヴェナトーネに初めて連れてこられたとき、周りの人たちがあまり積極的ではなかったので、広間の隅で萎縮していた私に初めて声を掛けてくれたのがティスだった。 私は彼女のことを、まるで姉のように慕った。 何をするにも一緒にやってくれたし、身体を鍛えることから社会のことまで、本当に様々なことを教えてくれた。
仕事でパーティーを別々にすることにしたのは、ティスが提案したことだった。
「いつまでも私に頼っていたら成長出来ないから、仕事では別れて活動しましょう。 ジーナスくんもいるし、心配ないからね」
それは、私を思ってくれているからこその言葉だと受け止めて、淋しい気持ちを押さえて仕事を続けた。 そのうちにヨハネたちとも仲良く付き合えるようになって、一歩間違えば大惨事に繋がるような危険なこの仕事を、楽しいとさえ考えていたのだ。
気持ちの揺らぎがあったとはいえ、ティスを怪我させたのは罪だ。
『ティスに嫌われても仕方ない』
という諦めと
『クビになったらどうしよう……』
という一抹の不安を覚え、もう一つの疑問が浮かび上がった。 私から話を聞いたとき、オヤジがぼそりと呟いた言葉だ。
「お前はやっぱり……」
『やっぱり……何?』
その続きを知りたかった。 オヤジは私に何か隠しているのではないか。 何も確かめられないまま、私は悶々とした日々を過ごした。
数日が経った。
その日は快晴で、爽やかな風が窓から部屋の中へと流れ入っていた。 ジーナスやヴェナトーネからは、何も連絡はなかった。 このままフェードアウトするように私の存在を消されるのかもしれない。 揺れるカーテンのひそやかな音に包まれながら、私はもう一度布団にくるまった。
その時、扉を叩く音がした。 ゆっくりと起き上がって扉に近づくと、向こう側で声がした。
「シエロ! 俺だよ! ジーナスだ!」
遠く小さく聞こえたジーナスの声に、反射的に扉を開いた。 そこには陽の光を浴びて立っている、笑顔のジーナスがいた。




