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Beautiful bow  作者: 天猫紅楼
14/31

衝撃の告白

 整頓がされていたとはいえ、最終的な梱包などは自分でしなくてはならなかった。 汗を額になじませながら、山のようなドレスの片付けも終わりかけた頃、何やら外が騒がしくなった。 部屋の中は、ドレスの入った袋や箱がごった返していて、足の踏み場もなくなっていた。

『私ってば、片付けの要領悪いのね……』

 半ば自分に呆れながら、外の様子が気になった私は、それらの間を飛び回るように窓際へ向かった。 よろめきながら窓枠に捕まると、外の様子を見下ろした。 

 すると、狩りから帰ってきた馬車にわらわらと人が集まっている。 その馬車に私は見覚えがあった。 弾けるように窓際から離れると、丁寧に入れたばかりのドレスが入った箱を踏みつけて部屋を飛び出した。

『ジーナスたちに何かあったんだ!』

 ちょっと不細工な馬が引っ張るあの馬車は、私たちの馬車だ! 外に出ると、丁度誰かが医務室に運ばれたところだった。 誰か事情の分かる人はと見回していると、ティスが私の腕をつかんだ。

「シエロ、大変よ! ジーナスくんがやられたみたいなの!」

「えっ!」

 まるで心臓を握りつぶされたように胸が苦しくなり、目の前が真っ白になった。

「シエロ! しっかりなさい!」

 両腕を掴んで向かい合うティスが、焦点の合わなくなった必死に私に話し掛けていたが、何も頭の中には入ってこなかった。 ただ、早くジーナスに会わなきゃと思った私は、ティスの手を振り払うと医務室へと向かった。



 扉の前にはヨハネが立っていた。 私に気付くと、少し眉をしかめて駆け寄ってきた。

「シエロ! ジーナスが、獣の攻撃をまともに受けちゃったのよ! 吹き飛ばされて気を失って、そのまま連れ帰って来たんだけど……」

 ヨハネは医務室の中を気にした。 まだ彼女もジーナスの状態がつかめていないのだ。

「すまない。 俺がついていながら……」

 チュウヨウも、申し訳なさそうに目を伏せた。 私はただ言葉を失って立ち尽くし、閉ざされたままの扉を見つめていた。


 やがてゆっくりと扉が開き始めた途端、後ろからマイカが私の肩を擦り抜けた。 マイカは、最近のジーナスのお気に入りだ。

「ジーナスの具合は、どうなんですか?」

 中から出てきた医務医のキサラ先生に食らい付くように状況を聞こうとするマイカの後ろ姿に、私は何故かジーナスに会えない気持ちになった。 マイカに何か伝えながら中へと入って行く二人の後ろを、ヨハネたちも付いていこうとしていたが、私の足は動かなかった。

「シエロ、入らないの?」

「え……うん……やめとく」

 擦れた声でそう言うと、ふらりとその場を離れた。

「シエロ?」

 追いかけて来ていたティスが、私の肩に手を掛けて声をかけてきたが、その手に自分の手を重ねると、ほほ笑みを返してその場を立ち去った。

『大丈夫よ。 ジーナスには、マイカがついててくれてる』

 二人が一緒にいる姿を見たくなかったのか、ジーナスの怪我の状態を見るのが怖かったのか。 とにかく私の胸のうちを何かが騒々しく跳ね回っていた。 ただ一つ分かっていたのは、

『今の自分はジーナスに会えない』

ということだった。

 私は再び物置に戻ると、散らかったような部屋の中でぺたりと腰を下ろした。

『私、どうしたらいいんだろう?』

 考えていても、答えは白いモヤに隠れて見えない。 ジーナスのことは勿論気になるし、心配だし、会って声をかけてあげたいと思っている。 けれど、さっきのマイカのように全身全霊で心配する恋人の存在が、私の心を羽交い締めにしていた。 私はただの、妹のような存在。 ただそれだけの事なのに、マイカが傍にいるだけで、ジーナスに近付けないのは何故なのか……。

「片付けなきゃ……」

 私は重い体を起こして、片付けの続きを始めた。 さっき踏みつけた箱を再び解体して、新しい箱にドレスたちを詰め替える。 この衣装たちも、夕方までに片付けて業者に渡さなくてはならないのだ。 やがて忙しさに集中し始めていた。 そのおかげか、部屋の中が綺麗になる頃には、私の気持ちもだいぶ落ち着いていた。


「ありがとうございましたぁ~~!」

 空気が張り裂けるほど明るい声で言いながら帽子を取り、お辞儀をした業者のお兄さんに

「また、よろしく」

と言うと、荷台いっぱいの衣装を乗せた馬車は軽快に走り去っていった。

 私は汗ばんだ額を拭いながら馬車を見送ったあと、踵を返した。

 ジーナスの怪我は大したことはなかったが、頭を打った為に大事を取って早退をしたと、ティスが教えてくれた。 私はティスに背中を押されたこともあって、最低の礼儀として、顔だけでも見せようと思い、仕事を終えてからジーナスの住む家へと向かった。 その途中で、手土産にと甘い焼き菓子を買い、少し緊張した面持ちでジーナスの家の扉を叩いた。

 しばらくすると、遠い返事と共にジーナスが現れた。

「あっ……あの……」

 思わずうつむいた私に

「シエロ、来てくれたのか! ありがとうな!」

と、意外にも明るい声が降ってきた。 顔を上げると、頭に包帯を巻いてはいたが、表情も明るそうで元気そうな笑顔だった。 それを見て、私は安心したのか胸が苦しくなった。 それを紛らわせるようにわざと明るい声で

「マ……マイカは?」

と部屋の奥を覗くように言うと、ジーナスは少し頭の包帯を気にしながら

「今、夕食の食材を買いに行ってくれてるんだ。 あ、来たついでだ。 一緒に食べていくか!」

「えっ? い、いいよ、私は!」

 私は激しく首を横に振った。 なんでジーナスとマイカの間に私が入らなきゃならないのよ? いきなり誘われたので、ただただ首を横に振るしかなかった。 ジーナスは苦笑して

「そっか。 じゃあ仕方ないな」

と微笑んだ。 私は俯いて、息を飲んだ。

『聞こう!』

 心の中で気合いと共に大きく頷き、顔を上げた。

「あ、あのっ! 私のこと、どう思ってるの?」

「え? どう思ってるって?」

 首を傾げるジーナスに、私は止まらない衝動に身を任せた。

「だって、私はジーナスに心配させたり、迷惑かけたり、怒らせたりしてばっかりで!」

 言いながら段々早口になっていくのに気付いたが、もう止められなかった。

「でもいつも気にしててくれて、でも返せなくて……」

 もう自分で何をどう伝えたらいいのか分からなくなっていたが、私の思いは止まれなかった。 息が続かなくなって思い切り息を吸った拍子に見上げたジーナスの顔は、驚くほど穏やかで優しい瞳をしていた。

「で?」

 全て受けとめてくれるような微笑みにボーッとなりながら、私は最後の言葉を伝えた。

「こんなダメな妹を、どう思ってるのかって……」

 ジーナスは少し困った顔をして視線を空に泳がせると、ぽつりと呟くように言った。


「俺は、お前が家族じゃあ、イヤなんだよ……」


「え?」

 その瞬間、私の中の何かが切れた音がした。

「……によ……」

「えっ?」

「なによなによなによなによ!」

 いきなり叫びだした私に、ジーナスの顔に驚きと焦りが生まれた。

「『家族じゃイヤ』って、最初っから家族じゃ無いじゃない! 始めっから血の繋がってない赤の他人じゃない! そんなこと、私だって分かってるわよ! だけど、本当の家族が居ない私には、家族みたいで、出来るならずっとそう思っていたかったのに……」

 とめどない涙と共に、私の感情は治まらなかった。

「もういいわよ! さよならっ!」

 私は弓を作り、手に持っていた見舞い用の焼き菓子の袋をジーナスへと思い切り放つと、そのまま走り去った。

 後ろで何か叫んでいる声が聞こえたような気がしたが、私にはもう何も受け入れられなかった。 早くここから立ち去りたい。 それだけだった。 



 暗くなった町の中をやみくもに走っていると、途中で誰かの肩にぶつかった気がした。 でもそんなことはどうでもよくて、止まらない涙を切る風に飛ばしながらひたすら走った。

「はぁはぁ……はぁはぁ……」

 荒い息を整えながら、目に入った太い木の柵にもたれかかった。 気付くと、海岸通りにある公園に来ていた。 ここで行き止まりなことが腹立たしくて、いっそこの柵も壊してしまおうかと思って拳を上げたが、結局下ろしてしまった。

『あまり覚えていないけど……なんか、ひどいこと言っちゃったかな……』

と反省する反面、ジーナスの言葉が思い出されると、

『アイツが悪いのよ! アイツがあんな事言うから……』

と再び怒りにも似た苛立ちが沸き立った。

「お前が家族じゃイヤなんだよ」

 私はそんな言葉を待っていたんじゃない。 直前の穏やかで優しい笑顔と共に、兄らしい寛容な言葉が欲しかった。 私は憎らしいほどきらきらと輝く夜景に苛立って、

「ジーナスなんて、だいっきらいだあぁぁぁっ!」

と叫んだ。 周りのカップルたちが驚いたように私を見たが、その人たちがどう思っていようと、もうどうでもよかった。

「シエロ、走るの早いわね!」

 声がした方を振り向くと、ティスが息を荒げて膝に手を当て、俯いて息を整えていた。

「全く……人にぶつかっておいて、謝らないとはどういう神経してるのよ?」

 はあっと大きく息を吐いて、ティスは細い腰に手を当てた。

「一体どうしたの? 何かあったの? ジーナスくんのところにはお見舞いに行ってきたの?」

 眉をしかめて首を傾げるティス。

 彼女の揺れる瞳に、私の心も揺れた。 そしてまた、涙が溢れだした。

「えっ? どうしたのよ?」

 慌てるティスに、私は思い切り抱きついた。 細い肩をぎゅっと抱き締めると、ブロンドの髪の毛からいい匂いがした。

「シエロ?」

 私は何も言えずに、ティスの体にぴったりとくっついたまま、むせび泣いた。

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