ピンクビロードのドレス
それから数日後、レンタル注文した衣装が届いた。 パイプハンガーに次々とかけていくと、もともとさほど広くない部屋はすぐに衣装であふれ返った。
「相変わらず凄いボリュームね……」
ずらりと並んだ衣装は、何度見ても圧巻である。 色とりどりの布地、デザイン、一つとして同じモノはない。 私はその一着一着を注意深く確認していった。 その時、部屋の扉が開く音がした。
「誰?」
少し警戒した声を出すと、ドレスの間からティスがひょこっと顔を出した。
「シーエロッ! 来たわね! やっと!」
はち切れんばかりの笑顔を見せて、ティスはずらりと並んだ衣装を見回した。
「私のドレスはどこかしら?」
私は素早く彼女のドレスを手にすると、掲げてみせた。
「ティスのドレスはこれよ! ついでだから、試着してみる?」
「えぇっ! いいの?」
そう言いながらも、ティスは自分の服を脱ぎはじめていた。 メリハリのついた綺麗なボディラインが、惜しげも無く私の目を奪う。 同性の私でも、思わず顔を赤らめてしまいそうだ。
さっそく袖を通したティスは、私が用意した姿見鏡の前でクルクルと回ってみせた。 薄紫色のサテンの生地が、ティスのナイスなボディーにぴったりとフィットして、いつもよりも大人びて見える。 これにしっかりとしたメイクを施したら、絶対もっと綺麗だろうな。
「素敵! イメージにぴったりだわ! ありがとう、シエロ!」
とびきりの笑顔を見せられると、私もさすがに照れてしまう。
「とても似合うわ! 綺麗よ、ティス!」
ティスは満面の笑みでドレスを脱ぐと、私に返した。
「とても楽しみになってきたわ! 早く当日が来ないかしら! もう眠れないかも!」
気持ちが抑えきれないといった風に笑顔を振りまきながら、ティスは部屋を出ていった。 彼女と入れ違いに、たくさんの女の子たちが入ってきた。 皆、衣装が着いたのを知って、自分のドレスを確認しに来たのだ。 広くない部屋はすぐにいっぱいになり、酸素不足になるかと思うくらいに騒ぎ、数刻後にやっと帰っていった。
「皆、楽しみで仕方ないのね……」
やっと静かになった部屋の中で、私は少し汗ばんだ額を指先で拭いながら、ふと部屋の隅を見た。 そこには、薄ピンク色のビロードで出来たドレスが一着、密やかに掛けられている。 私はそれを姿鏡の前に持っていくと、そっと胸にあてがった。
『本当は、これを着てパーティーに出たい……』
それが私の本音だ。 いつの頃か、とても綺麗に変身する皆に負い目を感じて、どうしてもドレスを着て参加する気持ちになれなくなった。 姿見鏡の中の私は、きっと幸せなのだろう。
『いつかジーナスの前に、このドレスを着て笑顔で立つことは出来るのかな?』
「……はっ!」
私は、慌てて首を横に振った。
『何考えてるんだろう、私ったら!』
『進展はあったか?』
あんなことをオヤジが言うから! 私はジーナスのこと、そんな風に思ってないのに!
「はあ……」
若干赤らめた頬を感じながら、ため息をついた。
「何、百面相やってんだ?」
「えっ!」
いきなり声をかけられて、私はのけぞるようにドレスを背中に隠して扉の方を見た。 そこには、扉の縁にもたれてにやけているジーナスがいた。 私の顔が燃え上がるように赤くなるのを感じた。
「そっ! そんなところで何をしてるのよ! ここは男子禁制よ!」
動揺している私に、扉が開いてたから仕方ねーだろ?と、呆れたように笑ったあと、部屋の中を覗いた。
「マイカ、居ないか? さっきすれ違った軍団にいなかったからさぁ、もしかしたらまだ部屋の中にいるんじゃねーかと思ってさ」
マイカとは、最近ジーナスと一緒に居る女の子だ。 多分歳もジーナスと同じくらいだろう。 小柄で細い手足のマイカは、見かけによらず体術に長けている。 得意の武器はヌンチャク。 二つの棒を短めの鎖で繋いだ、攻防に秀でた武器だ。 黒い髪の毛はいつも二つのお団子にして、前髪は眉毛の辺りで綺麗に切りそろえられている。
そのお団子頭を、ジーナスはいつもパフパフと触っては怒らせているが、私が思うに、マイカはそれが嬉しいのだと思う。 怒りながらも笑顔だからだ。 長身のジーナスにとっては、小さいものが可愛いのだろう。 私もそんなに大きいほうではないのだが……まぁそんなことはいいとして。
「マイカちゃんなら、さっきの団体には居なかったわ。 彼女は自分で衣装を調達するって言っていたから」
そう答えると、ジーナスは
「なあんだ!」
と困ったように頭をがしがしと掻いた。 そして私の後ろに見え隠れするドレスに視線を向けた。
「それ、お前の?」
私は慌てて、もとあった壁に引っ掛けた。
「こ、これはもしもの時用よ! 誰かがドレスを台無しにするかもしれないし、サイズが合わないかもしれないし!」
明らかに苦しい言い訳だった。 でもジーナスは
「ふうん」
と首をかしげ
「それさ、お前に似合うんじゃねーー?」
と軽く言った。
「えっ!」
驚いて固まった私に、ジーナスは笑った。
「馬子にも衣装って言うじゃん!」
「ジーナスゥゥゥゥ~~っ!」
瞬発的に、手に持っていたハンガーや近くにあった椅子などを投げつけたが、彼は軽がるとそれらを避けると
「まぁまぁ! でも本当にソレ、似合うと思うぜ!」
と言い残して身を翻し、帰っていった。
「もうっ!」
一人で怒り呟きながら、今投げつけ転がっている椅子たちを片付けた私は、そっと壁に掛けられた薄ピンク色のドレスを見た。 夕刻近いオレンジ色の陽の光を反射して、輝いている。
私は部屋のカーテンを閉めた。 短い間とはいえ借り物。 色があせてしまったらいけない。 薄暗くなった部屋の中でずらりと並んだ衣装を見つめながら、小さくため息をついた。
「それ、似合うと思うぜ!」
ジーナスの言葉が、何度も頭の中を回っていた。




