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雲は遠くて  作者: いっぺい
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9章 恋する季節 (4)

9章 恋する季節 (4)


「三角関係なんて、ヘタすれば、うつ病や自殺をまねくね。

それに遭遇そうぐうしないだけでも、岡ちゃんも、

翔ちゃんも、幸運の星の下に、生まれたのかもよ」


といって、川口信也は、声を出してわらう。


「しんちゃん、それ、ちゃいまんねん。

おれと、岡ちゃんは、競争率の高い相手を、

けているだけだと思うけど」と高田翔太。


「翔ちゃん、それも、ちゃいまんねん。おれは、

競争率の高い女性が好きだなあ。

身も心も、しびれるようなオンナじゃないと、

おれは、つきあう気持ちにならないし」と、岡村明。


「岡ちゃんも、翔ちゃんも、『恋は罪悪ですよ』っていう

有名な言葉を知っているかなぁ」


「へーえ、『恋は罪悪ですよ』かぁ。知らないなあ」と高田。


「おれも知らない」と岡村。


「おれが高校のとき、三角関係で悩んだんだけど、

そのときに、読んだ小説の中で、

先生と呼ばれて登場する彼が語った言葉が、

『恋は罪悪ですよ』なんだよ。


夏目漱石なつめそうせきの『こころ』っていう小説だよ。

いまだって、若い人に読みつがれるくらい名作らしいけどね。

先生と呼ばれる、その彼は、学生だったころ、

ひそかに恋していた女性を、親友のKに、とられそうになったので、

Kよりさきに、その女性に、結婚の申し込みをしたんだ。


そしたら、うまくゆき、結婚してしまったんだよね。

そしたら、Kは、自殺してしまった。

そのことを後悔しつづけて、その先生も、せっかく、

恋に勝って、家庭もあるっていうのに、自殺してしまう、

という小説なんだよね。


おれは、その小説を読んで、三角関係は、

罪悪だと思ったね。それ以来、ややこしい恋愛関係は、

いち抜けたってことにいしているんだ。


所詮しょせん、人間のエゴイズムの問題だからね。

夏目漱石も、そんなエゴイズムを小説のテーマに

したってことね。おれは、恋愛については、

漱石に、人生を教わったって感じさ。


まあ、今回の三角関係の場合、

おれの美樹ちゃんへの気持ちに変わりはないけど、

おれは、おれのエゴイズムで、ばかみたいに、

苦しんだりはしないってことさ。

陽斗はるとくんを、うらむような気持ちも、

さらさらないし」


ながながと、そう話すと、川口は声を出して、元気にわらった。


「エゴイズムかあ。長いあいだ、聞かなかった言葉だなあ。

エゴイズムというと、利己主義ということだろう」と高田翔太。


「エゴイズムって、自分の利益のことばかりを考えて、

他人の利益は考えないっていう、思考や行動のことだろう。

人間って、うっかりすると、そういう言動に、走りやすよね。

恋愛のときも、三角関係のときもそうなのかな。

なにも、死ぬことはないだろうけど。男が、2人もそろって。

そうか、三角関係をテーマにする夏目漱石って、

現代社会っていうか、資本主義っていうか、

われわれにある普遍的なエゴイズムの縮図というか、

構図をテーマにしているってことかもなあ。

夏目漱石て、やっぱり、抜群に頭がよかったりして」


といって、岡村明がわらった。川口も高田もわらった。


「おれは、夏目漱石って、すごい作家だと思ってるよ。

漱石を超えることができそうな作家は、

いまのところ、日本じゃ、村上春樹くらいかもね。

おれや、みんなに、小説の『こころ』で、

三角関係やエゴイズムのばかばかしさを、

教えてくれたんだからね。

それと、あのタイトル、なんで『こころ』なのかといえば、

エゴイズムを解消したときの、『こころ』が大切なんだと、

漱石はいいたかったのじゃあないかな。

心って、すなわち、たましいともいえるよね。

おれたちのロックだって、心や魂を大切にするために、

やっているようなもんじゃないかな。

おれは、そんなことに、高校のとき『こころ』を読んで、

そう思つづけてきたんだ。ロックでも芸術でもいいから、

漱石の遺志を、ついでいけたらなあってね。」


「そうだね、しんちゃん。おれたちは、

その心や魂のためにも、やっていこうぜ」

と岡村が、ジョッキの乾杯を川口に求めた。


「夏目漱石の弟子だね、まるで、川口は。その弟子の川口も、

こうやって、三角関係で、またまた、すごく、成長したってわけかあ。

うまくいかない恋愛に、つぶれそうになるのが普通なのに、

川口はすごいよ。最高な、ロックンロール野郎ってとこかな。

今夜のライブも大成功だったし。よし。おれたちの、

これからのロックンロール人生をいわって、

乾杯かんぱいしようぜ!」と、高田翔太もジョッキを手にした。


「乾杯!」


3人が、ジョッキを差しあげて、触れ合わせると、まわりのみんなも、

祝福の気持ちをこめた、乾杯がつづいた。


夜もけて、12時ちかくの閉店のころ、

かなりに酔った、川口信也は、

「また、ライブやろうぜ」と、松下陽斗はるとと、

固い握手をかわわした。

陽斗のとなりにいた美樹にも、

川口は、「美樹ちゃん、酔っちゃったよ」と笑顔でいった。


「しんちゃん、今夜のライブ、最高だったよ。すごく感動しちゃったわ」


と美樹がいうと、川口は「ありがとう」といって、男らしく、ほほえんだ。


≪つづく≫ 


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