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雲は遠くて  作者: いっぺい
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142章 夏目漱石とロックンロール

142章 夏目漱石とロックンロール


 6月10日、台風5号の影響で、朝から曇り空だ。


 下北しもきた芸術学校の第48回の公開授業が、川口信也の講師で始まっている。


「えーと、みなさん、お忙しいところをお集まりいただいて、ありがとうございます」


 そう言って信也は、ワイヤレスマイクを持って微笑ほほえんだ。


「2005年のTBSの新春ドラマの『夏目家なつめけの食卓』は、ご覧になった方もいると思います。

おれも、あの番組を見て、夏目漱石のファンになって、それから『ぼっちゃん』とか、

読んだんですよ。あのドラマでは、互いに惚れてはいるものの、かんしゃくもちの漱石を、

本木雅弘もとき まさひろさんが演じて、勝気な妻の鏡子きょうこを、宮沢りえさんが演じて、

その出会いから波瀾万丈はらんばんじょう)だったり、ドラマのラストは、

晩年の漱石と陽だまりの縁側にいる鏡子のひとこと、『あなたが、いちばん、大好き!』

で終わる、そんな、ほのぼのとした名作でした。

樹木希林さんや所ジョージさんも出ていて楽しかったですよね。あっははは」


「前回の『音楽に世の中を良くするパワーはあるのか?』は、

精神世界のことなど、ちょっとスピリチュアル過ぎたかな?と感じましたので、

その続きということで、お話しをさせていただきます。

また、お配りしてあるテキストをご参考にしてください」


 72名の満員の会場から、拍手と歓声がく。


「まあ、実際のところ、スピリチュアルな問題の、

魂とか神とか死んだらどうなるのとかのことは、

科学的にも明確に証明できることでもないんですよね。

ということは、スピリチュアルなこととは、

個々に人々が想像していることに過ぎないということなんだと、おれは考えています。

しかし、まあ、こんなことは、人それぞれに、体験や経験として、

心や魂のことを考えたりしているわけですよね。

たとえば、本気で真剣に人を好きになったりして、それが考える、きっかけになったりして」


「ですから、こんなスピリチュアルなことを考えることは、誰かに強制されることでもないですよね。

たとえば、自分が、どこからこの世界にやって来て、これからどこへ行くのか?とかも、

自分で考えたり、想像したりすればいいのだと思います。神様のことも同様で、

どのように考えるかは、個人の自由の領域だと考えます。

まあ、そんなことに、迷っている方があれば、ご参考になるかなと思って、おれも講演しています」


「1749年生まれの、ドイツの文豪のゲーテは、そんな体験から『若きウェルテルの悩み』を書いて、

作家デヴューしてますよね。その後、詩人、思想家、芸術家として、

82歳で逝去せいきょされるまで、大きな業績を残している人のようです」


「ゲーテの言葉にはこんなものもあります。

『心がひらいているときだけ、この世は美しい。

おあえの心がふさいでいるときには、おまえは何も見ることができなかった』

ゲーテ自身に、そういう反省があって、こんな詩が生まれたそうです」


 「きょうのお話は、そんなゲーテにもおとらない作家の夏目漱石についてのお話で、

『夏目漱石とロックンロール』というタイトルにしました。あっははは。

えーと、ロックンロールについては、おれがリスペクトしている、おふたり、

ブランキージェットシティのベンジーこと浅井健一さんも、

B‘ビーズの松本孝弘さんも、『かっこよさやかっこいい』ことをあげてますが、

それって、外面からじゃなくって、中から出てきているもの、心から出てきているもの、

ということ言っています。これには、まったくおれも同感なんです」


「夏目漱石という人も、そんな意味では、音楽家ではないですが、

ロックンロール的な生き方をした人だと感じています。

たとえば、出世コースを歩いていた漱石ですが、そんな競争を途中で放棄するんですよね。

40歳で、ドロップアウトして、朝日新聞社に入社し、小説家の仕事に専念します。

そんな漱石の心情を表す、漱石の有名な言葉があります。

『死ぬか生きるか、命のやりとりをするような維新の志士のごとはげしい精神で文學を

やって見たい。』

これは、門弟の鈴木三重吉宛の書簡に、漱石が書いたものです。

おれは、ロックンロールの精神も、そんな維新の志士のようなもんだと思うんです。

じゃないと、かっこいいロックンロールはできないもん。あっははは」


 会場のみんなも明るく笑った。


---

☆参考文献☆

1.いきいきと生きよ ゲーテに学ぶ 手塚富雄 講談社現代新書

2.夏目漱石と明治日本 12月臨時増刊号 文芸春秋

3.松本孝弘 ビッグストーリー B‘z研究会 飛天出版


≪つづく≫ --- 142章 ---


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