才色兼備にマルチタスク
「もう、ああいうイタズラは本当に止めてよ。心臓が飛び出すかと思った」
授業が終わり、索理は椅子を百八十度回した先にいる少女に向き直る。いたずらに対する小言を残りの授業時間中に温めていたのだ。数十分前に心臓を高鳴らせる原因となった彼女に対し、索理は頬を膨らませた。
朱色で切れ長の目にきりりと整った眉。校則違反ひとつないお手本のような制服の着こなしに、後頭部で一つにまとめられた空色の髪は、彼女の真面目な性格をありありと表していた。
そんな真宵があんな真似をしてくるのは、優等生としての仮面をかぶらずとも話ができる、索理や藍に対してくらいのものだ。
容姿のレベルも高く、欠点らしい欠点を初見で見つけることができる人はほとんどいないはずだ。本来の真宵が根っからの優等生でなく、友人にギリギリのちょっかいを出すスリルを楽しむちょっと危ない人だと知れれば、それなりにショックを受ける人間も発生するだろう。
「すまない、ちょっとヒヤッとさせたくなってしまった。だが、授業中に可愛らしい寝顔を晒している側にも責任はあると思うけれどね」
「うっ……それはだって、お昼を食べたら眠くなっちゃうし……」
「思わず悪戯してしまいたくなるくらいの無防備さだったからね。ちゃんと助け船を用意しておいたんだから許しておくれ?」
「ボクがメモに気が付かなかったらどうするつもりだったのさ……」
恐らくは索理の脇腹をくすぐっている時に忍ばせておいたのだろうが、それにしたって心臓がキュッと締め付けられるような緊張がなかったことになるわけではない。索理がじっとりとした目で恨み言を呟くが、真宵はどこ吹く風といった態度で飄々と受け流す。
「さて、そろそろ私もお昼をいただくとしよう。集まりに参加していたら昼休みを逃してしまった。……む、そういえば藍はどうした? いつもなら授業が終わるたびに寄ってくるが」
「あっちで次の授業の宿題に追われてる。当てられる順番なのを忘れてたんだって」
「揃いも揃って不真面目な。まあ、授業前にやっておく気概があるだけ、索理よりはマシか」
「午後の授業じゃなきゃ、ボクにだってあれくらい解けた」
根拠のない言い訳をしながら、索理は藍から預かっていた弁当を真宵の机に広げてやる。索理と藍がつつきまわした後で、弁当箱の中は食べ残しのような様子になってしまっているが、真宵は文句も言わずにしっかりと手を合わせる。
「いただきます。……うむ、やはり藍の卵焼きは甘いな」
「血糖値スパイクを起こすのも頷けるくらいにはね」
真宵は忙しそうに咀嚼しながら、余った机のスペースに書類を広げて読み込んでいる。その片手間で索理と会話までしているのだから器用なものだ。
「生徒会の資料?」
「いや、部活の方だ。夏に三年が引退したら、副部長を担ってくれないかと相談を受けていてね」
「副部長って、まだ入部して数か月の一年じゃない」
「例年うちのテニス部は、一年が副部長を担うことになっているらしい。来年の世代交代を円滑にするためと、一年の中でのまとめ役を早めに決めておくのが目的だということだ」
索理が逆さまの資料をざっくりと読んでみれば、そこには副部長としての心得と仕事内容が箇条書きになっていた。
「その読み込みようだと、引き受けるつもりってこと?」
「まあ、他に一年は呼び出されていなかったからな。先生や先輩方としても、私にやってほしいというのが本音だろう。また索理や藍との時間が減ってしまうな」
真宵が一枚目を読み終えて紙を捲ろうとするが、片手が箸で埋まっていて上手くいかない。索理が代わりにやってやると、真宵から「すまない」と言葉を賜った。
確かに、真宵は真面目で律儀だし、持ち前の頭の回転も相まって周囲からの信頼も勝ち得ている。打診を受けるのは自然なことだし、担うに値する、という部分に索理は反対する気はない。
だが──
「クラスでも委員長やってるでしょ。その上生徒会、家のこと、おまけに部活の副部長って……いくらなんでも詰め込みすぎじゃない? ただでさえ勉強する時間がない、って嘆いてなかったっけ」
「私のような印象のいい生徒に任せる方が安牌だろうからな。それに副部長を務めた人間は、エスカレーター式に部長を任されるのが通例だ。下手に無責任な人物を指名しては、来年以降の活動に差し支える」
「だからって……」
「無理だと思ったらその場で断っている。それに忙しくしている方が性に合っているんだ。あまり気にしないでくれ」
本人にそう言われては、索理の方から止めることは難しくなってしまう。
せめてもの抵抗として、索理は自分が使っていた箸を取り出すと、真宵の口元に唐揚げを運んだ。
「無理はしすぎないようにしてね。真宵だってボクと同じで、手は二本しかないんだからさ。手に負えないと思ったら周りに頼ったって、誰も文句は言わないよ」
「授業中に舟を漕いでいるような人間から飛び出した言葉とは思えないな」
「本気で心配しているんだけど?」
「冗談だ、自分の限界は自分で分かっている。それに突っ走りすぎたら、索理が止めてくれるだろうからな」
真宵は不敵な微笑を浮かべると、索理の差し出した唐揚げに食いついた。




