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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪


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7/19

幼馴染はお見通し

 藍が用意してきた本日のデザートは、重箱の一面に広がるティラミスだった。


 開けた瞬間にコーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる。しっとりとした表面に箸を入れていくと、二層に重ねられたコーヒー色のスポンジと、マスカルポーネチーズがベースとなったクリーム。チーズの中でも酸味が少なく、スイーツに向いているものだ。


「ちょうどティラミスみたいなケーキ系が食べたい気分だったんだよねえ」

「ふふん、サクのことならお見通しなんだから。昨日は『明日のデザートはティラミスで確定!』って顔してたし」


「ボク自身ですら考えてなかったことをどうやって見通したのさ」

「サクの顔見れば大体のことは分かるんだもーん」


 藍の暴論に付き合いつつ、索理は箸で四角に切り分けたティラミスを口に運ぶ。


「ん、こっちはちょっとほろ苦系なんだ」

「お弁当箱に詰める、ってなると量が多くなりそうだったからさ。でもこの方がたくさん食べられるでしょ?」

「ん、ナイスな采配」


 実際、藍とは気心の知れた仲だし、時々心が通じているかのように意見が一致することもある。


 藍の料理の腕前は、弁当に限らず全般的に高い。なんでも趣味なんだそうで、家でも母親が作る機会を毎日奪い取っているのだとか。


 特に朝は気合の入った三人前の弁当を詰めるため、登校三時間前から早起きしているらしい。「好きなことをしてるだけだから普通だよー」とは本人の弁だが、流石に朝から重箱一段分のティラミスを仕込むのはやる気に満ち溢れすぎていると思う。


 ちなみにその弁当はまだ残っているが、後からもう一人弁当シェアを契約している友人が来る予定なので、彼女の分が取り分けられているだけだ。断じて索理が食事よりもデザートを優先してしまう甘党な食いしん坊というわけではない。断じて。


 男子たちが中庭に出て行き、女子もどこか別の場所で集まることに決めたらしく、教室内に殆ど生徒は残っていない。


 そんな中、弁当も広げずに窓の外を眺めている女子生徒がいる。弁当をつつく傍ら、索理はちらちらと視線を向けていた。


(名前は、確か黒河未有さん)


 窓際の席で頬杖をついているのが彼女のデフォルトの姿だ。深窓の令嬢気取りとでも揶揄されてしまいそうだが、彼女が持ち合わせている人形じみた造形の顔が『気取り』の三文字を消し飛ばしている。その美貌と醸し出す雰囲気だけで人を寄せ付けない様子は、鋭い棘を携えた孤高な薔薇を思わせる。退屈そうな半開きの目からは、彼女が何を思っているのか想像することすらできない。


 だが──


(──メイク、上手いんだよなあ。やり方聞いたら教えてくれたりしないかなあ)


 索理の興味は、いつも彼女がしている化粧に向いていた。


 地雷メイクとでも言うのだろうか、過剰な太さと長さで描かれたアイラインをベースに、まるで加工アプリを通した後のような作り上げられた可愛らしさが小さな顔にこれでもかと詰め込まれている。


 索理の女装登校が許される程度にはゆるい校則の学校だが、もしそうでなければ、生活指導の先生にメイクを落としてこいと言われかねないレベル。


 ナチュラルメイクを得意とする索理だが、何度か彼女の真似をしてみたことがある。しかし、どうこねくり回し、ネットでコツを検索しても、未有の完成度の足元にも及ばない。自分の顔が悪いのかと自己嫌悪したこともあるほどだ。


 どうにかして教えを請いたいと常々考えているのだが、残念ながら未有はいつもあの調子で、人を寄せ付けない雰囲気を放っている。他の女子たちのように男子と喧嘩しているというわけでもなく、女子とも友達付き合いがあるという話を聞かない。誰に対してもあの態度なのだろう。


 それでなくても人に話しかけるのが苦手な索理にとっては、彼女との間にとんでもない分厚さの壁が聳え立っているようなものだった。


 ……かちゃり。


「あ、ごめん」


 よそ見をしていたら、自分と藍の箸先同士が衝突事故を起こして小さな音を立てていた。


 同じ弁当をつついている仲だし、その程度のことをいちいち気にするような間柄でもない。藍も特に気にした様子はなく、表情も変えずにティラミスを切り分けている。


 ふと、その箸が動きを止めた。


「……ところでさ、サク」

「なに? 改まって」


 聞き返せば、藍は少し前のめりになり、上目遣い気味の視線でこちらを見つめてきた。


「今日、一緒に帰らない? 今日は家に食材たくさんあるから、買い物に寄らなくてもよさそうなの」

「ふむ」


 藍の提案に、索理は少し間を取って考える。


 小さなころから互いを知っている幼馴染というだけあって、二人の家は割と近所にある。若者よりはご老人が多い地域に住んでいるので、周囲にはあまり同年代の子供がいなかった。索理たちはよく、夕木家の姉や妹を交えて四人で遊んだものだ。


 そういうわけで帰宅方向も同じだし、特に断る理由はないのだが……


「そう言って藍、この前は先に帰っちゃったじゃん」

「あれはサクが気持ちよさそうに寝てたからでしょ! いい夢見てるの確定、って顔だったし、起こそうとして揺すっても起きないし……ごはんの用意があったから、先に帰っちゃうしかなかったんだよ」


「ああ……確かにボク、午後の授業はお昼寝にあてることも多いから……」

「ここは保育園じゃないんですけどー。まったく、お昼寝が好きなのは昔からだね」


 懐かしい時代の思い出を引っ張り出して笑いつつ、藍もティラミスに手を付ける。


「む、こっちも少し甘すぎたか」

「料理となると神経質だなあ。大丈夫だって、美味しい美味しい」


「想定よりは甘すぎてるんだよ。あーあ、こんなんじゃまた太っちゃうなあ」

()()?」


 索理が何気なく言葉尻を拾った瞬間、藍がはっとした表情で立ちあがった。余計なことを言った、とはっきり顔に出ていた。椅子を後ろに倒しかねないほどの勢いのまま、索理に向かって飛びついてこようとする。


「鼓膜粉砕確定っ!」

「こらこら、食べ物の前で暴れない」


「記憶消去術執行確定っっっ!」

「ちょ、打撃はマズい、洒落にならな──うわっ」


「ティラミスを持って逃げるな! 返せ! にーげーるーな!」

「守らないとひっくり返すでしょっ!」


 索理が重箱を抱えて守りながら教室中を走り回るのを、藍は何周も執拗に追いかけまわした。

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